第41話 選ぶ覚悟
話がある、と呼び出してきたのは音羽だった。
監視棟へ向かえば、そこには音羽と影山に合わせてカナリアと成海、それに那奈が居た。さすがに見張り役の大鳳と、医務室で見かけた燐佳はいない。
「お前らも来ていたんだな」
「ん~、眠かったのになんか呼ばれたのぉ」
寝惚け眼を擦りながら寄り掛かってくるカナリアは別にいいとして。
向かい合うのは美夏と修司を含めた六人の生存者。雰囲気からして、先導者は美夏かな?
「それで、なんの集まりだ?」
美夏に向かって問い掛ければ、大きく息を吸い込んでから口を開いた。
「ここまで連れてきていただいたことは感謝しています。けれど、もうここにはいられません。私たちはここを出て行きます」
まぁ、こういうことも想定の範囲内ではある。その決断を持ってきたのが美夏だったことは多少なり驚きだが、ここまで来た経緯を思えば無い話じゃない。それに修司が乗っかることもまた然り。
「そうか。いつ出て行くんだ?」
問い掛ければ、修司が驚いたように目を見開いた。
「と、止めないんですか?」
「止める理由がない。俺は生きる意志のある奴にだけ手を差し出す。自らの意思で出て行くことを決めたのなら、俺に何かを言う権利は無い。好きにしろ」
考えるように俯いた修司から美夏に視線を移した。
「出来れば早めに、今すぐにでも」
「すぐか。さすがに夜は危ないから、出て行くなら明日の朝一にしろ。車と数日分の食料、他にも必要なものがあれば言ってくれ。用意しておく」
「いえ、施しは要りません」
施しと受け取るか。
「施すつもりはねぇよ。これはただの押し付けだ。用意はする。要らないなら置いていけばいい」
「……わかりました」
口籠りながらそう言うと、修司を含めた五人が先に監視棟を出て行き、美夏は扉の前で立ち止まり振り返った。
「あなた方は、私たちを守るために戦ってくれました。特に戎崎さんには感謝してもしきれません。外は怖いです。けど、私はそれ以上に戎崎さん達が怖い。あなた達のほうが――化け物です」
核心を突くような言い方だな。まぁ、強く否定できないのも事実だが。那奈もいることだし、とりあえず考え方くらいは示しておくか。
「美夏、人を率いる方法は二つだ。よく話し合うか、安心させられる背中を見せられるか。どうやら俺にはそれが出来なかったようだが――お前のところは大丈夫か?」
そう問い掛けると美夏は何も答えないまま監視棟を出て行った。
「……うちら必要だった?」
「共有しておきたかったんだろ。那奈、今日のところは俺が対応したがこれからはお前が考えて決断するんだ。もちろん周りを頼るなとは言わない。だが、俺なんかはいつ居なくなるかわからないからな。覚悟はしておけよ」
「覚悟……それは見捨てる覚悟?」
「さぁな。俺にはこのやり方しかできないし、あいつらもこの答えを望んでいた。お前にはお前のやり方があるだろうし、自分自身に後悔しないやり方を見つけろ」
「後悔しないやり方……?」
呟きながら包帯の巻かれた頭に手を当てる那奈の横で、成海が静かに欠伸をした。
「じゃあ、車とか食料とか用意して寝ます。何かあれば呼び出してください」
「ああ。ついでに那奈も連れていけ。カナリアも、もう寝ていいぞ」
「ふぁ~い」
監視棟から出て行く三人を見送ると、背後にいる音羽がわかりやすく溜め息を吐いた。
「……良かったのか? さっきのあれは、私でも正しいかどうかわからないぞ」
「それで良いんだよ。法律も常識も、全てを失ったこの世界でギリギリの平静を保っていられるのは、皆が皆、正しいと思うことを正しいと信じているからだ。立ち上げメンツの中で残っているカナリア、成海、燐佳、大鳳は俺の意見に賛同しているが、それ以外の奴は違う」
「違うことが正しいのか?」
「他人に示された指標に向かって走ることだけが正しいと思うか? 自分で考えて選ぶ。それ以上に大切なことなど無い」
「確かに。ボクは自分で選んでここに来た。それに関しては正しいことだと信じてますよ」
影山からのアシストを貰ったところで――研究室に戻ろうかと思ったが……丁度いい。
「音羽、影山。応えなくていいから話を聞いていてくれ。少し、頭を整理したい」
パソコンを弄りながら背中向きで親指を立てた影山と、ファイルに落としていた視線を上げて頷いた音羽を見て、俺は椅子に腰を下ろした。
「まず、ゾンビもどきになる原因が出自不明のウイルスだということは間違いない。ゾンビもどきの血液はウイルスによって変異していたが、俺たち生存者――AB型の血液の変異はおよそ半分。そこから仮説を立てると、空気感染で体に侵入したウイルスが血中へと広がり、そこで血液を変異させるために戦う。おそらく、O型の血液は何にでも対応できるから変異しやすく、A型やB型を変異させるにはウイルスも体力を消費する。その結果として、AB型は片方の血液を変異させたところで体力が無くなり活動を停止するのではないか、と思われる」
だとすると、大量出血でゾンビもどき化する? いや、そんな兆候は一度も無かった。
「応えなくていいって言われたけど、応えていいですか?」
「なんだ、影山」
「生き残っている理由がAB型っていうのは、まぁボクもABなのでそれはいいんですけど――それならゾンビもどきに別の血液を……AB型の血液を打ち込めばいいのでは?」
「確かにそれなら拒絶反応を起こして殺すことはできるだろう。だが、これまでのことからわかるようにゾンビもどきの体の変化は伝染するが、死は伝染しない。だから、殺すことよりも治す――もしくはウイルスの活動を停止させる。そこを目標に据え置くのがベストだろう」
「あぁ……なるほど。ボクは病院での実験をほとんど見ていましたけど、巨人か犬になる以外は全部死んでいましたし……量、ですかね?」
「そこが微妙なところなんだよ。毒でも薬でも死ねば伝染しないのは良いんだが、死なないまま効果も無ければ、下手をすれば耐性をつけて毒が効かなくなる可能性もある。……俺たちの血から血清を作るか? いや、そもそも抗体があるわけでは無いから……ん?」
何かが引っ掛かる。
血――AB型――ゾンビもどき――人――傷口?
