SS1 ある時のバレンタイン

メインストーリーではなくSSです。

ソラが中学3年生のときの悠木家のバレンタインデーの様子を書きました。

バレンタインにあげたかったんですが間に合わず。

楽しんでいただければ嬉しいです。


※※※※※※※


 バレンタインデー。

 好きな人へプレゼントと共に想いを伝える日。

 海外では、男女関係なく好きな相手にプレゼントする事も多いみたいだけど、日本では女の子が好きな男の子へチョコレートをあげるパターンがほとんどだ。


 ただ、悠木家ではそのどちらとも似ているようで違う、一種独特の形式になっていた。

 お父さん2人、お母さん2人という一般的とは言えない家族形態なので、それも仕方が無いのかもしれないけど。


 悠木家のバレンタインは、単純に女性陣が男性陣にチョコを渡すという形ではなく、1年ごとの交代制。

 ソラが中学3年生の今年は、有希ママと武史パパの不器用コンビがバレンタイン当番だ。

 別に強要されている訳でもないんだから無理しなくても良いと思うけど、苦手を頑張るのも愛、らしい。


 そんな訳で。


 ソラが見守る中、有希と武史の2人は今年もチョコと格闘している。

 去年は美夜ママと透パパの当番だったから1年空いているとはいえ、一昨年は2人が作ったのだから、チョコ菓子を作るのは初めてじゃないはず。


 ないはず、なのに。


 ソラはソラでせっせとチョコを作りながら、何とも言えない気持ちで2人を見る。



 (な、なんだろう。この初心者感……)



 内心、ちょっぴり冷や汗を流しながら。



 「そ、そらぁ。なんか、チョコがアメーバみたいになってきたんだけど……」


 「あ、うん。ちょっと見せて?」


 「ソラ……。俺のはなんだかカッチカチになってきたぞ? ヘラが動かん」


 「あ、うん。わかった。ちょっと待ってね?」



 先に助けを求められた有希の作成中のチョコらしきものを見に向かいつつ、ソラは目線で美夜の姿を探す。

 複数人で一緒に作業をする事を考えて設計された悠木家のキッチンは広く、さっきまで自分のピアノ教室の生徒さんに配る用のチョコを作るため、美夜もいたはず。

 だが、その姿はすでになく、2人の世話を1人でみないといけない現実に、ソラはちょっぴり肩を落とした。


 初心者じゃないはずなのに、初心者臭がハンパない2人に、なるべく分かりやすく、的確なアドバイスをしつつ、ソラは思う。

 出来る人同士、出来ない人同士で組まないで、出来る人と出来ない人が組めば良いと思うんだけどなぁ、と。

 この場にいない、出来る側2人の顔を脳裏に思い浮かべつつ。



 (でも、こうやって2人にアドバイスするのがイヤな訳じゃないんだけどね)



 これはこれで、なんだか楽しいし、いいのかも。

 そんな風に思いつつ、ソラは再び己の作っているチョコへ向き直る。


 中学3年。

 卒業という節目の年を意識して、今年のチョコはいつもより少しだけ奮発した。


 卒業、と言っても、不登校気味の自分はほぼ自宅学習で過ごしたし、親しい友人や後輩もいない。

 卒業式も欠席するつもりだし、両親も残念そうな顔をしつつも納得してくれている。

 ソラの好きなようにして良い、と。

 卒業式に行くことが、今のソラにとってどれだけ負担になるか、ちゃんと理解してくれているが故に。



 (迷惑、かけてごめんなさい。高校生からは、ちゃんと頑張るから)



 ソラがそんなことを考えていると知れば、優しい両親達はこぞって否定してくれるだろう。

 ソラは悪くない。迷惑なんて、かけられてない、と。

 だから、思いは心に秘めたまま。声に出して言うことは、これからも無いだろうけれど。


 その分、美味しいチョコに気持ちを込めよう。


 そんな気持ちも込めて、丁寧に丁寧にチョコを仕上げていく。

 今年のチョコは個々の好みに合わせたトリュフチョコ。

 表面はふつうのトリュフだが、中にはそれぞれが好きなアルコールを混ぜ込んだものを入れる予定だ。

 1人1人、1番好きなお酒をリサーチし、買い集めた為、かかった費用は中々なものとなった。

 もちろん、両親達のもの以外にも、お付き合いのあるご近所さんとか、両親達の友人用に、ごく普通のトリュフもちゃんと準備してある。



 (おこづかい、無駄遣いしないで貯めておいてよかった)



