第20話 希望へと進む道

 バスでは通れる道も限られるから大通りを進んでいるが、やはり目立つ。走り続けていれば大丈夫だと思いたいが……そろそろ一時間が経つ頃だ。夕焼けの中で陰る街並みに視線を送れば、まだ日が出ているにも関わらずゾンビもどき共の姿が見えている。


 前を走る土門と山崎たちは気が付いていないだろうが、俺の後ろには追ってくるゾンビもどき共がいる。まさに現在進行形ではあるが、車とバイクの速度に付いて来られるはずは無い。


 本来ならば夜は行動せずに隠れてゾンビもどきをやり過ごすところだが状況が変わった。今までは昼間ならゾンビもどきに襲われる心配もなく外を出歩けたが、今となっては昼も夜も関係ない。隠れる場所も立て籠もれる場所も無いのなら先に進むしかない。問題は、今は昼間も歩けることに気が付いていないゾンビもどき共が明日の夜明けにはに気が付くことだ。


 だから、今日の夜のうちになんとかして施設まで辿り着かなければならないのだが――どうにも問題なく辿り着ける気がしない。


 走り続けて約五時間。中途半端に停められている車も歩くゾンビもどきも先頭を行く土門が撥ね飛ばしているから大して速度を落とさずに進めているが、そろそろガソリンが無くなる頃だ。おそらくは前を行く二台も同じような状況だろう。スタンドがあれば給油したいところだが、リスクが高過ぎる。それに何より施設は街とは程遠い場所にあるから、そもそもガソリンスタンド自体が無い可能性もある。


 とはいえ、すでに施設の無線圏内に入っているはずだ。速度を上げてバスを追い越し土門の車に並べば、こちらに気が付き窓を開けた。


 風を切る音で声は届かない。代わりにジェスチャーで無線が繋がったかを問い掛ければ、頷きながらサムズアップをして見せた。繋がった、ということだろう。だとしたら尚のこと直接話したいがそのためには俺たちだけでなく後ろのバスも停まる必要が――その時、不意に前方に視線を送ると積まれた土嚢に気が付いた。


「マズッ――!」


 土門の車を叩くのと同時にブレーキを踏むと、すぐにどういうことか気が付いたのか同じようにブレーキを掛ける音が聞こえてきた。そうなると当然、後ろを付いてきていたバスも急ブレーキを掛けるわけだが――この速度はマズい。


 三つの甲高い音が響きながら、俺は積まれた土嚢の手前でギリギリ曲がれてぶつからずに済んだが、土門の車は車体の後方が引っ張られて軽くぶつかったが大した事故の感じも無かった。が、さすがにバスは無理だ。おそらくはブレーキを踏むと共にハンドルを切ったせいで横向きの車体が滑るように土嚢に直撃して、そのまま車体が反転したところで停まった。


 事故だ。


「土門! 荷物をまとめろ! ここからは走るぞ!」


 バイクの後ろに括り付けていたボストンバッグを肩に掛けて、停まっているバスに駆け寄った。


 ぶつかったのが土嚢だったおかげでガソリン漏れの心配は無さそうだ。いわゆる普通の路線バスだから二つある乗り口から中の様子が窺えるが運転席に座る男性が動いておらず、開かないドアを警棒で叩き壊して車内に入った。


「全員、生きているか?」


 声を掛けながら運転席に向かえば、男は頭から血を流し、背凭れに体を預けて脱力し切っていた。首に指を当てて脈を確かめれば――駄目だった。


「っ……何があったんだ?」


 腰を押さえながらやってきた山崎は大きく深呼吸をして息を整えていた。


「土嚢で造られたバリケードに突っ込んだんだ。ここから施設まではそう遠くない。全員に準備させておけ」


 そう言ってバスを降り、車のほうに向かうとバックパックを背負った土門が車体にカバーを掛けているところだった。


「なんのためのカバーだ? 戻ってこられるとは限らないぞ?」


「それでも勿体ない機材が多いから念のためだ。バスのほうは?」


「ほとんど無事だ。無線が繋がったんだろ? 連絡取れるか?」


「やってみる」


 その間に、俺は地面に膝立ちになって取り出した拳銃を分解した。たかだか一、二分で済むバネの交換だが、こういうタイミングが無いといつまでも出来ないままだったから丁度いい。


