ご飯とお風呂とお泊まりと

 「さっきはうちの有希がごめんなさいね?びっくりしたでしょう?」


 「は、はあ」



 夕食の時間になり、全員が食堂に集まると、美夜が申し訳なさそうにそうきりだした。

 楓は何ともいえない顔でちょっと前のことを思い出す。


 有希とソラのキスにも驚いた。

だが、それ以上にお淑やかそうに見える美夜の意外とバイオレンスな部分への驚きの方がやや比重は大きいような気もする。


 なんだか色々あって疲れた、と思いつつ、楓は促されるままに箸を動かす。

疲れはしたが、美夜の料理は文句なしに美味しくて、その疲れも癒されるような心地がした。

 もちろん、隣で美味しそうに食事をしているソラの癒し効果もかなりの効果を発揮していたのだが。

 そんな楓に、ついさっき帰ってきたばかりの武史が話しかける。



 「いや~、でも、よく遊びにきたなぁ、芝本。ソラと仲良くしてくれてありがとな。で、なにか俺に用があるんだろ?」


 「あ」



 問われた楓は、ソラと一緒にいるための理由として、そんな口実を設けていたことを今更ながらに思い出す。

 が、ここにきて、実は何の用事もありませんでしたとは流石に言えず、



 「あ~……その、ですね。さ、最近ちょっと伸び悩んでまして。ソラと再会したのも良い機会でしたし、師範代にアドバイスを頂けたらなあ、と」



 そんな相談事をなんとか絞り出す。



 「ですが、今日はもう遅いですし、日を改めて……」



 またお邪魔しますと言おうとした楓に向かって、武史がもの凄く良い笑顔を向けた。



 「ああ、なるほどなぁ。んじゃ、明日の朝に朝稽古をつけてやるよ」


 「朝稽古?朝、またここへ来い、と??」


 「いや、そうじゃなくて、だな。あれ?まだ芝本に言ってねぇの??」


 「あら、そう言えば、有希を叱るのに忙しくてついうっかり」


 「えーと?なんのお話ですか??」



 楓は何のことか分からずに首を傾げるばかり。

 ちらりと隣に座るソラの顔を伺うが、彼女も何も知らないようで可愛らしく首を傾げて両親達の顔を見比べていた。

 そんな二人に気づいた武史が苦笑を浮かべる。



 「ああ。悪い、悪い。んとな、芝本の家に電話した時に、今日、うちへの宿泊許可ももぎ取ってあるんだわ。だから、芝本は今日、うちにお泊まりな」


 「は?」


 「後でソラの部屋に布団運んでやっから、二人で仲良くつもる話をしてくれていいんだぜ?夜更かしも、今日はオッケーだ!寝坊しても朝は責任を持って起こしてやるから安心しろ!な、嬉しいだろ?」


 「え、と。う、嬉しいですけど、流石にそれは……」


 「ほんとにカエちゃん、今日、うちに泊まれるの!?嬉しい!!いっぱいお話しできるね!!」



 楓は流石に断ろうとした。

 だが、ソラが本当に嬉しそうな声をあげたので思わず口をつぐんだ。

 そしてソラに目を向ければ、ソラは大きな瞳をキラキラさせて、楓の顔を見上げている。

 そんな顔を見てしまえば、了承以外の返事など、返せようはずもなかった。


 正直、ほんの子供の頃以外、他人の家に泊まったという記憶はない。

 小学校、中学校時代と、楓の友人関係は意外と淡泊で、個人的に友人の家にお泊まりをするようなつきあいはなかった。

 だから正直、外泊と言えるような経験は、修学旅行とか部活動の合宿くらいという状況だった為、いきなり振って沸いた外泊の機会に戸惑いは隠せないものの、イヤな感じではなかった。

 ソラもこれだけ喜んでいるし、まあ、いいか、と口元をほころばせた楓は、



 「……そうだな。楽しみだな、ソラ」



 そう言って、ソラの柔らかな髪を撫でた。



 (一緒に夜を過ごすと言っても、どうせ別々の布団だから問題ないだろうしな)



