第37話 決断できること
翌日、日が昇るよりも少し前に三人を起こして施設へ向かう準備を始めた。当然のように疲労感は残っているが、体の軋むような痛みは楽になった。
服装は動き易いミリタリー物を。フットバッグやら鋸刀用のベルトなどを変わらずに付けていると、カナリアと音羽も着替え終えたが片や制服っぽいスカートにスパッツを合わせ、片やスーツって……まぁ、慣れた服装なら特に言うこともないが。
「じゃあ、武器だな」
ウォークインクローゼットを開けば、驚いたような顔をした音羽が真っ先に入っていった。
「これは……よくこれだけのものを集められたな」
「俺じゃないけどな。この建物を管理していた猪熊って奴がミリタリーマニアで、そいつの趣味だ。警棒は持っているんだよな?」
「ああ、常に携帯している」
「なら、あとは拳銃だな。一応、そこらにある拳銃は実際に使える物だが持っていくなら試し撃ちをしたほうがいいぞ」
頷いて拳銃を選び始めた音羽を見て、俺のほうも武器を揃え始めた。
武器、というか何度も世話になったハンマーと伸縮警棒を基準にして考えるとしよう。まぁ、基本は拳銃を使うとして――置かれている突撃銃やら狙撃銃やらは本物らしいが、残念ながら本物は使ったことがないから無しだ。そういうのは施設にいる大鳳が専門だから任せるとして、やっぱり俺は接近戦のほうが肌に合っているんだろう。
槍なんかの長物も使えはするが、相手にする中に変異種がいるとなるとおそらくは源生の仮想武器でなければ殺すことは出来ない。足止めや普通のゾンビもどき相手なら、長物よりはジャングルなどで枝葉を薙ぎ払う大型のナイフ――マチェットのほうが使い勝手が良さそうだ。
これまでの装備に合わせてマチェットを持っていくとして、さすがはミリタリーマニアとでも言うのか、手榴弾も大量に置いてある。まぁ、持っていけるとしてもタクティカルベストには二個が限界だな。手持ちじゃなく使えそうなものはボストンバッグに入れていくとしよう。
「戎崎くん。ここにある物は何を持っていってもいいのか?」
「まぁ、限度はあるが……リボルバーでいいのか?」
「普段は自動拳銃を支給されるが、こっちのほうが手に馴染む。安心してくれ。外すつもりは無い」
外す外さないは別に良いとして、とりあえずホルスターとベルトに通す予備弾入れを手渡した。
「弾は多めに持っとけよ」
「わかった」
ホルスターを付けて弾を詰める音羽の横で武器を眺めていたカナリアは考えるように首を傾げていた。
「ミリタリーっていうか、武器マニア?」
置かれている武器は銃の他に中華系のものから武道系まであるからその感想も否めないが、広義の意味ではミリタリーで間違っていないはずだ。
「先に外に出てるぞ」
「は~い」
カナリアと音羽をウォークインクローゼットに残し、部屋の隅にいる影山の下に近寄って行くと体を震わせてこちらを見上げてきた。
「で、どうするかは決まったか?」
「……ボクは、本当に役に立てますか?」
「無論だ。だが、今知りたいのはお前がどうしたいのか、だ。この場に残るのも一つの決断だが、施設に行くことを望むなら全力で守ることを約束しよう。それが俺の役目だ」
どうにも、この面倒な性分だけは変えようがない。
「役目……ボクにも役目が――ううん。そう、じゃない。行きたい……ボクは、生きたい」
言いながら立ち上がった影山の顔から迷いの表情は消えていた。
全員参加が決まったところで、早速行動に移すとしよう。
まずは地下から一階へ。家と繋がっている車庫に入れば、中には軍用車があった。詳しくはわからないがハンヴィーというやつだろう。
「音羽、運転できるか?」
「問題ない。鍵は?」
「中に付いているはずだ。確認してくれ」
運転席は音羽に任せて、俺はボストンバッグを抱えたまま後部座先を確かめれば背凭れの後ろにも空間があった。さすがは外車だ。左ハンドルだし、サイズが外国仕様で若干持て余す。