「――よし」


 弾倉も交換して、準備は万全だ。


「零士、繋がったぞ。加賀見だ」


 投げ渡された無線機からはこちらに対して呼びかける声が聞こえてきていた。


「――聞こえてるか? 零士」


「ああ。加賀見、今そっちに何人いる?」


「――メンバーは五人だ」


 一日足らずで増えたか。


 無線を片手にバスから降りてきた山崎たちに気が付いて、土門に対応を任せた。


「大鳳は?」


「――いるぞ。高見だ」


「大鳳、俺たちが見えているか?」


「――ああ、見えてる。随分と大所帯を連れてきたな」


「これでも少ないほうだ。上からサポートを頼めるか?」


「――それは任せろ。ただ、急いだほうが良い。後方約五百メートルからゾンビの群れがお前らを追ってきている。すぐに動き出したほうが良い」


「了解」


 五百メートルか。それほど直線的な道でもないが、あまり余裕は無いと考えるべきだろう。


 無事だったが事故のせいで体を痛めている山崎たちの下へ向かうと、土門が駆け寄ってきた。


「土門、全員を引き連れて施設に向かえ」


「お前は?」


「迫ってきているゾンビもどき共の足止めをしてからあとを追う。心配するな。直接どうこうしようってわけじゃない」


「……わかった。全員、俺に付いて来い! 遅れるなよ!」


 離れていく土門と山崎たちを見送って、俺はバスの中に足を踏み入れた。


 相も変わらず車のことはよくわからないが、大抵のことは見ればわかる。給油口は……これだな。バスを降りて開いた給油口にタオルを詰めて火を点けた。これでどれほど足止め出来るかわからないが少なからず意味はあるはずだ。


 とりあえずは全力でバスから離れて前を行く山崎たちに追い付いた。


「全員、走りながら耳を塞げ! 絶対に立ち止まるなよ!」


 直後――背中に受けた爆風と衝撃により体が軽く浮いた。


「――おいおい、零士。随分と派手にやってくれたな。だが、そのおかげで少しは余裕ができたぞ」


 胸元のポケットに入れた無線から大鳳の声が聞こえてくるが、今は土門の下に辿り着くのが先だ。


「土門」


「おう。派手にやったな」


「それはもう大鳳に言われたよ。後ろのゾンビもどき共はあいつが警戒してくれている。俺たちは前にだけ集中すればいい」


「はいよ」


 前方から向かってくるゾンビもどきは俺と土門で倒し、後ろを付いてくる山崎たちを気にすれば歩みは遅いが離れずに付いてきている。このまま行けば、視線の先に見えている施設の前に聳える二重のフェンスまで問題なく着ける――そう思い始めたところで無線から声が聞こえた。