 ちょっとどきどきする胸を落ち着かせるように、楓はそう自分に言い聞かせた。

 そして、少し熱くなった頬をごまかすように、再び料理に箸を伸ばす。

 ソラはそんな楓の隣で幼なじみのお泊まりを無邪気に喜び、四人の両親達は、そんなソラと楓を微笑ましそうに見守るのだった。


◆◇◆


 そんなこんなで夕食の時間も終わり、ソラの部屋に二人で戻ると、それを追いかけるようにドアがノックされた。



 「はぁい」



 と返事をしたドアが開くと、そこにいたのはもう一人のソラの父親である透だった。



 「透パパ?」



 ソラがきょとんと見上げると、透はにこりと柔らかく微笑んで、



 「お風呂の準備が出来たから、楓ちゃんに着替えをと思って。楓ちゃんは身長が高いから、僕のスウェットを持ってきたんだけど、それで良かったかな?」



 そう言って差し出された服を受け取るために、楓は慌てて立ち上がる。



 「すみません、わざわざ。ありがとうございます」



 言いながら着替えを受け取って、下着はどうするかと考えていると、



 「あ、そうそう。有希が、たぶん大丈夫だと思うけど、サイズが合わなかったら教えてってさ」


 「サイズ??」


 「うん、そう。じゃあ、一応伝えたよ?何か文句があったら有希に直接でよろしくね」



 首を傾げる楓に、透は爽やかに笑いかけてから、有無を言わせずにドアを閉めて出て行ってしまった。

 残されたソラと楓は顔を見合わせて、



 「サイズってなんのサイズだろうな??ソラ」


 「さあ??スウェットのサイズかなぁ??」


 「透さんとは身長もそれほど変わらないから、サイズに問題はないと思うがなぁ。一応、広げてあわせてみるか」



 言いながら、念の為とスウェットを広げて体に合わせてみようとした瞬間、何かがぱさりと床に落ちた。

 楓はそれを目で追いかけて、思わず目を丸くする。

 床に落ちて広がったもの、それは紛れもなく女性用の下着だった。

 ご丁寧に上下ペアの非常に可愛らしい下着である。

 普段の楓なら絶対に身につけない類のデザインだ。しかも、まだおろしたてのように新しい。



 「これって、美夜さんか有希さんのものかな??」



 拾い上げ、ソラに見せながら問うが、ソラは下着に付いているタグを確かめて首を振る。



 「ん~、二人のどっちともサイズが違うよ?あ。もちろん、私のとも」


 「そうか。じゃあ、誰のサイズなんだろう、な……」



 何気なくタグを確かめた楓は、そのまましばし固まった。

 自分では決して手に取らないであろう、可愛らしくも色っぽいそのブラジャーのサイズになんだか見覚えがあったからだ。

 片手で目をこすり、もう一度目を落とす。

 だが、やはり見間違えなどではなく、そこに記されている数字はいつも楓が使っているものに記されているものと全く同じだった。



 「えーと……ソラは、私の下着のサイズなんて知らないよなぁ?」


 「カエちゃんの下着のサイズ???うん、知らないよ?カエちゃんだって、私の下着のサイズなんて知らないでしょ??」


 「だよなぁ?じゃあ、なんで私にぴったりの下着がここにあるんだろう……」



 疑問である。



 「ふしぎだねぇ??あ、ちょっと美夜ママに聞いてみるね!!」


 「あ、いや、そこまでしてもらわなくても」



 とソラを止めようとしたのだが、それよりもソラが階下に向かって美夜を呼ぶ方が早かった。

 そんなソラの声に答えるように下からは、美夜の声がはぁいと返事を返し、次いで階段を上がってくる音が。

 大した用事でもないのに呼びつけてしまったことに若干恐縮しつつ待っていると、すぐに美夜がドアの向こうから顔を出した。



 「どうしたの??ソラちゃん」


 「え、と。カエちゃんの下着なんだけど……」



 二人を見つめ首を傾げた美夜だったが、ソラがそう言っただけで大体の事情を察したようだった。

 ああ、それね~、と手を叩き、



 「有希に連絡して、帰りに買ってきてもらったのよ。有希の勤め先って百貨店の下着売場だから」



 彼女が返してきたのはそんな答え。

 だが、それではまだ情報が足りてない。



 「あの、どうして私のサイズをご存じなんでしょーか??」



 回りくどい言い方をしても仕方ないと、楓はさくっと切り込んでみた。



 「え?ああ、何となく??」


 「な、何となく?」


 「ほら、楓ちゃんを見た感じで。普通、分かるでしょ??大体のカップサイズとか、アンダーはこれくらいかなぁ、とか」


 「いえ、普通は分からないと思います、けど」


 「そおぉ??でも、本当なら私より有希の方が得意なのよ?女の子のカップ当て。外に遊びに出かけると良くやるのよねぇ。結構面白いわよ?」



 今度、二人もやってみたらと言われ、顔を見合わせて苦笑する。



 「えっと、やめておこうかな。ね、カエちゃん」


 「そ、そうだな。やめておくか」


 「そ?面白いのにな~。あ、下着のサイズ、大丈夫だった??」


 「だ、大丈夫も何も、いつも使ってるのとぴったり同じサイズで驚きました」


 「わ、やった。私の眼力も、まだ捨てたもんじゃないわね」


 「ソウデスネ」



 美夜ににっこり微笑みかけられて、楓はなんともいえない表情でちょっぴり目をそらす。

 そして、それを誤魔化すように手に持った下着に目を落とした。



 「その下着、プレゼントするから使ってね?有希の社員割引で安く手に入ってるから、遠慮とかしないでいいから。遠慮されても私達じゃ使えないから無駄になっちゃうしね?」


 「……ありがとうございます。お言葉に甘えて使わせてもらいますね」


 「うんうん。子供は素直なのが一番よね。さ、下着問題が解決したところで、まず楓ちゃんからお風呂に入っちゃいましょーか。うちのお風呂の使い方教えるから、ついていらっしゃい?」


