「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 12冊目🎾

如月 仁成

エンレイソウのせい


 ~ 五月二十八日(月) 化学部 ~


   エンレイソウの花言葉 叡智



 こいつの事が、好きなのか嫌いなのか。

 いつからだろう、俺は考えることをやめました。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 お姉さん風にハーフアップにした女の子。

 彼女の名前は、藍川あいかわ穂咲ほさき


 いつまでも子供のようだと思っていたのに。

 気付けば綺麗な女性になっていて。

 いつまでも子供のようだと思っていたのに。

 最近仲良くなった後輩にはお姉さんのように慕われて。


 なんだか最近は。

 焦りのような。

 不安なような。

 そんなもどかしさにさいなまれているのですが。


 こいつの頭にすぽんと挿されたお花を見ていると。

 一瞬でそんな気持ちが無くなってしまうから不思議。


 ……いや、正常な反応か。


 本日揺れるお花はエンレイソウ。

 三つに分かれる白い花びらは奥ゆかしく。

 大変美しいのですが。


 その鉢植えが人間だと。

 バカにしか見えないのであります。



 とは言え、ここのところ株を上げる穂咲の姿は本物で。

 俺もちょっとはいいところを見せないとなどと考えて。

 昨日は、ちょっと寝つきが悪かったのです。


「センパイ! ふらふらですけど大丈夫ですか?」

「し、心配です……」


 すぐ後ろを歩く両極端な二人が。

 声をかけてきます。


 元気な方は、六本木ろっぽんぎ瑞希みずきちゃん。

 清楚な方は、雛罌粟ひなげし葉月はづきちゃん。


 最近仲良くなった二人の後輩へ。

 我が校の部活を紹介するために。

 お隣りを歩く穂咲が、任せておくのと胸を叩いたのです。


 どちらかと言うと、ペッタンこな胸を。

 ペッタンこと叩いてみせたのです。


「……今、道久君から失礼極まりないオーラが漂ってきたの」

「気のせいです。……おっとっと」

「ほんとふらふらなの。しっかりするの」


 普段はそんなことしないくせに。

 後輩の前だからでしょうか。

 寝不足な俺の肩を優しく支えてくれるのですが。


 ……それに合わせて。

 背後から、変な歌が聞こえるのです。


「たいへんあざといや~♪」

「ターヘルアナトミア~♪」

「あざとく無いです! これは不可抗力です!」


 振り返ると、無表情なままで二人がハイタッチなどしているのですが。

 最近二人の間で流行っているこの妙な遊び。

 今のように体よくいじられることがしばしばなのです。


 閃きの瑞希ちゃんがスローテンポで抑揚もないメロディーで歌い出すと。

 ほんのひと呼吸の内に、どんな言葉をもじった歌か推理できる天才、葉月ちゃんが後を継ぐのです。


 で、正解だったらパンと手を合わせる。

 感心するほど変な遊びなのです。



 さて、そんな仲良しコンビ。

 スポーツに目覚めたという二人に。

 穂咲はどんな部活を紹介するのやら。


「おじゃましますなの~」

「なんでやねん!」


 俺の突っ込みに、きょとんと振り向く穂咲さん。

 君が開いた扉に書かれた文字を、よくごらん?


