出会いと再会と~悠木ソラの場合~①

 入学式も無事に終了し、あっという間に一週間がたった。

 無口なせいなのか、仲良しな子はまだ出来ない。

 けれど、少なくとも嫌がらせをする人や無視をする人がいないっていうのはいいことだ。

 そんな風にポジティブに考えてみる。


 微妙に前向きに考えながらも、一人で食べるお昼御飯が寂しい事には変わりがなく、ちょっとだけ落ち込む。

 周りを見回せば、しっかりそれぞれのグループがもう出来上がっているようだ。 一人でご飯を食べている人など、自分のほかに誰もいない。


 小さくため息。


 眉間にしわがよりそうになるのを自覚して、人差し指で眉間をさする。

 美味しいはずのご飯が美味しくなく感じられて、作ってくれた母親に心の中で「ごめんなさい」と呟く。


 娘が毎日休まずに学校に行っているのを見て親達はとても喜んでくれている。

 みんな交代で早起きして、それぞれの愛情のこもったお弁当を用意してくれているのに、美味しく食べられないなんて流石に申し訳ない。

 そう考えて、不満だらけの現状は考えるのを一時中断。


 せめて楽しい事を考えようと、少女は午後のイベントに思いを馳せた。

 今日の午後のイベントは、新入生歓迎会と部活紹介。

 彼女は入学してから一週間、この日を心待ちにしていたのだ。




 ソラがこの高校を選んだのには実は二つの理由がある。

 一つ目は、家から少し遠くて、同じ中学からこの高校へ進学する人がほとんどいないこと。


 そして二つ目の理由。

 どちらかというと、こっちの理由の方が彼女にとっては重要で。

 その理由は、この高校の軽音部にある。


 ソラはどうしても、この高校の軽音部に入りたいと思っていた。他のどの高校でもなく、この高校の。

 なんでこの高校の軽音部に入りたいのか。

 全ての始まりは去年の10月。

 学校見学を兼ねて色々な高校の学園祭を見て回っていた時の事。

 その時にソラは出会ってしまったのだ。

 運命の女神というやつに。




 初めて来た高校の学園祭、いい加減歩き疲れて行きついた講堂のステージの上に、その人はいた。

 舞台上では軽音部のライブの真っ最中。


 あふれる音・音・音。


 粗削りだけれど勢いのある、生き生きとした音楽だった。

 プロとして、世界中をまわる父の音楽を聞きなれた少女の胸にも熱く響いてくるその音に、どうしようもなく惹かれた。

 ふらふらと、人をかき分けるようにして舞台の前へと進む。


 小さな体が幸いして、気が付けば一番前まで来ていた。

 見上げる舞台の上で、軽音部のメンバーが所狭しと動き回りながら音楽を奏でている。

 そんな中でも一際眼を引き付けたのはギターとリード・ボーカルを担当する女生徒。

 女子にしては高い身長で、男子の中に一人の女子というにも関わらず、一歩もひかずにやりあっている。


 その眼差しにも、声にも、音にも彼女の気の強さが表れていた。

 高音から低音まで……見事に歌い上げる彼女の声は、ソラの小さな心臓を鷲掴みにした。

 

 声にならない歓声を上げる。

 彼女の眼がちらりとこちらを見た。

 そして驚いたように少し目を見開いて……それからふわりと微笑んだ。


 心臓が、とまってしまう……そんな風に思うほど、その微笑みは綺麗で。

 高まる鼓動を感じながら、この時間が永遠に続けばいいと思う。

 でも、やがて終わりの時間がやってきて……彼女のギターが終わりの音を、奏でた。


 湧き上がる拍手。そしてアンコールの声。

 だが、時間の都合でアンコールは出来ないのだと、彼女の声が告げた。

 そして、そのまま袖にもどるのかと思いきや、彼女は舞台からひらりと飛び降り、気が付いた時にはもう目の前に立っていた。


 あまりのことに混乱して、言葉が出てこない。

 出来るのは、瞬きもせずただ彼女の顔を見上げるだけ。

 彼女はそんな少女に微笑みかけた。

 そして、衣装のポケットから小さなハンドタオルを取り出すと、そっとソラの頬にあてる。

 そのときになってやっと、自分が泣いていることに気が付いた。



「泣くほど、良かった?」



 言葉を返したいけど、言葉が出てこない。

 彼女の質問に、ただ夢中で頷く。



「そっか。ありがと」



 にこりと笑ったその笑顔がまぶしくて、ソラは言葉もなく見惚れる。

 そんなソラの手に、彼女は自分のハンドタオルをそっと握らせた。



「これを濡らして目に当てておくこと。このままじゃ、目が腫れちゃって可愛い顔が台無しになっちゃうから、ね。このタオルは、君にあげるわ」



 そう言って、彼女は踵を返して舞台の上に帰っていく。

 背を向けた瞬間にソラの事など忘れてしまったかの様に、振り向くそぶりさえも見せずに。

 ソラはその背中から、目を放すことがどうしても出来なかった。




 それが彼女との出会い。

 ソラはもう一度彼女に、その音に会うためにこの高校へ入学した。


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