 「あ~、はい。じゃあ、遠慮なく。それじゃあ、ソラ。先にお風呂、もらってくるな?」


 「うん、ゆっくり入ってね」



 にこにこ笑うソラに送り出されて、楓は美夜の後ろについて風呂場へと。



 「はい、ここがお風呂よ」


 「ひ、広いんですね」


 「まあね。複数で一緒に入れた方が楽しいと思って。あ、ちなみに男連中が使うお風呂場は地下だから、安心してね?」


 「お風呂、男性と女性で分けてるんですか?」


 「そうよ?ここは、女の子と第二次性徴を迎えるまでの男の子専用なの」


 「そうなんですね……」


 「えっと、脱いだ服はここに入れて?イヤじゃなければ下着とか洗っちゃうけど?」


 「あ、それは持ち帰って洗います。流石に申し訳ないですし」


 「そお?気にしなくてもいいのに。シャワーとか、使い方分かりそう?」


 「はい、大丈夫そうです」


 「シャンプーとか洗顔フォームとかは好きなの使っていいから。じゃあ、ごゆっくり」



 そう言いおいて、美夜は脱衣所から出て行った。

 残された楓はしばし、ムダに広い脱衣所に一人たたずんでしばし呆然とする。



 「広い家だなぁとは思っていたが、風呂が男女で分かれているとは……」



 面白い家だ、そんな事を思いつつ、服を脱いで丁寧にかごに入れていく。

 そして、一糸まとわぬ姿になると、浴室への扉を開けて、これまた広々とした浴室内へと足を踏み入れた。

 複数人で同時に使うことを想定した浴室の洗い場は、シャワーも二つあり、一度に二人までは体を洗えるように設計されていた。

 楓は奥の方のシャワーを使って体を洗い、頭も先に洗ってしまう。

 そして、タオルで髪を纏めてから、広い浴槽へその身を沈めた。



 「ふわぁ……良い湯だ。たまらないな」



 思わずそんな言葉が漏れる。

 元々温泉とかが好きで、大きなお風呂も大好きなのだ。

 月に何度か、大きな風呂を求めて近所の銭湯に通う楓は、自宅にこんな大きな風呂があるなんてうらやましすぎる、と思いつつ、頬をゆるめて大きなお風呂を堪能した。

 そのあまりの気持ちよさに、ついついいつもの癖で鼻歌が漏れる。

 すると、誰もいないはずの脱衣所の方からクスクスと笑う声が聞こえてきた。

 聞き覚えがありすぎる声に、



 「ソラか??どうした?なにかあったか???」



 と声をかけると、カラカラと引き戸が開き、そこから生まれたままの姿のソラが中に入ってきた。

 余りのことに言葉が出ず、目をむいて固まっていると、ソラが少し恥ずかしそうに微笑んだ。



 「えっと、友達同士なら一緒にお風呂に入るのが普通でしょ?って、有希ママが。お風呂広いし、いいかな?」



 そんなソラの言い分に、楓はなんとか頷きを返す。

 なんというか、言葉が出てこないのだ。一瞬で、口の中がカラカラになってしまって、言葉を発することが出来ない。



 「か、体のバランスが悪いから、あんまり見られると恥ずかしいよ。えっと、体、洗ってくるね」



 言葉も発せずにじーっと見つめてくる楓にそう言って、ソラはくるりと背中を向けてシャワーの前で体を洗い始める。

 体のバランスが悪い、とソラは言った。

 が、バランスが悪いんじゃなくて、出るところが出すぎているのだと、声を大にして言いたい。

 背がそれほど大きくないからか、余計にその部分のボリュームが目立ってしまうのだ。