とはいえ、影山とカナリアが乗り込んだところで規格の大きさに感謝した。大刀はこのサイズの車で無ければ入らなかっただろう。
「零くん。門、うちがやろうか?」
「いや、お前らは乗ってろ。音羽、シャッターを開けたら俺が門を開けに行く。ゆっくり進んで来い」
「わかった。気を付けて」
車庫の内側からシャッターを上げて拳銃を取り出した。
警戒しながら門のほうへ向かうとそこにゾンビもどきの姿は見当たらなかった。無駄に時間を取られないのは有り難いが、いないのはいないで不穏だな。
車に向かって手招きをすれば速度を増して門の外に出た。あとは外側から門を閉めて助手席に乗り込み、施設に向かって出発した。
道すがら――ゾンビもどきの気配は感じるが、その姿を見ることは無い。襲って来ない理由が昨日の想定通りなら順当に成長していることになる。知恵を付けることも問題だが、何よりも厄介なのは徒党を組まれることだ。集団であったとしても、行動が個々なら対処は出来るが、連携を取り出したらこちらは一人では対応できなくなる。すでに病院内でその片鱗が見えていたことを思えば、そう遠い未来では無いはずだ。
ゾンビもどきと遭遇していないせいで後部座席の二人は夢の世界に旅立っているが、視線の先で煙を見つけた音羽が車を一時停止させたことで目を覚ました。
「戎崎くん、あそこは?」
「施設の方向だ。急いでくれ」
「わかった」
アクセルを踏み込んだ音羽を見て、後部座席に移動しながら無線を取り出した。
「カナリア、これで施設に呼び掛けろ。状況が知りたい」
「りょーかい!」
後部座席から天窓を開けて上半身を出し、単眼鏡で施設のほうを確認した。
煙は出ているが火事が起きている様子は無い。立地の良さから山に施設を作ったが山火事が起きても広まらないよう設備の配置は注意してある。つまり、消火か鎮火した後の燻りだと考えていい。
だが、土門から連絡が来たときに聞こえていた周りの状況からすると、おそらく事故などによる火事では無いだろう。
「零くん、どのチャンネルも繋がらない。どうする?」
カナリアの問い掛けと同時に、単眼鏡で煙の出所を捉えて車の中へと戻った。
「無線はもういい。施設の門が壊されているのを確認した。音羽、門の先でバスが煙を上げているが通り過ぎたところで車を停めろ」
「手前じゃなくていいのか?」
「中の状況がわからないにしても門は内側から閉める必要がある。それにいざとなればこの車を盾にすることも出来るだろ? 突っ込め」
速度を増した車は真っ直ぐに施設のほうへと進んでいく。
先刻、俺と土門が殺したゾンビもどきの死体を踏み潰しながら壊れた門を通り過ぎ、煙を上げるバスの横を抜けると音羽は急ブレーキと共にハンドルを切った。
停まった瞬間に車を降りた俺とカナリアが周囲を警戒しながら車の正面で背中を合わせた。
施設の中には争ったような避難者の死体が転がっていて、所々に頭の潰れたゾンビもどきの死体もある。
「音羽! クラクションを鳴らせ!」
直後、鳴り響いたクラクションによって引き寄せられたゾンビもどき共が姿を現した。施設の外とは違い、現状でゾンビもどき共の目に映っているのは俺たち二人だけ。勝率を計算しているのか、すでに攻撃対象となる範囲内に入っているのかはわからないが、集まってくれるのは有り難い。
「あれ? 意外と少ない?」
「同感だが……まぁ、まずはこの付近の奴らだけだ。片付けるぞ」
「オー!」
向かってくるゾンビもどきはおよそ二十体前後。これ程度なら俺とカナリアだけで十分に事足りる。しかし、施設内には避難者を含めて戦える者は十人以上いたはずだ。しかもその中には土門のように戦い慣れた者もいた。にも拘らずの今の現状だ。
つまり、それだけ対応できない状況にあったということ。早いところ原因を突き止めるとしようか。
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