 といっても、友人といえる相手がほぼいない状況では、無駄遣いのしようもなかったけれど。

 一緒に出かけると言えば、両親の誰かと一緒の事が多かったし、そうなるとソラがお金を使う場面などありようがない。



 (残ったお酒は、それぞれにのんでもらえばいいよね)



 できあがったチョコを冷蔵庫にしまって、よく冷やしてからラッピングすれば終了だ。

 用意した材料を余さず使い切り、大量のチョコを作りきったソラは、頭の芯が妙にふんわりすることに首を傾げつつ、



 (有希ママと武史パパ、どうかなぁ?)



 チョコづくりに悪戦苦闘しているであろう2人の方を振り向いた。



 「で、できたぁ」


 「なんとかできた、な」



 振り向いたソラの視線の先で、そんな言葉と共にほっとしたように笑う2人の顔。



 「ふたりとも、できたの? よかったぁ」



 つられてニコニコしながらそう言うと、



 「うん。できたよぉ。これもみんなソラのおか、げ?」


 「ああ! どうにかな。ソラが手伝ってくれたおかげ、だ、ぞ?」



 全開の笑顔でソラの方を見た2人の顔が、何とも言えない表情になった。



 「そ、そら? か、顔が真っ赤だけど、もしかして、お酒、のんだ??」


 「おしゃけ?? にょんでないよ?? らって、まりゃ、ころも、りゃもん」



 有希の問いかけに答えたソラは、あれぇ? と首を傾げる。

 あれ? 呂律が回ってない気がする、と。

 それに、なんだか……



 「有希ままぁ?」


 「なっ、なぁに?」


 「にゃんか、あたみゃがくらくらしゅる」



 そんな会話をしている間に目が回ってきた。

 1人で立っていられなくて、ふらふらと座り込もうとすると、有希ママが慌てたように支えて座らせてくれた。

 そしてそのまま、支えてくれる有希の胸に顔を預けてふわふわな頭でぼんやりしていると、



 「原因、これじゃねぇか? 俺達の好きな酒」



 ソラの様子がおかしい原因を探していた武史が調理場に並べられた酒瓶をみつけた。

 どれも封が切られており、中身も微妙に減っている。



 「えっ!? お酒?? ソラ、やっぱり飲んだの!?」


 「にょんでない、よ?」



 再度の問いかけに、こてん、とソラは首を傾げる。

 本当に覚えがないのだ。

 お酒の封は確かに切った。家族用のトリュフの中身に混ぜ込む為だ。混ぜ込んだ後、味見もしたけどほんの少しだけだったし。

 そうやって順を追って思い出していって、はっとした。

 思い当たる原因が1つだけ浮上したのだ。


 全部作り終わり、出来上がりの味を確認するように作っておいた各味のミニバージョントリュフを、そういえば食べたな、と。

 小さく作ったし、味を見るだけだから大丈夫だろうと、なにも考えずに食べてしまったが、小さくとも4つ分のお酒は、まだ子供の自分には多かったのかもしれない。

 たどたどしい口調でそのことを話すと、有希ママは、



 「あ~。原因はそれだね~」



 そう言って苦笑を浮かべた。

 ごめんなさい、と謝るソラの頭をよしよしと慰めるように撫で、



 「ちょっと、タケ。コップに水くんでくれる? チョコの味見程度だし、飲んだアルコールはそんなに多くないだろうけど、一応薄めておいた方がいいと思うし」


 「水! 水だな? そうだな。飲んどいたほうがいいな」



 武史にそう声をかけ、快く応じた武史がコップに水を注いで持ってきた。



 「ありがと。ソラ~? 水飲むわよ? 起きられる??」



 有希はそれを受け取り、己の膝を枕に寝かせている娘に問いかける。

 それを受けて、ソラは何とか起きあがろうとしたのだが、まるで背骨がこんにゃくになってしまったかのように、体がぐんにゃりして力が入らない。

 その事実に、ソラは情けない顔をして有希を見上げた。



 「ん~? 起きられない? じゃあ、仕方ないわね」



 ちょっと動かすわよ~? と声をかけながらソラの体を少しだけ起こし、立て膝にした己の足にその背中をもたれさせる。



 「姿勢、辛くない? 平気?」


 「ん。へーき」


 「いい子ね。ソラ。じゃあ、水を飲もうね」



 こくん、と頷いたソラの頭を優しく撫でてから、有希はコップをソラの口元に寄せるのではなく、己であおる。

 そうして口に水を含み、そして。その唇をおもむろに、ソラの唇へぴったりと合わせ、それを見た武史が目をむいた。



 「なっ!? 有希、おまっ、なにを!?」



 耳に届く武史の声を聞き流して、有希はつながった唇から水をソラの口へと流し込む。

 こくん、とソラののどが動くのを確かめつつ、何度も何度もそれを繰り返し。

 コップが空になって、ようやくその行為を終わりにした。最後のキスは、つい興が乗って少々濃厚なやつになってしまったが、まあ、それくらいはご愛敬だろう。



