第8話 戦う術
荷物を預けておく場所は一か月に一度のペースで移動させているが、その度に鍵を保管してあるから問題は無い。唯一の心配は、駅自体が閉まっている可能性だったのだが杞憂だったな。さすがに流星群が落ちてくるかもしれないという時に、律儀に戸締りをしているところも少ない。スーパーにせよ、バイク屋にせよ、駅にせよ。
駅構内を進んでいると、当たり前のようにすれ違うゾンビもどきたちに未だに慣れていない修司はこちらの袖を掴んでくるが、まぁ良しとしよう。何より振り返って表情を確認しようにもライトに照らされて見えないしな。お互い様だが。
「そ、そういえば戎崎さん。銃、持っていましたけど、あれって本物ですか?」
「まさか。モデルガンを改造してパチンコ玉より小さい鉄の弾を撃ち出せるようにしただけだ」
「……モデルガン、って撃てませんよね?」
「ああ、奴らと戦うための武器を仲間たちと話し合っている時に俺も同じことを言ったよ。仲間の一人に元自衛隊員がいてね。まぁ、その辞めた理由ってのがアメリカと同じようにゾンビに対する対策マニュアルを作るべきって提言して一蹴されたからなんだが、そいつ曰く――高いモデルガンは質感を本物に寄せるため良い素材を使っている。分解しいくつかの部品を入れ替えれば本物と同じように使える。もちろん、射撃練習は必要だが俺が教える――ってな」
「それでも普通は――」
「出来ないんじゃないか? 普通は。だからこそ、元自衛隊員だ。アメリカにも数年いたって話だし、俺だけでは出来なかっただろうな」
「……なるほど」
撃ち出しているのは鉄の弾だし、火薬は使っていない。その代わりに日本では手に入りにくい強力なバネを使っているから、どちらかと言えばエアガンに近い。とはいえ、実際にBB弾を打てるエアガンを改造したところで安価なプラスチック製だから強力なバネには耐えられない、と。間違いなく、俺だけでは辿り着かなかった知識だな。
会話もそこそこに、ロッカーに辿り着いた。
フットバッグのポケットから取り出した複数の鍵のうちの一つを選んで番号を確認した。大荷物を入れるためのロッカーを開ければ、中にはボストンバッグが入っていた。それを取り出して修司に渡し、その奥に手を伸ばした。
「ん――あったあった」
「それ、ってショットガンですか?」
「そうだ。これもモデルガンだが原理は変わらない。幼稚園に戻ったら分解して改造する。さぁ、早いところ戻ろう」
ライトで顔が隠れている間はゾンビもどきに襲われる心配も無い。
ボストンバッグを斜め掛けした修司を後ろに乗せて、大型バイクが故障することも特に事件に巻き込まれることもなく――往復およそ一時間で戻ってくることが出来た。
出てきた時と同じように裏口から入り、とにかく今はれなに薬を打たなければ。
そう思っていたのだが、体育館のほうから騒がしさを感じて走り出した。遠目からバリケードの前に群がるゾンビもどきを見付けて駆け出そうとした修司の腕を掴んだ。
「落ち着け。まだバリケードは破られていない。とりあえず俺は正面の門を確認してくるから、お前は群がる奴らを一匹でも多く排除しておけ。明かりは絶やすなよ?」
「っ……わかりました」
ボストンバッグを俺に預けて木刀を握り締め、ゾンビもどきに掛かっていった修司を横目に、正面の門へと急いだ。あのホスト風の男は誰よりも警戒していたはずだ。だから、不用意にゾンビもどきの前に姿を晒すことはしなかっただろうが、もしも、悪い予感が当たっていれば――
「――くそっ。やっぱりか」
門は倒されてゾンビもどきたちが自由に出入り出来るようになっていた。しかし、建物の中にホスト風の男は見当たらない。死体が無いのなら逃げたか、体育館へ引っ込んだかのどちらかだ。確かめるには俺も体育館に向かって、群がっているゾンビもどきたちを倒す必要があるが、今はまだショットガンは使えない。
……このボストンバッグはたしか三番だったな。
「ってことは――」
手を突っ込み、ジップロックに入った瓶と布を取り出して、サイドポケットに入っていたライターを手に取った。
瓶に布を詰めつつ体育館に向かうと、バリケードに群がるゾンビもどきを一匹ずつ背後から木刀で殴り殺す修司が居た。
「修司。体育館の中には裏口があるか?」
「あ、るにはありますが! 塞いであります!」
出来ればすぐに移動ができるように出入り口を二つ以上確保しておくのが定石だが、事前に確認しなかった俺のミスだな。
「ゾンビもどきは――二十匹前後か。修司! 一旦戻って来い!」
「っ! はいっ!」
戻ってきた血塗れの修司は息も絶え絶えに瞳孔が開き切っていた。
「一先ず落ち着いて息を整えろ。こんな世界じゃ焦った奴から死んでいくぞ? とりあえずお前は中に入って武蔵たちと合流して、体育館の奥へと避難してもらいたいんだが……案はあるか?」
「はぁ……はぁ……そう、ですね……中から梯子を下ろしてもらうことも可能だとは思いますが、向こうはこちらの現状を把握していないので渋るかもしれないですね」
「まぁ、当然だな。ふむ……運動神経は良いほうか?」
「え? ええ……まぁ人並みには……?」