 腕や腰や足や、他の部分が華奢なのでよりそう感じるのかもしれない。


 自分とは大違いだなと思いつつ、楓はソラの後ろ姿をぼーっと見つめた。

 ソラと違い、楓の胸はそれほど大きくなく、全体的にスレンダーで、よくモデルみたいな体型をしていると周りから言われる。

 うらやましいと言われることも多いが、楓に言わせれば自分の体型など、ただ女らしくないだけだと思うのだ。

 まあ、体を動かすのに邪魔だから、このくらいの胸で良かったなぁといつも思ってはいるが。



 (特に見せる相手も、触らせる相手もいないしな)



 そんな事を思いながら、ソラの背中を眺めていると、色々なところを洗い終わったソラがこちらを向いたので、楓は慌てて目をそらす。

 お湯が揺れ、ソラが湯船に入ってきたのが分かり、楓は自分の頬が熱くなるのを感じた。



 「ふわぁ……気持ちいいねぇ、カエちゃん」


 「あっ、ああ。そうだな。良い湯だ」


 「さっき、鼻歌歌ってたでしょ~?」


 「き、気持ちよかったのでついな」


 「うん。気持ちよさそうに歌ってた。もう、歌わないの??」


 「あ、ああいうのはだな。無意識に歌うからいいのであって、意識して歌うのはちょっと違う」


 「そうなの?」


 「そういうものだ、と思うぞ?」


 「そっかぁ。そういうものなんだねぇ。でも残念。上手だったのに」



 そんな会話を交わしながら、腕が触れ合うほどの距離で湯に浸かる。

 なんだか逆上せそうだと思いつつ、口実を見つけて早く風呂を出てしまおうと考えてると、不意におなかの辺りに何かがふれてきた。

 びくっとして横を見ると、ソラがまじまじと楓のお腹の辺りを眺めている。



 「ソ、ソラ?」



 ほんのりうわずった声で名を呼べば、ソラがはっとしたように顔を上げる。



 「あ、ごめん。いきなりお腹に触っちゃって」


 「いや、かまわんが。なにか、気になるか?」


 「ん~?カエちゃんのお腹、うっすら割れてるなぁって」


 「あ~、まぁなぁ。体を鍛えるのが趣味なせいなのか、体脂肪が妙に少ないからなぁ。そのせいだろ??」


 「でもそんなに固くないよね??」


 「ひうっ」



 不思議そうにさわさわと触られて、くすぐったいような切ないような感覚に思わず変な声が漏れる。



 「あ、ごめん。くすぐったかった??」


 「い、いや。平気だ。ちょっと驚いただけだ。えっと、そうだな。普段はあんまり固くないかもしれないが、力を入れればもっと固くなるぞ?」


 「そうなの?あ、ほんとだ。固くなった」


 「そりゃあな?ソラだってそうだろう??」



 言いながらついつい苦笑を漏らせば、ソラがそっかぁ、そうだよねぇと照れたように笑う。



 「疑問は解けたか?」


 「うん……あ、私ばっかり触るのもずるいから、カエちゃんも触る?」


 「いや、私は……」



 楓は断ろうとしたのだが、皆まで言わせずにソラの手が伸びて楓の手を己のお腹に導いた。

 手のひらが、柔らかくも引き締まった腹部に触れて、楓は思わず己の手元を凝視してしまう。



 「どう?固い??」


 「……いや、柔らかい」


 「コレでも、力を入れるとうっすら筋が出来るんだけどなぁ。お腹割れるの、ちょっとイヤかもって思ってたけど、カエちゃんのお腹が格好いいから、もう少し鍛えてみるのもいいなぁ」


