それぞれのモヤモヤ

 朝。

 校門をくぐってもうすぐ校舎というところで、亜希は遠目にソラを見つけた。

 反射的に声をかけてからハッとする。



 (あ、やば。ソラ、一人じゃないみたい)



 それも両方ともたぶん先輩。一人は弓道部のエースで、もう一人はたぶん軽音部の人。

 ソラを挟んで見つめ合う……というか、にらみ合っている二人を見て、亜希は何も見なかった振りをして通り過ぎちゃおうかと思った。

 だが、ソラの目がこちらをまっすぐに見たのでそれも出来ずに立ちすくむ。

 そんなの気にしないで行っちゃえばいいんだろうけど、そうしたら何となくソラが傷つく気がして躊躇した。


 入学式からずっと、一人でいたソラ。

 部活見学をきっかけにどうにか友達になれたけど、きっとソラは基本的には人間関係に臆病な子なんだと思う。

 そんな相手に対して、声をかけておいて放り出す事は流石に出来ないなぁと、亜希はちょっと困り顔で固まる。

 自分から近づいていって声をかければいいのかもしれないけど、先輩二人に囲まれた美少女に近づいていくのはちょっと勇気がいった。


 どうしようかと迷っていると、ソラの様子に気づいた弓道部の先輩がちらりとこっちを見て、それから促すようにソラの背中に手を触れるのが見えた。

 それからもう一人の先輩がちょっと苦笑を浮かべて頷くと、ソラはペコリと二人に頭を下げて、まっすぐに亜希の元へとかけてきた。

 もの凄く可愛くて魅力的な、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて。



 「おはよう、亜希ちゃん」


 「あ、うん。おはよう、ソラ」



 そんな風に挨拶を交わしあい、先に玄関内へと消えていった先輩二人の背中をちらりと見送ってから、亜希はソラと並んで歩き始める。



 「さっきの、弓道部の先輩と、軽音部の先輩、だよね?」


 「うん。カエちゃ……楓センパイと涼香センパイ」



 探るように問いかければ、なんの後ろめたさも感じさせないような明るい返答が返ってくる。

 それに頷きながら、亜希は更に問いを重ねた。



 「えっと、二人と一緒に登校してきたの?」


 「ううん。一緒に来たのは楓センパイだけ、だよ。幼なじみなんだ。それで、校門をくぐってから涼香センパイに会って」


 「そ、そっか。なんかもめてた??」


 「もめて??ううん。挨拶して、ちょっとお話しただけ。楓センパイと涼香センパイも同じクラスみたいで、それで一緒に歩いてたんだよ」


 「……そっか」



 遠目で見た感じだと、ソラを巡って二人がにらみ合っているようにしか見えなかったのだが、ソラが違うというなら、まあ、それでいいかと自分を納得させ、亜希はそれ以上つっこむのはやめた。

