第38話 意志と選択肢

 さて、向かってきたゾンビもどきは全部始末した。


 状況確認といこう。生存者を探す必要があるが、まずは壊れた門を確かめる。再び閉まればそれでいいが――さすがにバスが突っ込めば使いものにならないか。俺の助言通りフェンスの内側に壁を作ろうとしていたようだが、間に合わなかったようだ。


「音羽、お前はバスの中を調べてくれ。カナリア、土嚢を」


 施設に複数ある出入り口の近くには門が壊れた時のためにと簡易的に塞ぐためのトタンと土嚢が用意してある。


 あくまでも簡易だが、壊されない壁を作るにはコツがある。地面に近いほうは土嚢を二列二段で積み、その間にトタンを立てる。大事なのは重なる部分を大きくすることだ。そして、手前側には土嚢を階段式に積む。これにより仮にトタンが倒れたとしても簡単にはゾンビもどきの侵入を許さないという算段だ。


 体力馬鹿のカナリアのおかげで大して時間も掛からずに壁を作り終えれば音羽が戻ってきた。


「運転手の死亡は確認した。バスの中に人はいない」


「一人もか?」


「一人も」


 避難を求めてきたわけじゃないってことか。……ちょっと待て。


 浮かんだ疑問を確かめるためにバスへと乗り込み、運転席に座る男を見て合点がいった。


「……教会にいた教祖か」


 偶然か狙ってかは知らないが、バスに引き寄せられたゾンビもどき共が施設の中になだれ込んだ結果がこれだ。責任を取らせようにも、死んでしまっては責める言葉もない。


「生存者を探す。音羽、俺と一緒に来い。カナリアは影山と一緒に監視棟へ行け。状況を知らせろ」


「ラジャ―!」


 この中で最も強いカナリアなら影山を守りながらでもゾンビもどき相手に余裕で立ち回れるだろう。


 監視棟へ向かった二人を見送って、俺と音羽は拳銃を手に施設内を進み始めた。


「戎崎くん。ここには何人の生存者がいた?」


「およそ百人。仮にゾンビもどきが襲ってきても内側から鍵の掛かる建物もいくつかあるから可能な限り生きていてほしいが――微妙なところだな」


 すでに二十人以上の死体を視界に捉えているが服装からしておそらく教会から土門と共に逃げてきた信者たちだろう。避難してきた直後に騒動に巻き込まれたのは不幸だったと言わざるを得ないが、元を辿ればおたくらの上に立っていた奴が起こした事態だ。責任云々は別にしても、仕方が無いと割り切るには十分だな。


 研究所併設の病棟に近付いていくと、その周辺には五十体近くのゾンビもどきの死体が転がっていた。そして――ドアを背にするように座り込む土門がいた。歯で裂かれたような首元から流れ出た血が全身を赤黒く染めている。


「……守ったんだな。お前の意思は、引き継ぐよ」


 握られていたメリケン型の鉄甲を取り外してフットバッグに押し込み、傍らにあった衛星携帯を拾い上げて壊れているのを確認した直後、ポケットに入れていた無線機が鳴った。


「――零くん、聞こえてる?」


「カナリア。監視棟には着いたか?」


「――うん。中にいたもどきは全部倒した。生存者は無し、だよ」


「……そうか。お前はそこに居ろ。影山と共にサポートを頼む」


「――了解」


 土門に次いで加賀見も逝ったか。


 監視棟も外からでは簡単に開かないドアだったが、その場にいなかった俺には何が起きたのか想像することもできない。


 無線を手にしたまま病棟のドアを叩いた。


「燐佳。戎崎だ。開けろ」


 すると、ガチャリと鍵の回る音がして勢いよくドアが開かれた。


「エビさん! 生きてて良かった!」


 飛び付いてきた成海を抱き止めれば、その奥に血に染まった手袋を外す燐佳が居た。


「……怪我人は?」


「多くはない。……土門くんは?」


 その問い掛けに首を振れば、燐佳は力なく肩を落とした。


「ここには何人いる?」


「十七人。零士くんの知っているところでは那奈くんもいるが怪我をして今は寝ている」


「そうか。大体の状況はわかった。成海、お前らはまだここにいろ。俺が来るまではドアを開けるなよ」


 引き離した成海を押し戻し、ドアを閉めようとする直前に目が合った燐佳は大きく頷いていた。


 大方、近場にいた生存者や怪我人を病棟に押し込んだ土門が迫り来るゾンビもどきに立ち向かったのだろう。ここで戦わなければ開かぬドアを無視したゾンビもどき共によって、もっと犠牲者が増えていたかもしれない。その選択は正しいよ。


「戎崎くん、こっちに!」


 慌てたような音羽の声に早足で駆け寄れば住居用のプレハブ小屋の周りに円形状にゾンビもどきの死体が広がっていた。そして、その中心には――腹部から血を流しながら地面に胡坐を掻き、突き立てた刀を肩に掛けた柳木さんが居た。その顔に生気は無い。