 「おまっ、お前なぁ。仮にも自分の娘にそんな濃厚なのかますなよなぁ」



 武史パパが有希ママに文句を言ってるが、それを聞いたソラはちょっとだけすっきりした(ような気がする)頭で、内心首を傾げる。

 濃厚? なにが?? 、と。



 「え~? こんなの軽い挨拶程度じゃない。ソラとはいつも、もっとすっごいのしてるもん。ね、ソラ」



 問われたソラは、こっくり頷く。

 ただいま、おかえりのチューはママ達とのお約束。いつものことである。

 ただ、パパ達とは絶対しちゃだめ、らしいのだが。



 「おま……お前なぁ。俺らが知らないところで、可愛い娘にどんな教育をしてくれちゃってんだよ」



 武史パパががっくりと崩れ落ちる。

 その様子を、ソラはきょとんとして、有希ママはなぜか爆笑しながら見つめたのだった。


◆◇◆


 そしてバレンタインデー当日。

 家族全員がそろう夕食の席で、悠木家のバレンタインの儀式は行われる。



 「はい、美夜。頑張って作ったんだからちゃんと食べてよね?」


 「……大丈夫よ。ちゃんと胃薬は用意したわ。せっかく作ってくれたんだもの。ありがたく、いただくわ」


 「えっと、私がちゃんと見てたから、大丈夫、なはずだよ? 美夜ママ」



 非常に不安そうな顔をする美夜に、一応そうとりなしておく。

 食べてもらえないと、有希がかわいそうだし、チョコにおびえる美夜もなんだか気の毒だったから。

 そんなソラの顔を、美夜は感動したように見つめ、



 「ソラ……。やっぱりソラは私の天使だわ!」



 言いながら、ソラの体をぎゅうっと抱きしめる。



 「チョコをあげたのは私なのに、ソラばっかりずるい!」



 その光景に不満の声を上げたのはもちろん有希だ。

 ソラから体を話した美夜は、唇を尖らせた有希の顔に苦笑し、



 「有希の事だって忘れてないわよ。チョコ、ちゃんと食べるから。頑張って作ってくれてありがとう。愛してるわ」



 言いながら有希を抱きしめ、その頬にちゅっとキス。

 不意打ちの愛情表現に有希はその頬を赤くし、



 「わ、わかってるならいいわよ。ホ、ホワイトデーは3倍返しだからね!!」



 照れ隠しの可愛い憎まれ口をたたく。

 それを聞いた美夜は甘くほほえみ、ちょっといたずらっぽく目を輝かせた。



 「はいはい。3倍の量のおいし~いお菓子を用意するわよ。それを食べて、太っちゃいなさい」


 「うぐっ。太るのはちょっと……。普通の量でお願いします」


 「わかればいいのよ。わかれば」



 美夜が有希の頭を撫でる反対側で、男性陣のチョコレート授与式も行われていた。



 「透。頑張って作ったから食ってくれよな」


 「ありがとう、タケ。今年は柔らかく作れたんだよな?」


 「ぐっ。それは、そのう……たぶん」


 「タケ?」


 「だっ、大丈夫なはずだ! うん!」


 「タケ、人にプレゼントするものはちゃんと毒味……いや、味見をしようねって、俺、教えたよな?」


 「だ、大丈夫だよ、透パパ。私がちょっと食べてみたけど、何とか食べられたから! 口に入れていきなり噛まなければ大丈夫、だったよ? 少し溶かしてからなら、その」



 一瞬険悪な空気が漏れだした透から武史をかばうように、ソラが間に割り込んでアドバイスを告げる。

 ちょっと固いだけでちゃんとおいしいチョコだった、と。

 可愛い娘のそんな一生懸命な様子に、透は優しく目を細めてその頭を撫でた。



 「ソラは良い子だね。歯は……うん。大丈夫そうだね。よかった」



 頭を撫でてから、ソラの口を開けさせての歯のチェックも欠かさない。

 武史の作るチョコは、なぜかいつも非常に固いのだ。

 可愛い娘の綺麗な歯が、チョコで欠けたりしたら大変だ、そんな思いで丁寧にソラの口の中を確認した。

 目視する限り、ソラの歯が受けたダメージは無さそうである。

 そのことにほっと胸をなで下ろしながら、



 「タケも、初めて作った訳でもあるまいし、チョコ如きの為に可愛い娘に迷惑かけちゃダメだろ? ちょっとは学習しろ。自分で作ったものの味見くらい自分でやれよ」



 チョコの送り主に苦言を呈す。

 送り主は、大きな体を小さくして、



 「う、すまん。だけど、俺じゃあ検証にならないんだよ。ほら、俺って歯も頑丈だから」



 申し訳なさそうにそう訴える。

 その姿が余りにも可愛らしく見えて、不覚にも胸をときめかせた透は、仕方ないなぁ、と微笑んだ。

 これも惚れた弱みなんだろうな、と。



 「そうだね。タケはどこもかしこも頑丈だから、仕方ないか。お前の歯で大丈夫でも俺の歯で大丈夫かわからないもんな。今回は多めにみてやる。けど、再来年はちゃんと自分だけで作れるように頑張れよ?」


