第13話 犠牲の責め

 次の合流場所は街中の小高い山に造られたキャンプ場だった。


 俺のほうはバイクの明かりもあるしヘッドライトも付けているしでゾンビもどきがこちらに気が付くことも無く、車は小回りが利かないしちゃんと辿り着いたか心配だったがキャンプ場の入口門の内側に同じようにヘッドライトを付けた二人がいた。無事だったか。


 開かれた門の隙間から中に這入れば、ようやく落ち着いたように深呼吸が出来た。気付かれる心配が無いといっても、やはり息が詰まる。


「……誰だ?」


「村中と修司だ。見りゃあわかるだろ」


「お前の頭に付けてるのはなんのためのライトだよ。他の連中は?」


 バイクを押しながら軽トラの置かれている小さな駐車場に停めた。


「武蔵さんは施設内に奴らがいないか見回っています。他の人たちは全員コテージに。あのっ――いや、なんでも……ありません」


 二人は気が付いている。この場に三波がいないことに。どうして、いないのかということに。


「美夏もコテージか?」


「ああ、いるぞ。先に言っておくが、少し荒れている。お前がどうにかするんだな」


「……そのつもりだ」


 遠くに見回っている武蔵の明かりを見付けてそちらに向かった二人を見送り、俺はコテージのほうへと足を進めた。


 中にいるのは那奈と美島と子供が二人、それと美夏か。ドアの前で立ち止まれば中から言い合うような声が聞こえてきた。一枚挟んでいるおかげでどんな話をしているのかまではわからないが、想像は付く。


 二度のノックで中に入れば、三人の視線が注がれるのと同時に美夏が駆け寄ってきた。


「三波は!?」


 その問い掛けに何も言わず首を横に振れば、美夏は顔を歪めながら俺の胸を叩いてきた。


「なんでっ――なんで、三波を助けてくれなかったんですかっ!」


「助けられる状況じゃなかったんだ。わかってくれとは言わない。俺の責任だ」


 叩いてくる腕を止めることはしない。事実は事実、変えられるものではない。


「せめて……せめて、言い訳くらいしてくださいよっ……じゃないと、私は誰を――誰に、この感情を……っ」


 流す涙を受け止める資格を、俺は持っていない。


 歩み寄ってきた那奈は横から美夏を抱き寄せると、そのまま力なく床に座り込んだ。部屋の中を見回せば、ソファーの上では美島が二人の子供に膝枕をしながらこちらの様子を窺っていた。


 一先ずは落ち着かせて休ませないと明日に響く。どうしたものかと考えていれば美夏は気が付いたように徐に立ち上がると、俺の服を掴んできた。


「じゃあ、教えてください。三波の最後を――せめて、それくらいは――っ!」


 嗚咽混じりに向けられる視線に、俺は天井を見上げた。


「……わからない。あの時、三波はすでに動けるような状態では無かったが、気が付いた時にはすでにいなくなっていた」


「じゃあ――じゃあっ! 生きている可能性も、ゼロじゃない! 今からならまだ間に合うかも――っ!」


 俺の体を跳ね飛ばし、ドアに向かって駆け出す美夏に対して溜め息が出た。


「頼まれたことがある。三波は俺に、美夏が望むようにさせてくれ、と言った。だから、お前がここを出て行きたいと言うのなら止めはしない。でも……まぁ、俺が言えた立場じゃないが、生かされたってことを忘れるなよ。お前の命には――」


 言い掛けたところで、那奈が遮るように俺の前を通り過ぎ、ドアノブに手を掛けたままの美夏を後ろから抱き締めた。


「どうするかは自分で決めれば良い。私は美夏ちゃんのお姉ちゃんについてよく知らないけど、その想いだけはわかる。生きて――生き続けて、ほしいんだよ。自分のことを投げ出してまで生きてほしい人がいるなんて……凄い、よね」


 表情までは見えないが、抱き締めている那奈の腕が震えていることに気が付いた。


 これが、覚悟していた者とそうでない者の差、か。まぁ、こんなものだろう。王を気取るマヌケも、それを操る参謀気取りも、抗わずに諦める者も――大事な人を失って嘆き悲しむ人達も俺にとっては差して違いも無い。


 皆、生きている。大事なのはそれだけだ。そこに生きる意志さえ持っていれば助けるに値する。誰であろうと望むのならば連れていく。それが俺の決めたルールだ。


 啜り泣きと共に抱き合う二人を見て、とりあえずの安心は得られたと思っていいだろう。賭けだったが、こんな夜に外に出られるのは困る。


「まだ心の整理も付かないだろうが、今は休んでおけ。明日になれば――っ!」


 その時、外で激しく何かがぶつかる音がして建物が揺れた。


 咄嗟にしゃがみ込めば、ドアの前にいた二人も屈んで互いの体を抱き締め合い、振り返れば美島は目を覚ました子供たちを覆うようにしてソファーの上から床に降りていた。


 何が起きたのか思考を始めた直後――外から銃声が聞こえてきた。


「全員、部屋の隅に集まってシーツを被っとけ! 窓には近付くなよ!」


 指差しながらそう言うと、五人が動き出したのを見て銃を抜いた。外したヘッドライトを付けている暇は無い。


 銃を構えながら飛び出せば木に衝突して停まったらしい車が煙を上げており、聞こえてくる銃声のほうに視線を向ければ破壊された門から這入ってくるゾンビもどきを阻止する三人の姿が見えた。