 ゾンビもどきの死体を割って近付き、首元に手を当て脈を確認しようとすると、僅かながら呼吸音が聞こえた。


「っ――生きてる。柳木さん! 聞こえるか!?」


 問い掛ければ、声を発さないまでも微かに体が反応した。間違いなく生きている。しかし、この出血量では下手に動かすことはできない。だが、そうも言っていられないな。


「音羽、手を貸せ」


「何をすればいい?」


 バックパックから取り出した二枚のタオルを手渡すと指示を出すよりも先に血を流す柳木さんの腹部に当てた。


「俺の合図で行くぞ。せーのっ――」


 柳木さんの肩に腕を掛けて立ち上がらせれば傷口を押さえる音羽も一緒に付いて病棟へと向かった。


 足元はおぼつかないが意識はあるのか体に力が入っている。それは生きようとする意思――良い兆候だ。


「燐佳! ドアを開けろ!」


 その声にドアが開くと、出てきた燐佳が駆け寄ってきた。


「その人は? 息はあるのか?」


「柳木さんだ。腹部に刺し傷、おそらく臓器は傷付いていないが出血多量によるショック状態。アドレナリンと輸血の準備を」


 病棟の中に運び込み、空いているベッドに寝かせれば会話を聞いていた成海がアドレナリンや血液パックを持ってきた。


 隣のベッドには頭に包帯を巻いた那奈が寝ているが起きる様子は無い。


「まずは傷口を縫合する。零士くん、手伝う?」


「いや、お前に任せる。最善を尽くせ」


 マスクをして手袋を嵌めた燐佳が頷いたのを見て、俺と音羽は病棟を出た。


 手伝うのも一つの手だろうが、行動できる者は一人に尽くすよりも動くべきだ。まだまだ確認すべきことはある。


「戎崎くん、良かったのか?」


「……餅は餅屋だ。治療は医者に。俺たちは生存者を探すぞ。銃を取れ」


 今もまだどこにゾンビもどきが潜んでいるのかわからない。


 向かうのは柳木さんが守っていたプレハブ小屋だ。住居用の割には造りの甘さが目立つが、増やすことを前提にしていたから仕方が無い。連結できるような構造になっているが、裏を返せばどこまでもゾンビもどきが侵入できるということだ。もちろん、その対策もしてあるが。


「私が先行する」


 銃を手にしたままプレハブ小屋に向かった音羽はドアに手を伸ばし、ノックを二回。すると、一センチほど開いたドアから覗いた眼がこちらを確認した。


「開けなくていい。中は無事か?」


「……はい。怪我人も、いません」


 聞き覚えのある声だ。たしか、成海と一緒にいたなこちゃんって娘か。


「よし。なら、まだそこにいろ。状況を鎮圧したら成海を来させるから、それまでに生存者を一か所に集めておけ。大勢で顔を突き合わせていたほうが落ち着くはずだ」


「あ、ありがとう……ございます」


 そのお礼は、間接的に成海が生きていることを伝えたからだろう。


 閉じたドアに背を向けると、音羽と目が合った。


「あとはどこを?」


「避難できる場所は限られている。こっち側では監視棟、病棟、プレハブ小屋――あとは向こう側だな」


 銃を構えたまま山を登っていく。


 辿り着いた源生の工房の前にいた狙撃銃を手に佇む迷彩服の男がこちらに気が付くと、口元を隠す布を外した。


「零士。生きてたか」


「大鳳……源生は?」


「戦ったようだ。相討ち、だな」


 工房の中を見ずとも、開かれたままの入口から流れ出ている血が物語っている。


 これで主要な場所の確認を終えた――その時、無線が鳴った。


「――零くん。居住区画にもどきの姿は無いよ」


「わかった」


 返事をすると、こちらに寄ってきた大鳳が狙撃銃を抱え直した。


「じゃあ、あとは山の中だな」


 施設内の出入り口や設備のある場所には監視カメラが設置してあるが、さすがにまだ切り開いていない山の中にカメラは無い。山頂にある高見櫓から大鳳が降りてきているのは、そこからは狙えない位置にゾンビもどきが侵入している証拠だ。


「……音羽。お前は監視棟に行ってカナリアと交替しろ。パラボラアンテナが付いている建物だ」


「わかった」


 頷き踵を返した音羽を見て、無線を口元に寄せた。


「カナリア。音羽と交替でこっちに来てくれ。工房の前だ」


「――りょーかい」


 無線を仕舞い、源生が死ぬ前にどれだけの仮想武器を作り上げたのかを調べておきたいがそれは後でも出来る。


「……バスを撃ったのはお前だな? 大鳳」


「そうだ。批判か?」


「いや、あの状況だ。停まらないと判断したから撃ったんだろう。そうしなければもっと被害が増えていたはずだ。良い判断だった、と言っておくが――今後、人は撃つな」


「人か。例外は?」


「もちろんある。だが、心持ちの問題だ。殺すという選択肢より、殺さないという意思を持っておけってことだ」


「……そうするとしよう」


 釘を刺したところで、近付いてくる足音に大鳳と共に銃口を向けた。


「お待たっ!」


「いや、早ぇな。まぁ、早いに越したことは無いが」


「トリくんはおひさ」


「ああ、久し振り」


 ぎこちない感じの挨拶だが、知る限り二人は似た者同士だ。性格こそ違うが、いつでもどんな状況でも人間を殺すことが出来る危うさがある。まぁ、その舵を取るのも俺の仕事か。


「挨拶も済んだところで――気合いを入れ直せ。残党狩りの時間だ」


 不可抗力とはいえゾンビもどきの侵入を許したのは失態だ。そこに居なかったとしても、その責任は果たす。おそらく、この場にいる俺たちが施設内の最大戦力――また、一からだ。まずは安全を手に入れるとしよう。

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