第18話 過激さへの慣れ

 警察署内から場所を変えて、会議室は土門の愛車・ディスカバリーの中だ。車自体に詳しいわけでは無いが、会合の時に見ていたのをうっかり忘れて、ここに来たときに見逃していた。


「相変わらずの一人キャンプ仕様か。便利だな」


「俺たちみたいな考えを持っている奴らは大抵こんなもんだろう。もしくはシェルターを買うか」


「金がある奴はな」


 頑丈な車であれば、上手くすればこんな世界でも地上に足を付けることなく生き抜くことができる。この車の中にもそれだけの設備が整っているが、土門は自ら車を降りて人助けをする稀有な人種だ。


 ……違うな。俺の仲間は皆そんな感じだから、むしろ通常運転か。


「で、零士。策があるんだろ?」


「あるにはあるが、まずは状況確認が先だ。そのためには――携帯あるか?」


「携帯? 使えないぞ?」


「使えないのは通信関係だけだろ。あと、頑丈な紐も貸してくれ。携帯はあとででいい」


 渡されたロープをバックパックに入れて、取り出した弾倉を補充した。


「どうするんだ?」


「まずは地下一階の駐車場に居るであろうゾンビもどき共を退治する。話はそれからだ」


「やっぱ戦いは避けられねぇか。何がいる?」


「殺せるもの」


 そう言って車を降りた。


 生身一つで地下の駐車場に突っ込んでも良いが、数もわからなければ時間も無いことを思えば得策とは思えない。なら、やはり車だな。


「何を探しているんだ?」


「使えそうな車。急いでいたのならキーが残っている車があるかもしれないだろ?」


「俺の車じゃダメなのか?」


「……ゾンビもどきの中に突っ込みたいか?」


 問い掛ければ納得したように頷いて、反対側にある車を確認にいった。


「ん? 零士! このパトカーなら使えそうだぞ」


「パトカーか。まぁ、無いよりはマシだな。エンジンは?」


 土門が乗り込みエンジンが掛かったのを確認してから、助手席に乗り込んだ。


「さて、そんじゃあ突っ込むとするか。だが実際、俺は三回しか奴らと対峙ていないんだが倒すコツは?」


「コツってのは難しいな。基本は頭を壊せば動きを止められる。掴めるものがあればそれを使ってこちらを殺そうとしてくるが、何も無いときは噛み付きが常だ。頭が無理なら顎を壊せ。そうすれば噛み殺される心配はなくなる」


「なるほど。なら、そうするとしよう」


 言葉と同時にアクセルが踏み込まれ、地下駐車場へと入っていった。


 警察署の地下駐車場――普段ならシャッターが下りているはずだが、騒動が起きたことにより開けたままになっているのだろう。とはいえ、それでも比較的、警察車両が残っているほうだと思うが。


 そして、停めた車の目の前には悠々と歩くゾンビもどきが数匹。


「土門。エレベーター乗り場の前を死守だ」


「奴らは?」


「吹き飛ばせ」


 思い切りアクセルが踏み込まれるとタイヤの擦れる音が響き、ゾンビもどき共を吹き飛ばした。当然、衝撃でエアバッグが膨らむことは想定済み。抜いていたナイフでバッグを刺せば見る見るうちに萎んでいき視界は良好になった。


「掴まってろ!」


 するとドリフトするようにハンドルを切り、甲高い音を立てながらエレベーター乗り場の前に横付けされた。車の揺れで酔った感覚になるのは初めてだ。


「さぁ、続々来るぞ。準備しろ」


「おう」


 不意打ちとは違う。来ることがわかっていれば、冷静に対処できる。


 ゾンビもどきがやってくるのはL字型に分かれた左右から。拳銃を取り出せば、良いタイミングで駐車してある車の間からゾンビもどきが飛び出して、真っ直ぐこちらに向かって駆けてきた。


 外さない距離まで近付けて、頭を撃ち抜いていく。目に見える範囲で十五体。この程度なら問題ない。


 慎重に一体ずつ確実に動きを止めていると、背後から近付いてくる息遣いに気が付いて振り返れば、パトカーの上からこちらに向かってくるゾンビもどきがいた。


「っ――近ぇ」


 脚を撃ち、倒れたところで頭を撃ち抜いた。振り返れば残りは五体。銃口を合わせる暇が無い。ならば、銃を仕舞うのと同時に反対の手でレザー警棒を取り出し、向かってきた頭目掛けて振り抜いた。