 「お、おう! 頑張る!!」


 「ならいいよ。ありがとう。ちゃんと食べるから安心しろ。お前が一生懸命作ってくれたんだからな」



 大きなわんこを褒めるように、その頭をわしわし撫でる透は、もう忘れてしまっているようだ。

 一昨年のバレンタインデーも、その更に前も。

 ソラが知る限り武史がバレンタイン当番の年はほぼ同じやりとりをしているという事実を。


 結局、透は武史を強く怒れない、と言うことなのだろう。これが、惚れた弱みってやつなのだ。


 なんだか胸をほっこりさせながら、ソラは甘い空気を出す2組のカップルを見守る。

 今年もパパ達とママ達の仲が良さそうで良いことだなぁ、などと思いつつ。


 こんな風に、悠木家のバレンタインはママがママへ、パパがパパへとチョコを渡すのがお約束。

 ママ達からパパ達へのチョコは特にない。

 世間一般的には、ママがパパへチョコを渡すものなのだろうが、よそはよそ、うちはうち、である。


 その代わり、という訳でもないが、悠木家のバレンタインのフィナーレはソラが飾る。

 1人で作れない頃は美夜が手伝ってくれたが、1人で作れるようになってからは1人で、毎年、両親達の為に手作りのチョコを用意していた。


 母親達、父親達のチョコレート授与が落ち着くのを待ってから、ソラは自分の作ったチョコを、1年の感謝の言葉と共に1人1人に手渡していく。

 いつもはみんな同じチョコだが、今年はそれぞれ違う味なので、間違えないように気をつけながら。



 「うわぁ、おいしい。これ、私の好きなお酒を入れてくれたの? ソラの愛を感じるわぁ」


 「有希のだけじゃなくて、ちゃんと私のにも入ってるわよ。ソラのことだから、それぞれの好みのお酒で作ってくれたんでしょ?」



 美夜の問いに頷くと、彼女は愛おしそうにソラの頬を撫でてくれた。



 「手間がかかったでしょう? 材料を準備するのにお金もかかったんじゃない?」


 「大丈夫。今年は節目の年だし、ママ達とパパ達に、いつもと違ったチョコを、って思って。チョコに使ったお酒も、後で飲んでね?」



 言いながら、こちらもきちんとラッピングをしたお酒の残りをそれぞれに渡す。



 「あんがとな、ソラ。酒もチョコも大事に飲んで食うからな!!」



 受け取った武史がにっかり笑い、



 「毎年、ソラがくれるチョコはすごく美味しいし、楽しみにしてるんだ。それなのに、今年はそれぞれの好きな酒まで、なんて。大変だったろ? ありがとな、ソラ」



 透が優しく微笑む。

 ソラもうれしくなってにっこり笑うと、なぜか2人から抱きしめられた。



 「そらぁ。可愛いなぁ。いつまでもそのままでいてくれよ? ママ達に似ちゃ、ダメだかんな?」


 「うん。激しく同意だ。ソラはこのまま純粋に育っていってくれ。困ったらなんでも相談するんだぞ? パパ達が守ってやるからな?」


 「こらぁ! 男ども!! そんなにぎゅうぎゅう抱きしめたらソラがつぶれるでしょ!?」



 そこに有希が割って入ってむぎゅっとソラに抱きつき、



 「あらあら、楽しそうね。私も混ぜてくれる?」



 ニコニコ顔の美夜もむぎゅっと加わって。

