第9話 進退の決め方

 抗生物質を注射したおかげで、れなはなんとか落ち着いて眠りについた。感染について焦っていた三人にも、空気感染・血液感染・唾液感染など諸々の可能性について否定すれば、こちらも漸く落ち着いたようで、夜更け頃にやっと眠りに付けた。


 そして、問題はここからだ。この場に居る者たちの望みは安全な場所へと移ることだが、外の門が破られた今、ここを出ることすら難しくなってしまった。進む事実は揺ぎ無いが、方法が無ければどうしようもない。


 すでに日が昇っていて、外を徘徊するゾンビもどきはいないはずだ。体育館の立地的に考えて、バリケードを張っている入口から幼稚園の建物までは渡り廊下で日が差しているから大丈夫だと思うが、おそらく建物の中にはゾンビもどきが居るだろう。一人なら姿を見られずに出ていくことは可能だろうが、複数人で建物内のゾンビもどきに見つかれば逃げ切れるとは思えない。少なくとも、全員無事には。というか、現状では確証が持てない。


 一度は建物内から逃げ出した時に外まで追ってきたが、果たしてゾンビもどき達は外にいる俺たちを視認できるのか否か。これまでのことを思い起こせば俺が外にいる時にゾンビもどきが出てきたことは無いが――そういえば市役所の屋上に出た時、追って一緒に出てきた奴と、追ってきたが出てこない奴が居た。その違いはなんだ?


「……何か嫌な予感がするな……」


 とはいえ、気がするだけのマイナス思考を話すわけにはいかない。


 一先ずは全員が寝ている間に分解したショットガンを組み立て直して、拳銃の弾倉を補充。薬はそれなりにあるし、多少の怪我なら応急処置できる。バールが一本と、火炎瓶用の材料が四つ分。使い捨てライターが二つと、マッチ箱が一つ。あとは芳香スプレー缶が三本か。武器が足りないと言ったが、使うのは俺だ。今のところはこれで良い。


 問題は移動手段だな。七人を連れて歩くには大所帯過ぎるし、やはり車がベストだろう。これから人数が増える可能性を考えればバスだが、例に漏れず俺はバイクの運転しか出来ない。ああ、いや……七人か。それなら現状の移動手段はある。


 那奈たちとの合流を予定していた二日は今日までだが、すでに昼の十二時を回っている今から準備を整えて移動するのはリスクが高い。出発を明日の日が昇ってからと決めて、残り半日で準備を終わらせよう。


「おい、起きろ。男ども」


 体を揺すって声を掛ければ三人が起きてきた。


「村中、傷の具合は?」


「大丈夫だ。痛みはあるが動けないほどではない」


「よし、じゃあお前はこの場に留まって子供たちを守れ。修司は近くのコンビニから余分に食料を調達してきてくれ。武蔵は俺と。必要なものを取りに行く」


 役割分担をして、まずは俺からバリケードの外に出た。昼間とはいえ、修司は木刀を、武蔵は金属バットを持って警戒している。俺はショットガンの銃口を構えてみるが、外にゾンビもどきの姿は無い。


「じゃあ俺はコンビニに行ってきます」


「気を付けろよ。昨夜のうちにゾンビもどきが這入り込んでいないとも限らない」


「はい。なので一応の対策はしてあります。大丈夫です」


 そりゃあ当然か。大事な食料供給源だ。簡易的にでも入口にバリケードを張るくらいのことはする。


 修司を見送ると、武蔵は金属バットをコツンと地面に立てた。


「そんじゃあ、俺らも行くか。必要なものというのはなんだ?」


「車だ。運転できるんだろ?」


「ああ、できるが……この人数で乗れる車があるか? 相当きつくなるぞ」


「その点は考えてある。近くに工事現場とかあるか?」


「工事現場……? たしか近くに造り掛けのビルが有ったと思うが」


「いいね。そこに行こう」


 場所がわからないから武蔵を先頭に進んでいく。


 昨日はあまり意識していなかったが、幼稚園があるだけあってさすがに辺りは家が立ち並ぶ住宅街だな。治安の意味もあるのだろうが、デカい商業施設は無くコンビニや地域に根付いた商店があるって感じだ。


 そんな中で見えてきた造り掛けのビルは異質に見える。企業のビルなのかマンションなのかはわからないが、どこも過疎化を防ぐのに必死ってことだな。


「ここだが……車だろ? そこら辺の民家のほうが大型のバンとかあるんじゃないか?」


「それだと七人でギリギリだろ。食料やら物資を乗せたら尚更だ」


 工事が途中で終わっているおかげで建物と呼べるほどの室内でもなく、剥き出しの骨組みだけだからゾンビもどきがいる様子も無い。まぁ、そもそも中まで入るつもりも無いが。


 工事現場の囲いの中に入って見回してみれば、目的のものはすぐに見つけることができた。


「ああ、あったな。探していたのはこれだよ――軽トラだ」


「軽トラ……なるほど。運転席と助手席で二人。後ろの荷台なら食料やらを積んでも五人は楽に乗れるな」


「そういうことだ。付いている可能性もあるが鍵を探してくれ。俺は他に必要なものを探してくる」


「わかった」


 ここが工事現場なら、たぶんあるはずなんだが――これか? マットだがフェルト生地みたいだな。まぁ、無いよりはマシか。巻いたマットを持って戻れば、軽トラの荷台に掛かっていたブルーシートを捲る武蔵が居た。