そうか。違和感の正体はゾンビもどきに噛まれた者の傷口が塞がらず、止めどなく出血していたことだ。傷が深くなかったとしても流れ出た血が止まらずに死んでいく。血が止まらない理由は? ウイルスによって血小板の働きが阻害されている?
その原因がウイルスなら俺たちの怪我も塞がらないはずだが、問題なく塞がっている。つまり、ゾンビもどきの唾液か血液にその成分が入っている、と。糸口になるかはわからないが、調べる価値はありそうだ。
「そう言えばそのゾンビもどきがどこまで進化したのかはわかったのか?」
「現状では昼夜問わずに動き回れて眠る必要が無い。当初は目が見えていただけだったが、今は耳も聞こえるようになっている。そして、おそらく恐怖心のような知恵を付けた。そのせいかむやみやたらと襲われることは無くなったが、代わりに徒党を組んで連携を取るような仕草を見せる。人間的に――というか、軍隊的に敵を殺す術を学んでいる、って感じだな」
「軍隊か。奴らの目的は殺すことだけなのか?」
「そこらについてもはっきりとはわかっていない。食っていないのは確かだが、眠らず食べず犯さず、と三大欲求を満たすこともせず殺すだけで済んでいる。考えられる可能性は三つ。ウイルスによって殺人衝動に駆られているか、未知のウイルスに感染しても発症しない人間を恐れて殺しているか、それ以外か。まぁ、それでも進化に対して色々と伴っていないってのが現状だ」
「だからこそ、今のうちに出来る手は打っておきたいってところか」
「ああ、そうだ。実際――」
纏まらない思考のまま言葉を紡いでいると、不意にいくつかの可能性が頭を過った。
「……実際、なんだ?」
「いや……思い付いたことがある。話を聞いてくれて助かった」
礼を言えば、二人は軽く手を上げ、俺は監視棟を後にした。
今いるゾンビもどきは二体だけ。つまり、実験できる回数も限られているということ。
いくつか試したいことはあるが――研究室で経過観察をしていた血液には変化が起きていなかった。
では、可能性の一つ目。ゾンビもどきを変異させるために使われた水銀とシアン化ナトリウムの治療に使われる薬物の投与だ。エチレンジアミン四酢酸とヒドロキソコバラミン。
本来であれば感染した別の生物に投与して実験してみるべきだが、その時間も惜しい。直接、ゾンビもどきに薬を打ち込み、どうなるのかを待つとしよう。まずはエチレンジアミン四酢酸を。死んだらそれまでだ。
そして治療とは別に確認しておくべきことは、傷口が塞がらなかった原因だ。
「まぁ、大方の予想は付いているが……」
顕微鏡を覗き込みながらシャーレに入れたAB型の血液に、ゾンビもどきの血液を数滴落とした。
すると――活動停止していたウイルスがゾンビもどきの血液に誘発されたように動き出した。
「動き出し……いや、なんだ? ウイルスがウイルスを攻撃している?」
そう考えれば活動的になるからこそ血が止まらないというのは納得できる。だが、問題はなぜ同じウイルス同士で戦っているのか、ということだ。見た目の変化が無いせいで判断付かないが、体内に這入り込んだウイルスが血液型か個々人によって形や性質を変えているということか?
ウイルスの特性はなんとなく理解した。だが、現状での治療法は不明だ。見つけられるのが果たして治療になるかどうかはわからないが、今は実験を続けるしかなさそうだ。
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