第39話 こんな世界の現実を

 山の中を一周浚って残っていたゾンビもどきを一通り殺し終えた。


 一通り、というのは二体ほど脚を斬って動けなくして生きたまま捕獲し、状況を治めるまで工房に置いておいた。


 病棟前に集めた生存者は四十一人。この場にいない音羽と影山、怪我人とそれを看病している燐佳を合わせて四十七人。五十人を切った、か。


 監視棟と病棟には無線を繋げて、全員の前に立つと視線を注がれた。


「さて――初めての挨拶がこんな状態で申し訳ないが、俺はこの施設の発案者の一人、戎崎だ。皆ここが安全な施設だと聞いていたと思うが、この現状を見て不安に思う者もいるだろう。その不安は……まぁ、否定できない。外にいるが押し寄せてくることも、人間による不可抗力や襲撃なども無いとは言い切れない。とはいえ、外に比べれば依然として安全な施設に変わりはない。が――一つだけ言っておく。ここは守られるための施設ではなく生きるための場所だ。戦えと言うつもりは無いが守られるだけの存在になることは許さない。わかっていると思うが、今の俺たちに傷心している時間は無い」


 これがなんの救いにもならない言葉だというのはわかっている。だが、必要なことだ。ただでさえ酷いこんな世界で、その上を行く現実を理解できなければ、進むべき道を示すことも出来ない。


「零く~ん。もっと言い方とかさぁ」


「これでも優しく言ったつもりだが……要は動ける奴は仕事をしろってことだ。そうじゃないなら部屋に閉じ籠ってろ。とりあえず――三十分だ。各々で思考し、選べ。動ける者は再びこの場へ。それ以外は好きにしろ。以上、解散」


 ざわつきながら散り散りになっていく中、修司と目が合ったが逃げるようにプレハブ小屋へと駆けていき、端の方で話を聞いていた美島が近付いてきた。


「あの、那奈ちゃんは……?」


「病棟にいる。今はまだ寝ているが、心配なら行ってみろ。詳しくは燐佳が教えてくれるはずだ」


「生きてるんですね。良かった……ありがとうございます」


 立てた親指で病棟を指せば、軽く頭を下げてそちらに向かっていった。


 さて――三十分をどう潰そうかと考えていれば大鳳が送ってくる視線に気が付いた。


「いいのか? そんなふるいに掛けるような真似をして」


「真似というか、実際に篩だな。俺からすればお前らですら篩に掛けた結果だし……いやまぁ、どちらかというと掌で掬い上げた中で指の間から零れずに残った奴らって感じだが」


「つまり、残り物か」


「それは今に始まったことじゃねぇだろ。他の奴がどう言って生存者を集めたのか知らないが、俺は生きる意志のある者だけを連れてきたつもりだ。この先の決断がどうであれ、命令されて動くだけの奴は必要ない」


「……まぁ、少なくとも俺はその考えを支持するよ」


「うちも~」


 どさくさ紛れに抱き付こうとするカナリアは軽く避けて、周りを確認した。


「大鳳、カナリア、成海。監視棟に行くぞ」


「そのメンツなら燐佳もだろ? 病棟じゃなくていいのか?」


「現状での話し合いに燐佳は必要ない。それに、病棟には病人がいる。仕事をさせてやれ」


 そうして四人で監視棟へ向かえば、繋いだままの無線で話を聞いていた音羽が扉を開けて中に招いた。


 部屋の傍らに倒れている加賀見を見付け、少なくとも素手の状態で二体のゾンビもどきと渡り合って殺したのだとわかる。意外と何事もなく長生きするタイプだと思っていたが、死ぬときは死ぬ――呆気ないものだ。


「戎崎くん。話は聞いていたが、私たちはどうすればいい? もちろん、行動する意思はある」


「まずは紹介が先だ。大鳳、成海。こいつが元警察警備局の音羽で、パソコンを弄っているのが影山だ」


 会釈し合う四人を眺めていれば、成海がこちらに視線を送ってきた。


「……挨拶回り?」


「というか連携だな。影山には加賀見の代わりにシステム管理を任せるから、設備管理をしている成海とは会わせておいたほうが良いだろう」


「え、子供だけど……大丈夫ですか?」


「大丈夫だろ。本人曰くハッカーらしいが、そこら辺の真偽はともかく有能なのは確かだ。色々と教えてやれ」


「……わかりました」


 首を傾げながらも納得したような成海が影山の横に座って話し始めたのを見て、残りの三人を手招きして円になった。


「四人――おそらく現状でゾンビもどきに対応し得るのは俺たちだけだ。本来ならこの中から施設内の指揮を執る者を決めるべきだが……どう思う?」


「お前でいいだろ。全てにおいての発案者なんだから」


「柄じゃねぇ。元より施設の統治は俺以外の奴に任せるつもりだったし……大鳳は高見櫓からの警戒があって、音羽はまだこの施設について良く知らない。成海か燐佳って手もあるが、それぞれ仕事があるからな」


「……ん? うちは?」


「お前は俺と同じで戦う側だ。頭数には入ってねぇ。……一先ずは分担するか。成海はここで影山に施設の説明を。大鳳は高見櫓で周囲の警戒、カナリアと音羽は俺と一緒に仕事だ。行くぞ」


 山を登っていく大鳳と別れて――待つこと約二十分。


 病棟の前に集まったのは二十六人。そのうち二人は中学生以下の子供だが、上々だな。


「決断してくれて感謝する。まず言っておくと、何かを強要するつもりは無い。嫌なら嫌と言ってくれていいし、いつ辞めてくれても良い。それを批判することはしない。だから、皆もこの場にいない者のことも支持してもらいたい。彼ら彼女らにも考えがあってのことだ。君らがこの場にいるのと同じように。……っと、前置きはこれくらいにして。この中に警察や自衛隊関係者、消防士や教師なんかはいるか?」


 問い掛けると、おずおずと手を上げたのは顎鬚を蓄えた男性と、若い女性の二人だった。自ら手を上げてくれたのなら、それがなんの仕事かは関係ない。


「じゃあ、二人を起点にチームを作る。好きに分かれてくれ」


「零くん、うちらは?」


「ちょっと待て。美島! こっちに」


 チーム分けに悩んでいた美島を呼び寄せれば疑問符を浮かばせながら近寄ってきた。


「なんですか?」


「あそこに中学生くらいの二人がいるだろ? あいつらを連れてプレハブ小屋に行け。そこで小学生以下三人の相手をさせるんだ」


「それは……厄介払い、ですか?」


「違う。それが仕事だ。適材適所。子供には子供に出来ることがある。お前がその責任を受け持つんだ。わかるだろ? 仕事だ」


「……わかりました」


 自分自身を納得させるように呟いた美島を見送り、大体均等に分かれた二チームを見て、バランスを考えた。


「カナリアは女性のほうに、音羽は男性のほうに付け。今から全員にマスクと手袋を配る。やることは二つ――カナリアのほうは門の修繕を。音羽のほうは施設内の死体の片付けだ。リアカーに死体を積んで西側にある焼却炉へ。俺はどちらの手伝いもするから、わからないことがあれば聞いてくれ。以上。仕事を始めろ」


 とは言ったものの、すぐに動き出せないのはわかっていた。だからこそのカナリアと音羽だ。完全に理解しているわけでは無いが、少なくとも俺の意図を汲んで動き出せば、それに追随して行動の波が起きる。


 門の修繕には予備の設計書があるからそれを元に体力馬鹿のカナリアを軸に任せて、どちらかと言えば完全に死んでいるかどうかわからないゾンビもどきの死体処理のほうを重点的に手伝うことにした。


 死体を放置しないのは、この場で生き続けるための必須条件だ。それは衛生的にも、精神的にも大事なことで――とはいえ、昨日まで同じ場所で生活していた者の死体を燃やすことに抵抗を覚える者も多い。


 だからこそ、そういう部分はが請け負う。


 焼却炉を使うため成海の下を訪ねれば、監視カメラの映像で要件を理解していたのか俺の肩を叩いて監視棟を出て行った。


 なぜ叩かれたのかは不明だが、こんな状況でも軽いやり取りができるということ自体、常軌を逸しているのだ。俺たちは。


「ああ、そうだ。影山、一つ、頼みがある」


「どんな頼みかにもよりますが」


「簡単に言えば偵察だな。ドローンは使えるか?」


「ボク、ハッカーですよ? ドローンの操作なんて小学生の頃にマスターしました」


「なら安心して加賀見秘蔵のドローンを使わせてやれる。高性能な玩具だ。存分に楽しめ」


 こうやって受け継がれていくように出来ている。そうでなければこの施設を作った意味がない。


 そうでなければ――俺が生きている意味はない。

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