 「ソラは、コレくらいでいいと思うぞ?ちょうど良いくらいだろう?」


 「そうかなぁ?……んっ、ひゃんっ」



 ソラのお腹を探るように手を動かした瞬間、ソラがくすぐったそうな悲鳴を上げた。

 驚いて手を離せば、ソラが笑いながら楓の顔を見上げてくる。



 「け、結構くすぐったいねぇ、お腹」



 クスクス笑うソラが可愛くて仕方がない。

 が、ついついお湯の下で揺れる存在感のある胸に目が奪われそうになり、楓はもう限界だとばかりに立ち上がってシャワーを浴びた。そして、



 「さ、先に出るぞ?ソラはもう少しゆっくりしてこい」



 そう言い置くと、引き止める間もなく風呂場から出て行ってしまった。

 ソラはその後ろ姿をぽーっとした表情で見送る。

 楓のバランスのいい長身もさることながら、その背中からお尻、足へと続く体のラインも鍛えられていながらも女性らしい曲線を失っておらず、ソラの目にはとてもまぶしいものに映った。



 (いいなぁ。カエちゃんのスタイル、すごく、格好良いなぁ)



 お風呂の熱に当てられたように頬を赤くし、ソラはしばらく楓が出て行った扉をぼんやりと見つめ続けるのだった。


◆◇◆


 お互いに髪を乾かしあって、楓の分の布団を敷いて。

 さて寝ようと電気を消して横になってからしばらく、暗闇の中にソラの声が響いた。



 「ねえ、カエちゃん。もう寝ちゃった??」


 「いや、まだ起きてる。どうした?眠れないのか??」


 「うん……」


 「そうか。もう少し、話でもするか?」


 「いいの?」


 「ああ。もちろんだ」


 「じゃあ、そっちに行って良い?」


 「ああ。もちろんだ……って、いやいや、待て、ソラ!」


 「えへへ~。来ちゃった。お邪魔しまーす」



 慌てて制止したが時すでに遅し。

 ソラはするりと楓の布団の中へ潜り込んできた。

 こうなっては仕方がないと、楓は諦めて端に寄り、ソラのためのスペースを作ってやる。

 とはいえ、元々一人分のスペースしかないところへ二人が収まるのだから、一人分のスペースはかなり狭かった。

 自然と密着してしまう状況に、楓はどうして言いか分からない。

 落ち着け、落ち着くんだ楓!と己の理性に言い聞かせる楓の気持ちなどまるで知らずに、ソラはぴったりと楓に身を寄せて、満足そうな吐息を漏らした。



 「暖かいね。なんだか、人肌って、気持ちがいい……」



 嬉しそうにそう呟いたかと思うと、眠れないと言っていたのがウソのように、ソラはあっという間に寝息を立て始めた。

 困ったのは楓だ。

 気持ちよさそうに眠るソラを腕に張り付かせたまま、何とも言えない顔で真っ暗な天井を見上げる。

 胸がうるさいくらいに音を立てていて、心地よく眠るどころではない。


 困った、と思いつつ、しかしとりあえずは目を閉じてみることにした。だが、目を閉じてしまうと、開けているときよりも敏感にソラの気配が感じられ、胸の鼓動は更に激しさを増していく。

 こんな状態で、果たして眠れるだろうか、とひっそりとため息をこぼし、楓は頭の中で羊を数えてみることにした。効果があるとは思わないが、やらないよりはましだろうと。


 しつこくしつこく数え続け、千匹を越えた辺りでやっと意識が遠のいてくれた。

 ほっとしたまま眠りについた楓は、その夜ちょっと変わった夢を見た。

 たくさんの羊に囲まれて、柔らかい毛皮でもふもふされる夢。

 その羊達の中に一匹だけ大きな羊が混じっていて、よく見てみるとなんとそれは羊の着ぐるみを着たソラだったというオチがついた、そんな夢だった。

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