こんな世界になったときのために準備していたことの一つがフリーランニングだ。要は足場が不安定な場所でも障害物があるような場所でも問題なく走り抜けられる技術なわけで、俺ならこんなバリケードでも指さえ掛かれば登っていけるわけだが――そのやり方を修司に教えるというわけだ。
とはいえ、難しいことじゃない。特に今回は、足場になるものがそこに溢れ返っているわけだからな。
「な、なにかコツとかありますか?」
「無い。止まらず一気に行け」
「……わかりました」
俺が最後尾にいたゾンビもどきに近付いて、その脚を蹴って跪かせたのを合図に駆け出した修司はジャンプして俺の肩に足を乗せ――そこから一気にゾンビもどきの肩や頭を踏み台にしてバリケードの上にある入口へと辿り着いた。しかし、梯子が無い以上は最後の一歩が進めない。
「武蔵! 修司を引っ張れ!」
その数秒後、声に気が付いたのか脚をバタつかせていた修司が体育館の中へと消えていった。
さて、ここからは俺の時間だ。
前に仲間たちとゾンビを殺すのに最も手っ取り早い方法は何か? という議題で話し合ったことがあるのだが、最善手は頭を潰す・首を落とす・眉間を撃ち抜くの三つで、そのどれもが危険が伴うことに変わりはない。練習も必要だし、腕力も必要になる。だが、そういうのを考えずに手っ取り早いのは何か――そう、燃やすんだ。
問題は熱を感じるのかどうか。体の何パーセントが燃えれば死ぬのか。そもそも燃え続けるのかどうか。等々の疑問は残ったが、燃やしてみればわかる。
いくつかの場所に置いてあった荷物だが、そこにはそれぞれ中身の違う武器が入っていて、物によっては小型のチェーンソーが入っているものもあるが、今回のは火炎瓶の道具一式が入っていたわけだ。割れやすい瓶にエタノールや度数の高いアルコール、単純に油を容れたものなどいくつか用意してあるが、とりあえずは一つ。
瓶から出た布にライターで火を点けて、群がるゾンビもどきの足元目掛けて放り投げれば――割れた瓶から広がった炎が足元からゾンビもどきの体を包んでいった。
燃えていても苦しんでいる素振りは無い。まぁ、痛覚が無いのはわかり切っていたことだが、周りへの影響を考えるとあまり使わないに越したことは無い。
ああ、それともう一つおまけがある。
いわゆる制汗スプレーだが、この中に入っているガスは可燃性で高温や直射日光は避けるように明記されているのが基本だ。つまり、これを二つほど燃え盛る炎の中に放り込めばどうなるのか。
丁度良く、そこに居たゾンビもどきを盾にしてスプレー缶を放り込み、約一分後――破裂音と共に、それほど激しくは無い衝撃が体に伝わった。
「……ま、こんなもんか」
爆発はそこそこ。近くで衝撃を受けた数匹は吹き飛んでいるが、どちらかと言えばスプレー缶は小型の火炎放射器として使うほうが良いだろうな。あとは消火して動線の確保をする必要があるが、こちらも馬鹿じゃない。バッグの中には片手で扱える小さな消火器も入っている。本来なら自然鎮火してゾンビもどきを焼き殺すのを待ったほうが良いが、今は薬を届けるほうが先だ。
片手には消火器を持ち、片手には拳銃を握り締めて、自らが歩く動線を消火しつつゾンビもどきたちの頭を撃ち抜いてバリケードの前へ。
「え~っと……たしか、二、三、二、だったかな。武蔵! 修司! もう安全だ!」
言いながら手を叩くと梯子が下りてきた。登って体育館の中に這入ると意気消沈している武蔵と修司が居た。まるで通夜のような雰囲気だな。まさか――と、思って子供のほうに目をやれば、呼吸は荒れているがまだ生きていた。ならば何故だと首を傾げて見せれば、隅で蹲るホスト風の男のほうに促された。
「……何があった?」
投げ出された腕は上腕部分を縛って血を止めているのか血色が悪くなっている。どうやら怪我をしているようだな。
「仕方なかったんだよ……あいつら、あれだけ離れていたのに……あんな一瞬だったのに、目が合ったと思った次の瞬間には押し寄せてきていたんだ……」
夜目が利くだけでなく視力も良い? そこは要検討だが。
「それで? この怪我は?」
「何匹かなら倒せると思ったんだ――思ったんだよ! でも……それでも……噛まれちまったんだよぉ……」
「……ん? それがどうした?」
「どう、したって……噛まれたんだぞっ!? 俺もあいつら見てぇになっちまうだろっ! 嫌だ……死にたくねぇ……死にたくねぇんだよ」
「あ~、なるほどな。とりあえず、その紐は解いておけ。死なないにしても血流が止まれば腕を切り落とすことになる。放置すれば壊死した部位から菌が回ってどちらにしろ死ぬしな」
「ですが、戎崎さん。そんなことをすれば村中さんが奴らに――」
こいつ村中って言うのか。
「その心配は必要ねぇよ。たぶん、俺たちは感染しない」
「なにっ? そりゃあいったいどういう――」
「説明は後だ。今はまず、れなに薬を打つ」
現状を鑑みれば俺と同じ仮説に行き着いても良い気がするが、どれだけの人間がそこまで冷静でいられるかって話だな。
俺は色々な武器を用意して戦う術を整えてきたが、一番重宝しているのはこの冷静さってところだな。……まぁ、自分で言うのもどうなんだか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます