食事の後に

 騒がしくも楽しい夕食の後、ソラは機嫌が良さそうな家族達の様子をそっと伺って、意を決した様に口を開いた。



 「あっ、あのね」



 ソラのあげたそんな声に、みんなの注目が一気に集まる。



 「どうしたの?ソラちゃん。ママ達に何かいいたい事があるのかしら?」



 美夜に優しく促され、ソラはこくんと素直に頷くと、改めて親達の顔を見上げた。



 「あのね、私……軽音部に入部する事になったんだ。今日、部活見学の時に入部テストがあって、合格できたから」



 うれしそうに頬を染め、ソラがそう報告をする。

 そんな娘の顔を見て、親達は顔を見合わせた。やっぱりそうなったか、と。

 親達……特に女親二人はソラに男子率の高い軽音部以外を選んで欲しいと思っていたようだが、事前に透から根回しを受けていたし、ソラがどれだけ軽音部に入りたいと思っていたかも知っていた。

 だから、頭ごなしに反対するなんて事は勿論できず、複雑な顔で娘の顔を見つめる。


 そんな母親達を、ソラもちょっと困ったような顔で見返した。

 自分がどれだけ大切にされているか、今までどれほど親に心配をかけてきたか、ソラはよく分かっていた。

 だからこそ、ソラは思う。

 自分のやりたいことをただ主張するだけでなく、親達の理解を得られるようにきちんと説明しなきゃいけない、と。



 「えっと、ね。確かに軽音部は男子の先輩が多いけど、みんな見た感じと違って優しい人達だったよ。それに、涼香センパイは一人だけ女の子だけど、他の先輩達と対等に話してたし、それを邪険にするような人もいなかった。きっと、軽音部のみんなは、私に意地悪をしたりしないし、私の話もきちんと聞いてくれる人達、だと思う。まだ、そんなに話をした訳じゃないんだけど、その……」


 「ソラちゃんは、そう感じたのね?」



 ソラの言葉を継ぐような美夜の発言に、



 「うん。そう」



 ソラは目をそらすことなく頷く。



 「……ソラはもう、軽音部のメンバーを信じてるんだな」



 透のそんな問いにソラは再び頷き、



 「うん。そう、だと思う。私、あのメンバーと一緒に音を作ってみたい。涼香センパイと、声を合わせて歌ってみたい」



 はっきりと、自分の望みを言葉にした。

 透も美夜も、有希も武史も、強いまなざしではっきりと己の希望を口にする娘の姿をまぶしそうに見つめる。

 うちの、強くなったなぁ……としみじみ思いながら。


 勿論、昔のソラが弱かったと言うわけではない。

 ただ、中学までのソラは優しすぎるせいなのか、自分の主張が極端に薄い子だった。

 周囲の反応を敏感に察知して、自分のしたいことを押し隠してしまう。

 ソラのそんな部分は親に対しても発揮され。

 四人の親は、ソラの我が儘らしい我が儘など、今に至るまでほとんど聞いたことが無かった。


 そんなソラのことを、優しいいい子だと誇る気持ちは勿論ある。

 だが、その反面、少しだけ寂しかったのも事実だ。

 そのソラが、はっきりと己の望みを口にしたのだ。

 ここでその願いを聞いてやれなければ、親では無かろう……と四人が四人とも思った。



 「よしっ、ソラの言いたいこともやりたいことも分かった。俺は反対しないぞ!」



 武史が覚悟を決めたようにきっぱりとそう言う。



 「俺は反対しないぞって、なによ。格好つけちゃって。別に私だって反対する気は無いし、もちろん応援するわよ?でもね、ソラ」



 有希は、なんだか胸を張って得意げな武史をちらりと睨んでから、真剣な顔でソラを見つめた。



 「困ったら必ず私達に相談すること。どんな小さな事でもいいわ。私達に迷惑かも、とかソラは考えそうだけど、そんなこと一切考えないで。私達は、ソラのことなら何でも知りたいし、どんな事にでも力になりたいと思ってるんだから」



 わかった?、そう言って有希は微笑み、ソラの頬を手の平で優しく撫でる。

 ソラはその手に頬をすり寄せ、



 「……ん。わかった。ありがと、有希ママ」



 言いながら、口元を綻ばせた。

 そんな二人を見ながら他の三人は思う。有希に良いところを全部持って行かれた!?……と。

 が、そんなことおくびにも出さずに透がにっこり微笑む。



 「ソラ、前にも話したように、仮入部期間が終わって正式に入部する前に、軽音部のメンバーを連れておいで。不特定多数の男に自宅を教えてやるのも癪だし、日にちが決まったら俺がよく使うスタジオを借りておくから。全員がちゃんと集まれるように、日程とかよく相談しておくんだよ?あと、自分の楽器がある奴は楽器持参で来るようにって伝えておきなさい。せっかく集まってくれるんだし、少しくらいならアドバイスをしてあげる時間もとれるだろうから」


