第二章

第21話 知識と情報で生かされる

「は~い、皆さん注目してくださ~い! 険しい道程お疲れさまでした! ん~、そうですねぇ、皆さんまずはお風呂に入りましょうか。綺麗になって落ち着いてからこの施設について説明したいと思います。ではでは、大浴場まではこちらにいるピッチピチの十九歳、なこちゃんが案内しま~す」


「では、私に付いてきてください。あ、怪我をしている方は遠慮なく言ってくださいね」


 こちらを窺い見てくる山崎に頷いて見せれば、全員を引き連れてピッチピチの十九歳に付いていった。


「じゃあ、こちらも門番の仕事に戻るとするよ。戎崎くん、またあとで」


 去っていく武蔵を見送れば、先程まで注目を集めていた娘がこっちにやってきた。


「エビさん、土門さん、お久です。意外と遅かったですね」


「成海。こちらとしてはお前がいつも通りで嬉しいよ」


「相変わらずちいせぇけどな。十五歳くらいだったか?」


「二十歳! 土門さんに比べれば大抵皆ちいさいですよ!」


 このじゃれ合いを見るのも後ろにゾンビもどきがいなければ微笑ましいんだがな。とりあえず移動しながら話すとしよう。


「加賀見と大鳳と成海、あと二人は誰がいるんだ?」


「源さんと燐ちゃん」


 まぁ、無難なメンツだな。


「零士と俺を合わせて七人か。総勢で何人だ?」


「今連れてきた人達を合わせて……五十人くらいですね。少ないですか?」


「想定していたよりは少ないな。だが、現状ではどうして世界がのかがわかっていないからなんとも言えない」


「ですか」


 成海――親が経営するジャンクショップの一人娘。子供の頃から店で機械類を弄ってきたおかげか機械関係に強くて施設内の電子設備を一手に引き受けている。性格的に抜けているところは否めないが有能だ。自身がいなくとも動くように整備していたし、不具合を直すためのマニュアルも準備済み。故に、今は生存者たちのまとめ役をしている。


 いくつものパラボラアンテナを屋根の上に組み上げた建物に入っていき、奥にある鋼鉄の扉を開ければ、その中には無線機器や施設の周辺を監視するカメラの映像が映し出されていた。


「加賀見、久し振りだな。助かったよ」


「管制官の仕事に比べれば容易い。零士、土門。来てすぐで悪いがこれを見てくれ」


 特に再会を喜ぶことも無く、キーボードを叩いて画面に映し出されたのは上空から捉えた街の映像だった。身を乗り出した土門は首を傾げて腕を組んだ。


「ドローンからの映像か?」


「そうだ。お前らから無線が入るまでの映像だから詳細はわからないが、この白い煙、多分、狼煙だと思うが……どう思う?」


「建物の形からして道場か何かか? そこ、下の部分に映っているのはバリケードだろ。生存者がいる証拠だ」


「俺もそう思う。だから救出に行きたいんだが、今施設内にいる中で戦えるのはお前ら二人だけなんだ。行ってくれるか?」


「当然だ。土門は?」


「まぁ、行動はツーマンセルが基本だ。行くしかないな」


「じゃあ、地図を用意しておく。行くのは明朝――今は休んでおけ。成海、頼んだ」


「は~い。ではでは、行きましょう」


「先に行っていてくれ。俺は先に情報共有だけ済ませておく。土門、また……三時間後くらいに」


「はいよ」


 去っていく成海と土門を見送って、加賀見の横にあった椅子に腰を下ろせばファイルを差し出された。


「生存者からの情報をまとめてある。現状で奴らの呼称は『ゾンビ(仮)』だ。更新する情報があれば言ってくれ。直接打ち込む」


 パラパラと中身を確認すれば、いわゆる普通のゾンビとの相違点が書かれているだけのようだ。


「とりあえず俺がわかっていることだけは教えるが――まず、奴らは人を食うわけじゃない。そして、今生きている俺たちが奴らに殺されたり、噛まれたところで同じようなゾンビになるわけでは無い」


「つまり、感染しない、と? それは確定か?」


「ああ、間違いない。噛まれても血を飲んでも体に異常は無かったはずだ。強いて言うなら唾液のせいか噛まれたところから流れる血が止まらない可能性が高い。だから、安易に噛まれても平気、とは思わないほうが良いだろう」