 今年の悠木家のバレンタインも、とてもにぎやかで楽しいものとなった。


 そうしてひとしきり騒ぎ、落ち着いてから、ソラは両親達のものとは別に用意しておいたチョコを取り出す。

 有希と美夜の友人や、武史や透の友人、武史の師範仲間、透のバンド仲間達。

 そんな、ソラが知っている人達へのバレンタインギフトだ。

 今度会った時に渡してほしいと言付けて、手元に2つだけ、ラッピングされたチョコが残る。


 去年、残っていたチョコは1つだった。でも今年は2つ。

 渡せないそのチョコレートを、ソラはほろ苦い思いで見つめる。


 1つはかつて交流のあった、年上の幼なじみの分。

 武史にくっついて通っていた道場で仲良くなった、1つ年上の女の子。


 女の子と言い切るには凛々しすぎるくらい凛々しくて、けど男の子のような乱暴なところは一切無く、いつだってソラに優しくしてくれた。

 大好きだったその子と、会わなくなってもう何年もたつ。


 たくさん友達のいたあの子は、もうソラのことなんて覚えてないのだろう。

 でも、ソラが彼女を忘れることは無いだろう。今でも大切な友達だ。

 その大切な友達に、ソラは毎年、渡すことの出来ないチョコレートを作っていた。


 武史に言えば渡してくれるのかもしれない。でもそれはなんだか違う気がして。

 いつもいつも彼女宛のチョコレートはソラの元に残っていた。

 いつか、彼女に再会した時はきちんとチョコレートを渡せますよう。

 そんなソラの願いと共に。


 もう1つは、昨年、見学をかねて足を運んだある高校の学園祭で出会った人へ。

 これも渡せるはずのないチョコレートなのに、気がつけば彼女の分のチョコをとりわけ、綺麗にラッピングしていた。


 ずっと、家族以外の特別は1人だけだった。

 そこへ、鮮やかな印象と共に入り込んできたその人が、どうしても忘れられない。

 目を閉じれば彼女の姿が瞼の裏に浮かび上がり、その歌声が耳朶をくすぐる。



 (あの高校に入ったら、あの人に会えるのかな)



 そう思うだけで、胸が少しだけ熱くなる。

 たとえ知り合いになれなくても、遠くから見ているだけでも。

 それでも彼女を見て、その歌声を耳にすることが出来たらすごく幸せだと思う。


 両親達の為に、高校はちゃんと通ってちゃんと卒業したいと思っていた。

 でも、今は。

 あの人の顔を見て、その声を聞くためなら、休まず高校へ通うことも苦じゃない、そんな風に思うのだ。


 渡せない2つのチョコレートを胸にそっと抱き寄せて、ソラはリビングを出て自分の部屋へと向かう。

 今夜は大好きな幼なじみと、気になるあの人を夢に見ることが出来るだろうか。そんなことを考えながら。


 そんな、いつもより少しだけ浮かれて見える愛娘の後ろ姿を見守る親達の表情は、ちょっぴり冴えない。

 うちの子に恋愛はまだ早い。もうちょっとだけ、自分達だけの可愛いソラでいてほしい。

 娘に近づく恋の気配を敏感に感じ、その表情は雄弁にそんな気持ちを語っていた。


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