幼なじみと過ごす時間

 「えっと、どうぞ?カエちゃん」



 言いながら、自分の部屋のドアを開けて楓を迎え入れる。

 ママの言うことを聞いて、毎日きちんと掃除をしていて良かったと思いながら。


 ここで言うママとはもちろん美夜のこと。

 有希の方は掃除とか整頓とか、そう言うことに関してはとにかく無頓着で、いつも美夜にしかられている。

 幸いソラは有希と違って、掃除することは嫌いじゃなかったので、毎日少しずつ掃除するようにしていた。

 そのおかげで今、慌てることなく楓を部屋に通すことが出来るのだから、毎日さぼらずに掃除してて良かったなぁ、とソラは素直に思う。


 ただ、普段友達を招かないから、楓に座ってもらうような場所があまりないのには困った。

 あるのは学習机用のイスか、ベッドと言うことになる。

 別に床でもいいんだろうが、フローリングだからお尻が痛くなるかもしれない。

 さてどうしようかな、と考え込んでいると、楓がソラの顔をのぞき込んできた。



 「どうした?ソラ??」


 「あ、えーっと、その……カエちゃんは、イスとベッド、どっちに座る?」


 「あ、いや。どちらでも構わないぞ?」



 さらりと返され、ソラはう~と唸る。

 どちらかと言えば優柔不断なソラにとって、その返され方が一番困るのだ。

 だが、どっちにするかソラが決めなければ楓も困るだろう。


 そこで、ソラは自分のイスとベッドを公平な目で見比べて、どっちが楓のお尻に優しいかを考えることにした。

 イスは、小学生の時から使っている年代物だから、正直お尻の辺りのクッション性はだいぶ落ちてきている。

 その点、ベッドなら心配なさそうだし、お尻にも優しそうだ。

 そう判断したソラは、



 「えっと、じゃあ、ベッドにどうぞ?」



 にこりと微笑んでベッドを勧めた。



 「ああ。すまないな」



 そう言って座ろうとした楓は、ベッドに目を落としたまましばし固まる。

 そしてなにを考えていたのか、ほんのりと頬を上気させてそそくさとベッドに腰を下ろした。

 ちょっと遠慮がちに、ベッドの端に腰掛けるように。



 「カエちゃん?そんな端っこじゃなくて真ん中に座っていいんだよ??」


 「あ、ああ。そうだな」



 ソラに不思議そうに指摘された楓は、かくかくと頷いて、恐る恐るベッドの真ん中近くにお尻をずらした。

 そしてそのままちょっと落ち着かない様子でもじもじした後、なんとか尻を落ち着けた。

 そんな楓を見守った後、ソラもいそいそと自分のイスに腰掛けて楓に向かい合うと、少し照れくさそうにえへへと笑った。



 「なんか、変な感じだね?」


 「ん?」


 「ほら、自分と家族以外の誰かが、自分の部屋にいるのって」


 「そうか?」


 「うん。なんだか、くすぐったい感じがする」



 そう言って、ソラはクスクスと笑う。とても嬉しそうに。

 そんなソラの顔を見ながら、楓は深く考えないままに、次の言葉を返してしまった。

 それがソラにとってどれだけ残酷な言葉なのか、まるで気づかないままに。



 「あ~、でも、高校の友達はまだだとしても、中学とか小学校の友達とかは遊びに来なかったのか?」



 その言葉を聞いた瞬間、ソラの表情が固まった。

 あれ?と思ってソラの顔をのぞき込み、



 「ソラ?どうした??」



 そう声をかけてやっと、そのこわばりが消えた。

 そして、ソラが困ったようにへにゃりと笑う。



 「え、とね。その、中学の友達は、来たこと、ないんだ。小学校の、友達も」



 歯切れ悪く、言葉を探すように。

 そんなソラの様子に、楓ははっとしたようにソラを凝視した。

 脳裏に浮かぶのは、ソラの入学に際して楓を呼び出し、ソラの友達になってやってくれと言った師範代の顔だ。


 あのとき彼は言ったのだ。同じ中学の進学者が少なくて好都合だ、と。

 それは、もしかして。

 楓の頭の中に、一つの推測が浮かび上がる。

 聞かない方がいいのかもしれないとも思う。だが、ソラの事だと思うと、どうしても気になった。

 だから。



 「もし、間違ってたら怒ってくれ。もしかして、中学で虐められていたのか?」



 ソラを驚かせないように、静かな落ち着いた声で、小さく問いかけた。

 その瞬間、ソラの肩がビクリと震えた。

 その表情に一瞬悲しそうな色を浮かべ、だがすぐにそれを隠して、ソラは再び困ったように笑った。



 「虐め、とは違うよ。ただ、私がなじめなかっただけ。みんなの仲間に、上手に入れなかったんだ」



 ただ、それだけだよ……そう言って、ソラは痛々しく笑う。

 そんな表情をさせるような不用意な質問をしてしまった自分に憤りを感じながら、楓は手を伸ばしてソラの頭を撫でた。



 「そうか。辛かったな。変なこと、思い出させてすまなかった」



 言いながら、何度も何度もソラの頭を撫でる。

 ソラはそんな楓の顔を、困った様に見上げる。


 「ダ、ダメだよ。かえちゃん……」


 「ん?頭を撫でられるのは嫌いか?」


 「そうじゃない。嫌いじゃない、けど。でも、今、そんな風に優しくされたら……」


 「うん?」


 「泣き、たくなっちゃう……」



 どうしよう、涙が出てきた、と慌てたようにソラが目元をこする。

 楓はそんなソラを優しく見つめて、



 「泣いたって別にいいだろう?恥ずかしいなら、ほら」



 頭を撫でていた手でそのままソラの腕をつかむと優しく引いた。

 抱きしめる、とまではいかなかったが、自分の隣に座らせたソラの肩をそっと抱き寄せ、



 「私の肩でも胸でも好きに使っていい。顔を隠しておけば、恥ずかしくないだろう?泣きたいときは、泣いた方が精神衛生上、いいってきくしな」



 再び、手のひらをソラの髪の毛に滑らせた。

 優しく優しく、ソラをいたわるように。



 「もう、大丈夫だぞ?今もこれからも、お前の傍には私がいる。友達だって出来たんだろう?お前を軽音部に取られたのは癪だが、部活に入れば頼もしい先輩だって出来る。何も、心配いらない。もうお前を、一人になんて、しないから」


 「う……うぅ~~」



 穏やかに楓が話しかける響きに隠れて、ソラの押し殺したような泣き声が途切れ途切れに聞こえはじめた。

 その背中をあやすように優しく叩きながら、



 「遠慮するな。思いっきり泣いてしまえ。そうすればきっと、気持ちが軽くなる」



 柔らかく微笑む。

 そして、しゃくりをあげるように震える背中を撫でながら、楓はソラの体をしっかりと抱きしめ続けた。

 ソラの涙が止まるのを、ただ静かに待ちながら。

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