 幸いにも三人はヘッドライトを付けている。なら俺は車のほうを確認しよう。


「……見た顔だな」


 膨らんだエアバッグを退かして脈を確認しつつ顔を見れば……ああ、確かショッピングモールにいた女性の一人だ。生き延びてきたものの逃げるときに負った傷からの出血で意識朦朧になって突っ込んできたってところか。加えて衝撃に耐えられなかったのか、すでに息絶えている。まぁ大方、寺田にでもこの場所が安全だと聞いたのだろう。


 いい迷惑だな。


「おい! お前らは認識されてない! 朝までコテージに籠ればなんとかなるはずだ! 戻って来い!」


 すると、まずは一番近くにいた修司がコテージの中に駆け込んできた。


「戎崎さん、ちょっと入ってくる数が多いです」


「みたいだな。ヘッドライトを貸せ。お前はここで見張ってろ」


 バックパックを下ろしてヘッドライトを付け、門のほうを確認すれば次から次に這入ってくるゾンビもどき共に村中と武蔵が徐々に後退している。


 仮にコテージの中で籠城して明日を迎えたとしても敷地内のゾンビもどきが少ないに越したことは無い。なら――仕方が無い。


 運転したことは無いが、すでに死んでいる女性の体を助手席のほうに押し込んで、エアバッグを引き抜いた。


「これどうなってんだ? エンジンは――掛かってるか。じゃあ、え~っと……まずはバックだな。ギアを『R』に変えてアクセルを――っ!」


 ペダルを踏み込めばグンッ、と後ろに下がって咄嗟にブレーキを踏んだ。


「よし、大丈夫。大丈夫だ。方向を変えて――」


 クラクションを鳴らせば二人が振り返り、こちらの存在に気が付いた。それを確認してからアクセルを踏み込めば左右に別れて動線を開けた。


 車でもバイクでも操作はそれほど変わらないはずだ。それなら――と、数匹のゾンビもどきを跳ね飛ばしたところでハンドルを切りつつブレーキを踏めば車体が横を向いた。


「あ、やば――いっ!」


 門があったところを車で塞ごうとすれば、目測を誤って車体の後ろ部分がコンクリートの壁に激突して体に衝撃が走った。だが、とりあえず入口の三分の一は塞げた。とはいえ。シートベルトをしておくべきだったな。


「戎崎くん! 無事か!?」


「大丈夫だ! 来なくていい!」


 痛みはあるが動けないほどではない。反対のドアから車を降りて、開いている隙間から這入ってくるゾンビもどきを撃ちながらコテージに向かって脚を進めていくと、すぐ横を通り過ぎた村中が金属バットを振り下ろした。


「俺がケツモチだ! さっさと行け!」


 わざわざ来る必要も無いと思っていたが、おそらくはショッピングモールの駐車場で自分では無く三波が車を降りた罪滅ぼしのつもりなのだろう。


 それなら俺はすでに這入り込んでいるゾンビもどきを撃つが――ちょっと待て。今、何かを見逃した。


「戎崎くん、早くこっちに!」


 コテージの入口でショットガンを構える武蔵の下へ辿り着くと、何を見逃したのか気が付いた。村中の片腕が、血塗れだった。


「お前っ――いつ噛まれた!?」


 そんな腕で、認識されていないとはいえゾンビもどきを相手にするのは無理がある。第一、そもそもが一撃で仕留めることを前提としているのだ。仕留められなければそれはつまり――認識される。


 助けに行こうと踵と返せば、途端に体に走った痛みで動きが止まり、その瞬間に武蔵に腕を掴まれた。


「おい、何を――」


 言い掛けたところで、腕を掴む手に痛いほど力が込められ、武蔵の顔に視線を送れば見るからに歯を噛み締めていた。


「ハッ! お前が死ぬわけにいかねぇだろ! ドアは俺が守ってやる! その代わりに何としてでも安全な隔離施設ってのに辿り着けよ!」


「っ、なに格好つけてんだ! 今ならまだ間に合――」


 その時、背後からコテージの中へ引き込まれ、修司が閉めたドアを内側から押さえ付けた。


 ……なるほど。そういうことか。


「放せ、武蔵。ソファーをドアの前に動かすぞ」


「あ、ああ……わかった!」


 シーツが剥がされたソファーをドアの前まで移動させて、木製の長テーブルを一番大きな窓に立て掛けて視界を塞いだ。


「修司、武蔵、お前らは裏口だ。同じようにバリケードを張って見張れ。ここは俺が見張る」


 頷き裏口に向かう二人を見送って、俺は移動させた剥き出しのソファーに腰を下ろして銃の弾倉を抜き、残弾を確認した。


「…………」


 被ったシーツから顔を出してこちらに視線を送ってくる那奈に対して、隠れておけとジェスチャーをすれば素直にシーツを被り直した。


 別に、悪いわけじゃない。あいつらは誰かを犠牲にすれば助かることを知った。しかも、躊躇ったとしてもすでに実行してしまった。


 否定をするつもりもないし、確かにそれも事実だ。俺だってそういう想定はしてあった。


 だが――それでも。


 その覚悟があるのか、と背後から鳴る音を聞きながら問い掛ける資格は、俺には無いのだろう。

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