 ソラと並んで歩きながら、さっき遠目にみた二人の先輩の容貌を思い出す。


 二人とも何となく凛々しくて、でも一人は真面目そうで、一人は色気があってちょっと悪っぽい。

 どちらも、もの凄くモテそうな人種だと思う。部活紹介の時ももの凄く目立っていたし。

 弓道部の方の先輩には、佐治から聞いた情報だと、ファンクラブらしきものもあるらしい。

 恐らく、軽音部の方の先輩にも、それに類似した何かはあるだろう。そのくらいのレベルの美人だ。


 そんな二人が、急激にソラに近づいた。

 そのせいで、おかしな事にならなければいいなぁと思いつつ、苦労性の亜希は、小さく吐息を漏らす。


 ちらりと横を見れば、亜希と並んで歩くことが嬉しくて仕方がないといった様子のソラの横顔。

 ソラは、自分のおかれた危うい立ち位置のことなど、まるで気がついていないに違いない。


 これから先、ソラと友達でいることで、面倒な事に巻き込まれる事もあるかもしれないなぁと、なんとなくそんな考えが頭に浮かんだ。

 もし、それがイヤなら、ソラとはそれとなく距離を置いた方がいいのだろう。


 だが、亜希はそうしたいとは思わなかった。

 ソラとの付き合いはまだ浅い。

 クラスには、中学の頃からそれなりに仲の良かった相手もいるし、別にソラと一緒に居なくても、亜希は何一つ困ることはない。

 それに、もし亜希が離れていっても、たぶんソラは怒らない。

 ちょっと悲しそうな顔はするかもしれないけど、亜希に追いすがるような事はしない、そんな子だと亜希なりに推測していた。

 だから、ソラと離れても、亜希には面倒なことは何もない。

 でも。



 (最初は、委員長だから、ひとりぼっちのクラスメイトを放っておけない、それだけの感情だったのになぁ……)



 気がつけば、ソラのことが大好きになってる自分がいる。

 正直、ソラのことはまだ何も知らないと言ってもいい状態だ。

 それなのに、もう多分、自分はソラと友達じゃなかった頃には戻れない、そんな気がする。


 だから仕方がない。

 これから先、ソラがあの二人の美人の先輩のせいで、大変な目にあいそうになったら、友人として力になろう。

 そして、出来ることなら、そういう面倒な事にならないように、味方も増やして、目を光らせておくことにしよう。


 そう考えながら、思い浮かぶ顔は、亜希と同じくソラの魅力にすっかりメロメロになっている、中学時代からの友人である静の顔。

 そう言えば、彼女とはこっそり戯れに、[悠木ソラを守る会]と言うものを発足したが、現在会員は亜希と静の二人のみ。

 今後は少しずつ増やしていくにしても、初期メンバーがもう少しほしいところだ。



 (私と、しぃちゃんと、後は……)



 誰を誘うべきかと考えていると、



 「あ、佐治さん。おはよう~」


 「ん。おはよ。悠木さん、亜希」



 教室に入るところで、弓道部一年生の佐治とばったり出くわした。



 (あ、佐治を引っ張り込むか)



 ちょっぴり無愛想で変わり者、だけど曲がったことは嫌いという佐治の性格を思いながら、うんうんと頷く。



 「亜希?なに一人で頷いてんの?考え事??」


 「あ~、うん。ちょっとね。おはよ、佐治」



 怪訝そうな顔をする佐治ににっこりと笑いかけ、亜希はソラと佐治と一緒に教室の中へと移動する。



 (よし。後でしぃちゃんと、佐治を引っ張り込む算段を考えよう)



 そんな事を考えつつ、クラスメイト達に、にこやかに挨拶をする亜希なのだった。


◆◇◆


 (幼なじみ、ね……)



 授業中。

 頬杖をついて、ぼんやりと窓の外を見ながら、涼香は今朝の事を思い出す。

 楓と、仲良さそうに肩を並べて歩いていたソラの姿を。


 次いで思い出すのは楓の言葉だ。

 幼なじみだからソラの家に泊めてもらい、お風呂に一緒に入り、一緒の布団で眠りについた……少しだけ得意そうにそう言っていた楓の顔が頭に浮かんで、ちょっとだけイラっとする。

 だが、そのイライラはすぐに、何とも言いようのないうらやましさに取って代わった。



 (ソラと幼なじみ……ちょっと、うらやましいかも)



 幼なじみって事は、小さい頃から知り合いと言うことだ。

 涼香とは、積み重ねた時間が違う。

 幼なじみとは言っても、ソラと楓が久々に再会した関係だと言うことを知らない涼香は、素直に楓を羨んだ。

 涼香がソラとまともに共に過ごしたのはまだ昨日の放課後くらい。しかも二人きりではない。

 普通に考えれば、同じ部活の先輩後輩になるのだし、これからゆっくりと一緒に過ごす時間を積み重ねていけばいいだけの話なのだが、そうと分かっていても、涼香は楓がうらやましかった。



 (ソラと、もっと仲良くなりたいなぁ……)