「鍵はあったのか?」


「ああ、付いたままだった。ただガソリンが少ないからどこかで入れないと駄目だな。そっちは?」


「荷台に敷くマットだ。これでも硬いだろうが無いよりは良いだろう。何が積まれてた?」


「単管パイプだ。おそらく足場用だろうな。下ろすのを手伝ってくれ」


「……いや、そのままでいい。少し考えがある。ジョイントパーツはあるか?」


「ん、ああ、ひとまとめに置かれているが」


「じゃあ、それでいい。スタンドに寄りがてら幼稚園に戻ろう」


 そして、疑問符を浮かべたままの武蔵を促して軽トラに乗り込んで出発した。


 救いというと皮肉っぽいが、この世界は荒廃しているわけではないし、あからさまに生きている人間たちで奪い合いが起きたわけでも無い。それ故にガソリンスタンドなども無事で金を払えば普通にガソリンを入れることが出来る。まぁ、あくまでも俺の想定よりはマシな世界ってだけのことだが。


 戻ってきて、軽トラは裏口の外に停めた。幼稚園の表門はすでに壊れているし、そこから入れても良かったが、極力は外を歩く距離を減らしたいのも事実だし、軽トラ自体で裏口を塞げば、そちら側からゾンビもどきが入ってくる可能性もほぼゼロに出来る。


 そうして体育館のほうへ向かえばバリケードの前でしゃがみ込んで項垂れる村中が居た。


「ん、こんなところで何をしている? 子供たちは?」


「中で修司と話してるよ。三波がここから出たくないとか言い出してな。美夏と一緒に説得してる」


「そうか。まぁ無理もない。三波のほうは諸に両親が殺されるところを見ているらしいからな」


 聞く限りでは双子の片割れが移動することを拒んでいるってことか。三波のほうは両親が殺されるのを見ていて美夏は見ていない、と。まぁ、深く聞かずとも想像に難くない。しかし、双子のところは両親も無事だったというのは新しい情報だ。ともあれ、相変わらず生き残っている者の共通点が掴めないのも確かだが。


「一応言っておくが、望まない者は連れて行かないぞ。生きる理由を持たない者と行動するのはそれだけリスクがある。連れて行くつもりなら説得するんだな」


「ちょっと待ってくれ。一緒に説得してくれないのか?」


 背を向けて、外に停めた車のほうに向かおうとすれば呼び止められた。


「それは俺の役目じゃない。何度も言っているが、望めば助けるが望まないのなら手を差し伸べるつもりは無い。俺がやっているのは偽善であってボランティアじゃない。じゃあ、俺はやることがあるから」


 そう言って踵を返せば、村中の静かな溜め息が聞こえてきた。


「はぁ――薄情もんが」


「……まぁ、否定はしない。こんな世界になる前からも、別に情が深いわけでも無かったしな」


 背を向けたままそう言って裏口を出れば、武蔵が追ってきた。


「その……なんだ……言い分はわかる。むしろ正論だ。だからこそ、教えてほしい。どうすれば――どうやって説得すればいい? 俺は警察官として常に冷静でいようとしているが……それでも、まだこんな世界を受け入れられていないんだ」


 受け入れようと思って受け入れられるのなら誰も苦労はしない。そもそも発想が間違っているんだ。世界を受け入れよう、なんて烏滸がましい。受け入れるのではなく。それが正しい姿勢だと思うが、どう思うのかなんて人それぞれだってこともわかっている。


「説得じゃなくて事実を教えてやれよ。どういう状況だったのかわからないが、三波は両親が死ぬのを見ているんだろ? じゃあ、どうしてそうなった? どうして美夏はそれを見ていない? どうして――なぜ、ここにいる? ここまで辿り着けた理由は? それでも考えが変わらないのならどうしようもない。置いていけ」


 すると、俺が言わんとしていることに気が付いたのか武蔵は足早に戻っていった。


 準備もしていなかった人間が、覚悟の無い人間が――それも子供で、女の子が、女の子だけで安全な場所まで辿り着けたのには理由があって然るべきだ。生きようとする心の強さが有ったのは確かだろうが、どちらかと言えばのだろう。そして、双子の片割れと共に生かそうと思って行動した結果が今だ。それを知れば、おのずと答えが出るだろう。


 こういう時に多数決で物事を決めようとする者がいるが、こんな世界では一つの選択が死に直結する。だから、一人でも反対の者がいれば共に行動するべきではない。


 何よりも――少数派も説得できない多数派など、物事を決めるに至っては力が及んでいない証拠だ。まぁ、盛大なブーメランでもあるんだがな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る