 『化学部』。


「がっちがちの文化系ですが? どうしてここを紹介するの?」

「……文化祭のマジックショーが面白かったからもう一回見るの」


 頭を抱える俺を捨て置いて。

 穂咲は嬉々として化学部の皆さんに挨拶しておりますが。


 そんな俺の肩を優しく叩く、小さな手が二つ。


「……ごめんね?」

「いいえ全然!」

「はい。……私も、興味がありますので……」


 ああ、ほんとゴメン。

 なんていい子たちなんでしょう。


「……それにひきかえ、君はなんて悪い子なのでしょう」

「なにがなの?」


 理科室の縮小版といった風情の部屋で。

 勧められたパイプ椅子に腰かける穂咲が首だけ振り向いて聞いてきますけど。


「皆さんすいません、マジックショーなんて言って……」


 まずは非礼を謝らないと。

 そう思って頭を下げてみたら。


「いや、実質そうなんだよ」

「僕たち、化学マジックの研究をしてるのさ」


 そんな返事をする皆さんなのです。


「そうだったんですか」

「ああ。今日は最近練習してきた新作を二つほどごらんに入れよう」

「それは嬉しいです。じゃあ、メインの二人が前に座りなさい」


 俺は穂咲の首根っこを掴んで立たせると。

 一年生コンビを座らせてあげました。


 すると部室に暗幕が引かれて。

 明りが、ぱっと消えてしまうのです。


「では、こちらのビーカーにご注目下さい」


 三年生の方が堂に入った口調で。

 薄明りの中、二つのビーカーを掲げます。


 その透明な液体を、正面に置いたからっぽのビーカーに入れると。


 あら不思議。

 あっという間に青白く輝き始めたのです。


 ……でも。

 これって。


「青いピカピカなの!」


 後輩たちの目線を遮るように。

 テーブルにかじりついてしまった穂咲。

 呆れたやつとは思いますけど。

 これは無理からぬことでしょう。


 ビーカーの液体が放つ青い光。

 まるで、発光プランクトン。

 思い出の青いピカピカにそっくりなのです。


「いいお客様で嬉しいよ。そんなに面白かった?」

「すごいの! ほんとにピカピカなの! ねえ、道久君! ピカピカ!」


 穂咲の過剰な反応に、化学部の皆さんは満面に笑みを作っていらっしゃる。


「そうですね、元は透明な液体同士なのに。……これは、化学反応?」

「水酸化ナトリウム水溶液にルミノールを溶解したものと、過酸化水素水を混ぜたんだよ」


 ああ、ルミノール反応というやつか。

 警察が、血痕を探す時に使うあれですね。


「そんなのはどうでもいいの!」

「さすがにどうでも良くはないだろ」

「いや、僕らも分かってるんだよ。女性は原理とかどうでもいい人多いよね?」


 部室の明りを点けたところで。

 マジシャン役の先輩が一年生コンビを見ながらそう聞くと。

 二人は、同時に答えました。


「はい!」

「いいえ……」


 ……同時に、真逆の返事。

 思わず一同、大笑いなのです。


「あははは! いや、それでいいんだ。理屈を楽しむ人と、感覚で楽しむ人。どっちも感動させてこそマジックなんだからね!」


 楽しそうに笑う先輩が、次の手品を準備しながら話してくれるのですが。

 なるほど、そういうものなのか。


 エンタテインメントというものは奥深いのです。

 ……って。


「じゃあ、化学実験がメインじゃなくて、ショーがメインの部活なんですか?」


 思わず聞いてみたところ。

 返って来た言葉は。


「それも一緒。ここにはショーを演じたいヤツも、実験ばかりを楽しみたいやつもいるんだ。そのどちらも楽しいから、化学部なんだ!」


 ……おお。

 なんだか素敵なのです。


 周りの皆さんからは、ショーをやりたいのはお前だけだろうなどとヤジが飛んでいますけど。

 きっと先輩の言う通り。

 みんなが楽しいと思うことを思う存分楽しんでいる部なのですね。


「では、次のマジックです! ここに、ヒマワリの絵を描いてもらえるかい?」


 そう言って先輩が差し出したスケッチブック。

 受け取ろうとした穂咲の首根っこを掴んで一年生の後ろに戻す間に。

 瑞希ちゃんが大きなヒマワリの花を描いて先輩に渡しました。


 先輩は、その絵を俺たちに見せながら何やら呪文を唱えて。

 霧吹きで、スケッチブックに液体をかけると。


「ライオンに化けたの!」


 再び、穂咲がテーブルにかぶりつきました。


 ヒマワリの花びらがたてがみになって。

 もともと仕込んであった顔の部分が赤く浮かび上がったわけなのですが。


「フェノールフタレインですかね」

「御名答! 小学校でやったかな?」


 葉月ちゃんはこくりとうなづいて。

 瑞希ちゃんは首をひねって。

 穂咲はふるふると首を振りましたが。


「なんで君は忘れてるのさ。山の絵に自分で炎の絵を仕込んだくせに、燃え上がらせて泣きべそかいてたじゃないか」

「覚えてないの」

「消さなきゃ大変って言いながら水をかけたら次々と炎が増えていくのがシュールでした」

「それ面白いの! 書いてみるの!」


 急に叫んだ穂咲は。

 スケッチブックをひったくって。

 俺の隣に戻ると、やたらリアルな山を鉛筆で書き始めたのですが。


 一年生コンビが、子供を見守るお母さん目線で笑顔を浮かべていますけど。

 俺が恥ずかしいのでやめてください。


「ここに火を描けばいいの?」

「ああ。この液体を塗ってごらん」


 先輩の声に、狭い部室内をドタバタと走ろうとするので。


「こら、恥ずかしいし邪魔です。走り回るな」


 穂咲の腕を掴んで止めようとしたら。


 ……ちょびっとずれて。

 おとめなあたりに手が触れてしまいました。


「ひやっ!」

「うお! ご、ごめん!」


 穂咲は一瞬驚いたものの、さほど気にしていないようですが。

 これを間近で見ていた面倒なギャラリーが。

 面倒な歌を歌い出したのです。


「フェノールフタレイン~♪」

「ふらーりしてボイン~♪」

「ボインじゃないです! こいつはペッタンこの免許皆伝です!」


 ……はい。

 失言でした。



 俺はしばらくの間、穂咲が手にしたスケッチブックで。

 散々ペッタンこされました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る