「なるほど。じゃあ、想定のBだったってわけか」


「空気感染だが何らかの理由で発症しない者がいる。もしくは発症していない。まぁ、医学的なことは燐佳と話すことにするよ」


「だな。専門的なことは俺にはわからん。他に共有しておいたほうが良いことは?」


「……昨日までの奴らは日の下を歩けなかったが、明日からは太陽が出ていても関係なく闊歩しているだろう。だから、フェンスの内側に見えないように壁を造るんだ。レンガでも良いし、木でも良い。奴らは視線が合うことで俺たちを認識するから、出来るだけ急ぎでな」


「了解。とりあえず正面口から始めて、奴らの行き来が多い場所に壁を造るとしよう」


「頼んだ。じゃあ……燐佳は医療棟か?」


「ああ、起きているはずだ」


「夜更かしだな。お前も休めよ、加賀見」


 立ち上がってそう言えば、椅子を回してこちらに背を向けた加賀見が軽く手を上げた。


 医務室は住居用のプレハブ小屋の近くに建てられている。頑強な上に大きいのは研究施設も同居しているからだが、しばらくは大した研究も出来そうにない。


 万が一の時、ゾンビもどきの侵入を防ぐため高床になっている医療棟の階段を上がってドアを開ければ、診療室を覆い隠すレースカーテンの向こうに白衣を着たショートカットの女性がいた。


「燐佳」


「ん? おお、零士くんか。着いたとは聞いていたが早速来るとは仕事熱心だね」


「そりゃあお互い様だ。で、医者としてどう思う?」


 並べられているベッドに腰を下ろせば、燐佳も対面のベッドに座って考えるように腕を組んだ。


「そうだね……そもそも、私たちが想定していた所謂ゾンビとは差異があるっていうのは共通認識?」


「ああ。加賀見にはすでに言ったが、奴らの行動原理は食欲じゃない。殺人だ。人を人として認識すれば殺しにかかってくる。飛沫感染はなく、噛まれたところで奴らに成ることもない。つまり――」


「理由がわからない。食べるためでも、仲間を増やすためでも無い。殺すために殺してる?」


「単に殺人衝動が増すだけなら良いが、奴らは人としての機能を失っている。ウイルスに脳を支配されているというのが俺の見解だが、どうだ?」


「空気感染するウイルスだとすると、どうして私たちが発症していないのかを知る必要があるね。抗体があるのか遺伝子の問題か……一応、何人かの血はすでに採取してあるけど何を検査する?」


「とりあえず器材はあるし普通に血液検査だな。あとは――おそらくだが、奴らは全員が繋がっているんじゃないかと思う」


「……ん?」


「いや、わかる。そういう反応になるのもわかるが、理由があるんだ。これまでのゾンビもどき共は日の光に弱くて昼間は建物の中や日陰に入っていたが、今はもう順応している。感染した者の特徴として眼が黒く染まっていたのは知っているか?」


「直接見たわけでは無いが、伝え聞いてはいる」


「その黒目の中に今は白い瞳が形成されて太陽の下でも歩けるようになった。最初は数体だけが耐性を持っているんだと思ったが、徐々にその数が増えていき――俺と土門の目の前で白い瞳を持つゾンビもどきが生まれたんだ」


「それはつまり、一体の変化が他のゾンビにも伝わったと? ……学習してる?」


「そう思うのが妥当だと思うが、まぁ……なんとも言えんよな」


「ん~、そもそもの状況が常識とはかけ離れているから有り得ないとは言えないし……サンプルが必要だね」


「そのための設備もあるしな。俺と土門は明朝にはここを発つから、その帰り掛けにでも捕まえられたら捕まえてくるよ」


「ま、無理せず怪我をしない範囲でね。この後はどうする?」


 本音を言えば眠いし腹も減ってるし風呂にも入りたい――が。


「ちょっとくらい研究を進めるか。手伝ってくれ」


「そっちは私の分野じゃないから補助くらいしかできないけれど」


 そう言って立ち上がると椅子に掛けられていた白衣をこちらに投げ渡してきた。


 ついこの間まで白衣を着て学生をやっていたのが遠い昔のように感じる。ここ数日はずっと肉体労働だったわけだし、久し振りに頭脳労働をしようか。

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