 頭蓋骨の割れる音――弱点が明確な分、躊躇う必要が無くて良い。


 二体目、三体目、四体目ときて五体目は横から振り下ろされた鉈で首が落とされた。


「苦戦したか?」


「まさか。慣れっこだよ。何体いた?」


「十三。そっちは?」


「お前が倒したの含めて十五。……少ないな」


「やっぱりか。ほとんどがに行ったと考えるべきか?」


「その可能性も高いが……まぁ、まだ隠れているかもしれないから警戒しておけ。携帯を」


 渡された携帯をバックパックから取り出したロープの先に縛り付けて、それを土門に手渡した。


「何に使うんだ?」


「すぐにわかる。え~っと、エレベーターの位置があそこだから……」


 方向はこっちで間違いないはずだ。廊下の長さが十メートル程度だとして、おそらくは半分の五メートル地点。駐車場の道路に視線を落とせば微かに切れ目が見えた。あるとわかっていなければ見つけられなかっただろう。


 取り出したナイフの先を切れ目に刺し込んで引き上げればピッタリと嵌められていたパネルが外れて、穴が現れた。


「それは?」


「換気用の穴か助けを呼ぶための穴か。なんにしても地下のシステムが停止した時のための最終手段だろう」


「なんらかの問題で地下の換気システムが停止した時のためのものってことか? よくこんなのがあるって知っていたな」


「いや、知らねぇよ。さっき下に降りた時に見つけたんだ。スプリンクラーってわけでも無かったし、地下ならちゃんとした換気システムがある。じゃあ、これは? そう考えた時に何かのための穴だと想像がついた」


「なるほどな。仮に地下で火事が起きたとしたら通気を停めて出入り口のシャッターを下ろせば火は消える。だからこそ、完全に密閉された蓋ってことか。……腑に落ちねぇな」


「まぁ、同感だ。そもそもここは警察署で、その地下で何をしてたかなんてわからない。俺たちにとっては幸いだったと思うだけだ」


「穴があるとしてもフィルターか何かがあるんじゃないか?」


「だろうな。だから、これだ」


 バックパックから取り出したスプレー缶一本にナイフの先で穴を開けて下へと続くの穴の中に落とし、一本のマッチを擦った。


「離れて耳を塞いでろ」


 そう言って火の点いたマッチ棒を穴の中に投げ込んだ。すると――ボンッと弾ける音がして、穴を伝って炎が上がってきた。が、すぐに治まった。


「はぁ~、過激だねぇ」


「何を今更。そのために集まったのが俺たちだろ? 携帯の動画を起動させろ。下の状況を確認する」


「はいよ。下ろしていくぞ」


 土門がロープの端を持ち、穴の中に繋いだ携帯を下ろしていく。


 隙間から地下二階の明かりが見えているだけだから確実な場所で止めるのは難しいが、エレベーターに乗っていた時間から察するにおそらく地下一階と地下二階の間はおよそ三メートル。まぁ、駐車場ってことを考えれば層が厚いのは当然だな。


「ストップ。そこでゆっくり回転させるんだ」


「いや、難しいな。まぁやってみるけどよ――っし。たぶん一周した。引き上げるぞ」


 するするとロープを手繰り、手元に戻ってきた携帯の撮影を停止すると、俺に差し出してきた。


「ん、じゃあ再生するぞ」


 穴の中を通り、缶が弾けて煤けた部分を抜け――地下二階が映し出された。画面の下側に見えるのはゾンビもどきの頭だろう。数が多いな。


「ぼやけてんなぁ……あ、そこだ。そのドアの先に人がいる」


「せめて人数でもわかればいいが、さすがに映像だと確認できないか。どう思う?」


「多めに見積もっておくべきだろうな。問題はこれだけの数のゾンビをどうするかってことだが……どうするんだ? 燃やすか?」


「燃や――すのは無しだな。まぁ、結果的にそうなる可能性もなくはないが。こちらの行動も制限されるし、地下に避難している者たちの安全も確保できない。それに、さっきの話にもあったがシャッターが下りてくる可能性もゼロじゃないからな。とりあえず、動線の確保だ」


 エレベーター乗り場の脇にある鋼鉄のドアには『非常階段』の文字が書いてあるが、今は開けられない。とはいえ、ドアノブに触れて開くことだけは確かめておいた。


「狭い場所であの数を相手にするのは厳しいよな。一対多の場合は逃げる想定だったし」


「元のプランではそうだが、俺のほうはあらゆる状況を想定してある。さすがに地下で、ってのは無かったが、ビルの中、エレベーターって状況は想定内だ。準備しておけよ? お前が要だ」


「おおよ。任せときな」


 改めて意志を確認したところで。準備に取り掛かるとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る