第10話 合流 (1)
昨日のうちに軽トラで運んできた単管パイプを使って、荷台にあるものを組み立てた。
端的に言えば檻。人間らしく言えば囲いの塀。わかりやすく言えば、仮に車中泊をすることになっても荷台にゾンビもどきが入ってこられない幅で単管パイプを組み立てた。後方にもパイプを横に置いて乗り込みにくくしたから子供だけでの乗り降りは難しいと思うが、俺や他の男が手伝えば問題は無い。
日が昇って誰よりも早く起きた俺は安全確認と念のため作り掛けにしておいた車の荷台にブルーシートを掛けた。あとは話し合いが済んでいるかどうかだな。まぁ、結論がどうであれ進むことは決定事項だが。
ただ待っているのも暇だったから、表側からバリケードを崩していれば、体育館の中からも崩す音が聞こえてきた。
「……修司か?」
「あ、はい! そうです!」
勘が当たったか。
「そっちの様子はどうだ?」
「こっちですか? こっちは――全員、移動の準備を進めています!」
暗に説得は上手くいったのか? という問い掛けだったのだが、それを理解しているのかいないのか明るい答えが返ってきた。つまり、説得は成功したのだろう。
ものの五分足らずでバリケードを崩し終えて、修司と対面した。その先へと視線を飛ばせば双子の片割れがれなを抱っこして、それ以外はバッグを背負って段ボールを抱えていた。
「問題は無さそうだな」
問い掛けるでもなく呟くと、男たちに加えて双子も頷いて見せた。付いてくるというのならこれ以上は何も言うまい。
「まずは何をすればいい?」
「武蔵は先に行って車の荷台を裏口にくっ付けてくれ。直接、乗り込めるように」
「わかった」
そう言って鍵を持った武蔵は先に駆けていった。
「残りは普通に付いて来い。急いで荷物を積み込むぞ」
特に手間取ることなく積み込みを終えて――軽トラの運転席には武蔵が、助手席には修司を乗せて、残りの五人は荷台へと乗ってもらった。一応は段ボールなどの他に毛布なども用意してあるから寒さを凌ぐにも、ゾンビもどきから姿を隠すのにも使えるはずだ。
「戎崎くん、君はどうするんだ?」
「バイクで。先導するから付いて来い。あとついでにこれも渡しておく」
「ショットガン? あいにく使ったことがないのだが……」
「貸しておくだけだ。もし使うことになれば照準は胸の辺りに合わせろ。そうすれば反動で弾は頭に飛ぶ」
「……わかった」
元より想定していた日数を過ぎているが、予定通りに進むべきだろう。
「じゃあ、俺のあとを付いて来い。問題があればクラクションで」
バイクに乗って裏口から出て、軽トラの横を過ぎながら武蔵に言うと、頷いたのを確認して走り出した。
まず向かうのはショッピングモールだ。出入り口は従業員裏口も含めて十一か所あるが、人数と的確な指示を出せる者がいれば塞げない数では無い。俺の予想が正しければ、この辺りで最も大きく最も多くの者が安全に避難できる場所だと考えている。
まぁ実際、昼間なら下手に建物内に入ったりしなければゾンビもどきに襲われる心配もないし、移動自体は心配ない。
問題なのは――俺を含めずに、大人の男三人に対して子供が四人もいるということだ。今の体制でゾンビもどきの集団に襲われたら全員を守り切れる保証は無いし、何よりこの先だ。俺の予想が当たれば、おそらくは厳しい現実と向き合う羽目になる。
「とはいえ策はあるが……」
呟いたところでバイクを停めた。
「どうした!?」
後ろから来た軽トラが横に停まって武蔵が問い掛けてきたのを見て、向かう先に親指を立てた。
「道が塞がれている。遠回りをするしかないな」
「あ~、渋滞か。どこに逃げようとしたんだかな……奴らは?」
「見当たらないが、気にしなくていい。高架下のほうを回っていく。いいか?」
「ああ、問題ない」
再び走り出した。のは良いのだが……何か違和感を覚える。
なんだ? 何かが可笑しいのは間違いないがその正体がわからない。車か? 車の側面に――車体の下から伸びていたのは、腕か!?
武蔵には走り続けるように手で指示を出してサイドに回り込めば、やはりそこには車体を鷲掴みにする腕があった。十中八九、ゾンビもどきだろうが出来ればショッピングモールまでは連れて行きたくない。どこか日の当たらない場所で……高架下で誘き出すとしよう。
パニックになられても困るからそのまま道を進み、高架下でバイクを停めた。他のゾンビもどきが居る可能性も考えたが、時間が経つにつれて日の差し込む角度が変わるのだから心配無用だった。
バイクを降りると、武蔵まで降りてこようとしていたが道すがらにドアを閉めた。
「乗ってろ。ショットガンを貸してくれ」
「ん、ああ……何かあったのか?」
「まぁ大丈夫だと思うが、邪魔だから降りてくるな。お前らもな!」
荷台に乗っている五人に対して向けて言うと、ショットガンを構えながらゾンビもどきの腕に近付いていった。さすがにこのまま車に向かって撃つことは避けたい。
車体を掴んでいる腕に足蹴を食らわせると、ドンッと落ちる音がした。距離を取って待てば這い出てくるゾンビもどきと目が合った。
こちらに駆け出してくるが、このまま撃てば弾は荷台のほうまで飛んでいくだろう。
だから、掴み掛ってくる腕の間を抜けてショットガンの柄で顔面を殴りつつ足を掛ければ後ろ向きに倒れ込んだ。あとはその顔面に銃弾を撃ち込んで、終わりだ。
響いた銃声に子供たちの小さな悲鳴が聞こえたが、精神的なケアはそちらに任せる。
「おい! 奴らがいたのか!?」
「ああ、車体の下に張り付いていた。ショットガンは返しておくから弾を足しておけよ」
「……わかった」
あっけらかんと言い放ちショットガンを渡せば素直に受け取った。
そして、再びショッピングモールに向かって走り出した。
――嫌な予感だ。
ただ人を襲うだけの化物だと思っていた。実際にそうだったのだとも思う。市役所の屋上で俺を追ってきたゾンビもどきたちは何も考えずに地面に落ちたわけだし。だが、もしかしたら……学習しているのかもしれない。死んでいるはずのゾンビもどきが、成長している。
もちろん、俺のシナリオではそういうケースも想定してあるが、もっと先のことだと考えていたから準備不足だ。それこそ今回の原因を突き止めて抗ウイルス薬を作っても尚、変化して対処できないような進化をした敵に対しての策だ。
とはいえ、今はまだ前兆に過ぎない。それこそ、予感だ。まぁ、頭の片隅に置いておくに越したことは無いな。
そうこうしている間にショッピングモールが見えてきた。
出来る限り入口に近い場所に車を停めたいが、何かあったときのためには駐車場の出口近くが良い。というわけで、中間地点ら辺で、尚且つ周りに車が停まっていないところを選んだ。
「意外にも車が停まっているんだな」
武蔵の意見も当然だ。
「それだけ生き残った者がいるのか、地球最後の日に店でもやっていたんだろう。しかし……嫌な気配がするな」
「奴らですか?」
降りてきた修司は身構えて周囲を確認し始めたが、そういう気配では無い。むしろ、雰囲気の問題だ。
「いや……武蔵と修司は付いて来い。ショットガンは村中に渡して、子供たちを頼む」
「ああ、わかった。頼まれてやろう」
「出来る限り今日中には戻ってくるつもりだが、戻ってこなかった場合は日が落ちたら毛布を被って寝ていろ。そうすればゾンビもどきにも見つからないはずだ。わかったな?」
荷台を覗き込んで告げると、双子はうんうんと頷いて見せた。あとは武器だな。修司は手持ちの木刀で良いとして、この場にも武器は残しておきたいし……俺のを貸すか。
「武蔵、このバールを持っておけ。あと、このライターとスプレー缶を。使い方はわかるよな」
「火炎放射器か。元警官の使う武器としては些か不謹慎だが……何かがあったときのためだろう?」
「ああ、何かが、な」
さて。バックパックを背負って屋上に向かって手を振ってみた。遠目からでも入口が防がれているのはわかるから、統率している者がいるはずだ。そして、その上で警備を厳重にするのなら屋上に見張りを置く。少なくとも俺ならそうする。
すると、しばらくしてから正面の一番大きな出入り口から人が出てくるのが見えた。
一つだけ確かなのは――入口のすぐ横に那奈たちが乗っていった車が停まっているということだけだ。
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