 物憂いため息が漏れる。

 同じ学年だったら。同じクラスだったら。

 こうして面白くもない授業を受けている間も、こっそりソラの顔を盗み見る事も出来るかもしれないのに。


 先輩なんてつまらない。

 そんな風に思いながら、涼香はソラへと思いを馳せる。

 今、ソラは何をしているのだろうか。

 まあ、涼香と同じように、授業を受けていることは間違いないだろう。

 ソラは真面目そうだから、きっと一生懸命に先生の話を聞いて、しっかりノートを取っているに違いない。

 そんなソラの姿を想像してクスリと微笑む。



 (早く放課後に、ならないかしら……ね)



 ソラの顔が見たくて、ソラの声が聞きたくて、胸がジリジリする。



 (ソラ。早くあなたに会いたいわ)



 切ない吐息を漏らし、涼香は心の中で小さくそう呟いた。


◆◇◆


 先生の話を聞き、黒板の内容をノートに写す。

 いつもやっていることなのに、今日はなんだか集中できない。

 ぼんやりと教師の声を聞き流しながら、思い出すのは今朝のことだ。

 涼香は、ずいぶんとソラを気に入っているようだった。ソラも涼香にとても懐いているように見えた。

 そして、楓はそんな二人に焼き餅を焼いた……のだと思う。

 あの時の、あの胸の痛みは、そう言うことだったのだろう。



 (私はソラをどう思ってるんだろうな)



 大切な事は確かだ。

 久々に再会した幼なじみは、相変わらず可愛くて、少し危なっかしくて。

 昨日、楓に抱きついて泣いたソラの涙を見て、守ってやらなければと、自分が守ってやりたいと思った。

 好き、なんだと思う。

 その好きが、どの類の好きなのか、自分でもまだ判断がつかないところではあるが。

 だが、今現在、楓が一番大事にしたい相手がソラであることは確かだ。



 (私は、ソラとどうなりたいんだろう)



 幼なじみのままでいいのか、それとは違う関係になりたいのか。

 正直、よく分からない。

 まだ再会したばかりだし、幼なじみという立ち位置に特に不満があるわけでもない。

 ソラが、素直に甘えてくれるという点では、むしろその立場が嬉しいとすら思う。

 友人より少しだけ近く、姉妹に近いような今の関係は悪くない。

 だが。

 楓は自分から斜め前の窓際の席に座る涼香の横顔をちらりと見た。



 (涼香はもしかしたら、今の私よりもっとソラの近くに行ってしまうかもしれない)



 今朝の涼香の顔を認めた瞬間にソラが見せた嬉しそうな顔を思い出し、胸の奥がチリチリと痛んだ。



 (私は、涼香にソラを取られたくないと、思っているんだろうか?)



 それも、正直、よく分からない。

 ただ、涼香と仲良くしているソラを見ていると、胸が苦しい感じがするのは確かだ。

 ソラが、他の友人と仲良くする分には、微笑ましいという思いしか沸いてこないというのに。

 まいったな、と楓は思う。

 色々と感情が複雑になり過ぎて、どうにも頭がついていかない。

 ただ、今はっきりしていることは一つ。



 (ソラに、会いたいな)



 その事だけ。

 昨日の放課後から今朝まで、ずっと一緒に居たというのに、もうソラの顔が見たいと思ってしまう。

 ソラの声で、名前を呼ばれたいと思う。



 (これはもう、病気だな)



 思わず苦笑して、それから小さな吐息を一つ。



 (次はいつ、共に過ごす時間を作れるんだろうな)



 会いたいと思っても、学年も違うし部活も違う。そう簡単には行かない。

 今日の放課後、早速ソラに会えるであろう涼香を羨ましく思いつつ、楓は再びこみ上げたため息をかみ殺す。



 (師範代に連絡して、なるべく早く、次の個人稽古の算段をつけないとな)



 楓はそう思いつつ、頭の中で自分のスケジュールを早速確認するのだった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る