 「アドバイス、してくれるの?ありがとう、透パパ。私の演奏も、みてくれる?」


 「もちろんだよ。ソラの演奏ならいつだって最優先で聞かせてもらう。とはいえ、ソラにはもう、俺のアドバイスは必要ないかもしれないけどね」



 素直に頷く娘の髪を、透の繊細な指先が優しく梳く。自分によく似た、色素の薄い髪の毛を。

 愛おしげに自分を見つめる父親の顔を見上げ、



 「そんなことないよ。私なんて、透パパとかおじさん達に比べれば、まだまだだもん」



 と、ソラは首を横に振る。

 そんな娘に、透は苦笑を漏らした。

 ソラの言うおじさん達とは、透のバンドメンバーのこと。


 透を含め、曲がりなりにもプロとして活躍している面々だ。

 小さい頃から音楽の英才教育を受けているとはいえ、ただの女子高生にすぎないソラに負けては、それこそ立つ瀬がない。

 そう思いはしたが、娘の素直な無邪気さを愛おしく思い、透はあえて口をつぐんだ。



 (ここで、私はみんなより楽器が出来るって天狗になるようなら、そんなのソラじゃないしなぁ)



 やばいなぁ、俺の娘、可愛すぎるなぁ、と胸に納めきれない愛情が吹き出して、透のソラの頭を撫でる手の動きが激しさを増す。

 とはいえ、武史の乱雑な撫で方とちがって、あくまで丁寧さを失いはしないのだが。


 丁寧にかつ優しく、でもものすごい高速で頭を撫でられながら、ソラはきょとんと小首を傾げて透を見上げる。

 その仕草がまたたまらなく可愛らしく、煽られた透の内心が大変なことになっていることなど、全く知らないまま。

 そんな二人を見ながら、武史が自分も何かいい事を言わねばと、焦ったように口を開いた。



 「よし、ソラ!明日から俺が今までよりももっと実践的な護身術を教えてやるぞ!!」


 「護身術?今までも習ってたけど、それとは違うの?」


 「違いはしないが、より実践的で、動きがコンパクトで普段から使いやすい護身術を教えておく。軽音部の連中はいい奴かもしれないが、男は男だ。思春期は難しい年頃だし、男って言うのは不意にどかんと爆発する事も無いとは言えない。特に可愛い女の子と一緒だったりするとな」


 「えっと。私はそんなに可愛くないし、大丈夫だと思うんだけどなぁ」


 「なに言ってんだ!!ソラはただ可愛いどころか、超可愛いんだから、人一倍注意しなきゃダメなんだぞ!?」



 己の可愛さにまったく無自覚なソラの発言に、武史が吠えた。

 そして、武史の言葉に同意するように残りの三人も深々と頷いている。

 ソラはそんな親達の様子を見ながら、そうかなぁ?と真剣に首をひねった。



 (ママもパパも……みんな、そういうの、親バカっていうんだよ?)



 声に出して言ったなら、一斉に四人の親から否定されるであろう言葉を心の中でちょっと恥ずかしそうにひっそり呟いて、でもなんだかうれしそうに微笑む。

 親バカだとは思っていても、自分へ確かに向けられる愛情に、胸がほっこりしないわけがない。

 この家の子に生まれて良かったなぁ、としみじみ思いながら、ソラは武史の言葉に耳を傾けた。



 「ほんとだぞ?ソラは可愛いんだからな?パパ達以外の男はみんな狼なんだからな?……ってな訳で、いきなり狼さん化した相手を無力化するのに特化した護身術を教えておくから、きっちり身につけてもらうぞ?そうしないと、パパ達の精神衛生上、よくないからな!!」


 「う、うん。わかった」



 武史の勢いに気圧されるように頷く。

 そんなソラを見ながら、美夜と有希もぼそぼそと相談を始めた。



 「ねぇ。武史さんの話を聞いてたらなんだか心配になってきちゃったわ。有希、今度一緒に防犯グッズの専門店に行ってくれない?ソラの身の安全の為のグッズを色々見繕っておきたいんだけど……」


 「そうね~。ソラももう子供じゃないし、寂しいけど、男連中から女として見られちゃう年頃って事かぁ。うん、行こう。防犯グッズの店。そこでソラの為の最初の道具を買ってこよう」


 「ええ。ソラの最初の武器だから、厳選して……」


 「なにが売ってるのかな?痴漢撃退のスプレーとか?」


 「そう言うのも売ってるだろうし、スタンガンとか特殊警棒みたいなのとかも売ってるんじゃないかしら?」


 「スタンガン、いいね。いざというときのために、高出力のやつ、買っておこうか」



 母親達の口から、なにやら物騒な単語がぽんぽん飛び出すのが漏れ聞こえて、ソラは内心冷や汗を流す。

 ママ達は、私をなにと戦わせようとしてるんだろう?……と。

 でも、そんな母親達の暴走も全て、自分の為だと分かるから、ソラはなんだか嬉しくなって二人にぎゅうっと抱きついた。



 「ありがとう、美夜ママ、有希ママ」


 「ソラちゃん?」


 「どうしたの?急に甘えたくなった??」



 二人はちょっと驚いた声を上げたが、すぐにそろってソラを抱き返す。

 その優しい抱擁が嬉しくて、ソラはもう一度ぎゅうぅっと二人を抱きしめてから、真面目な表情で彼女達を見上げた。

 そして。



 「でもね?スタンガンは、少しやりすぎじゃないかなぁって、思うんだけど」



 どうかなぁ?、とあくまで控えめに、ちょっと困ったように微笑んで、ソラはどこまでも真剣にそう意見するのだった。

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