「――マズいぞ。爆発の衝撃に釣られたのか奴ら数を増やして近付いてきてる。このままだと追い付かれるぞ」


 裏目に出たか。どうするべきか考えていると隣を走る土門が不意に口を開いた。


「任せろ。奥の手がある。手伝ってくれ」


 どちらにしろ俺と土門が殿しんがりに付かなければ全員死ぬことになる。


 立ち止まり踵を返すと、やってくる山崎たちは速度を落とし始めていた。


「止まらずに進め! 俺たちのことは気にするな!」


「いや、だが――」


「俺たちだって死ぬつもりは無い。必ずあとを追う。だから、さっさと行け!」


 渋々納得したように通り過ぎていくのを横目に、土門は背負っていたバックパックを下ろし、俺は無線機を手に取った。


「大鳳、門番に門を開けさせて、今向かっている生存者を中に入れたら門を閉めろ。俺たちのことは待たなくていい」


「――了解」


 俺たちは何よりも大勢を助けることを前提に行動している。それが正しいことだと信じているから。


「零士、これを」


 手渡されたのは小型のガスボンベだった。


「……爆弾代わりか?」


「いや、手を加えてある。火炎放射器だ」


「お前、元消防士じゃなかったっけ?」


「元消防士だろ。本当は背負って使うつもりだったが、据え置き放置も出来る。但し、その場合は最大火力で持って一分ってところだ」


「充分だ。あいつらが全員フェンスを越えるまで、俺たちで凌ぐぞ」


 道の左右に分かれて中央に向け、ボンベを構えて深呼吸をすると土門は向かってくるゾンビもどきに視線を向けた。


「見える範囲で三百くらいか? ま、やるしかねぇな。合図でハンドルを回せ。行くぞ――今だ!」


 ハンドルを限界まで回してカチッとロックが掛かった瞬間に、ボンベから炎が噴き出した。


 そこから退いて施設を背にするように土門と並び立てば、躊躇うことなく炎に突っ込んできたゾンビもどき共はキュッキュッと筋肉の縮む音を立てながら地面に倒れ込んでいった。


 あとは抜け出てきた奴の頭を撃ち抜いて、土門はメリケンを付けた拳で直接殴り飛ばしていた。


 ガスが切れるまでの一分間で積み上がったゾンビもどきの死体が簡易的なバリケードになっているが数秒の足止めになる程度だ。が、それでいい。火炎放射器が思いの外に仕事をしてくれたおかげで随分と時間稼ぎができた。予想が正しければそろそろ――


「――零士、全員入った。門を閉めるぞ」


「ああ、そうしてくれ。土門、走るぞ」


「はいよ!」


 踵を返して駆け出した土門に続いて、俺も走り出した。


 速度を落とすことなく振り返ってゾンビもどきとの距離を測り、施設までの距離を見れば――微妙か? 隣を走る土門を見れば同じことを思ったのか苦笑いを浮かべていた。この場を乗り切るにはどちらかが残るしかなさそうだが……いや、ちょっと待てよ。


 無線を取り出して呼び掛けた。


「加賀見! ワイヤー設備は使えるか!?」


「――ワイヤー――ああ、使える! ただ相当近くまで引き付けないと効果が薄いぞ」


 その言葉を聞いて、土門も俺の意図を察したのかこちらを向いて頷いて見せた。


「わかった。いつでも使えるように準備しておけ。土門、わかっているな?」


「ああ、立ち止まって二秒だ。そのボストンバッグを寄越せ。俺のほうはさっきのボンベで身軽になった」


 外したボストンバッグを投げ渡し、それを肩に掛けたのを合図に同時に立ち止まった。そして一――二秒後、全速力で駆け出した。追ってくるゾンビもどきとの距離は十メートルも無い。もちろん、徐々に詰められているのもわかっている。だから、施設まで残り五十メートルと近付いたところで無線を口元に寄せた。


「ワイヤー! 三、二、一――伏せろ!」


 滑るように身を屈めると、百メートルほど手前から施設のフェンスの上まで引っ張られていたワイヤーが頭上を過ぎて、後ろにいたゾンビもどき共の体を上半身と下半身に分けた。


 あとは五メートルのフェンスを越えるだけだと思っていたら、不意に一人が通れる分だけ門が開かれた。


「土門! 先に行け!」


 門のほうへ向かった土門を横目に銃を抜いて追ってくるゾンビもどきを警戒したが、まだ距離がある。


「零士、良いぞ!」


 呼ばれて踵を返しながら無線を掴んだ。


「門を開けろなんて言ってないぞ!」


「――こっちもだ」


 リスクを増やしたことに対して小言を言いながらフェンスの間を通れば、門が閉じられた。


「じゃあ、誰が――」


 言い掛けたところで、目の前からやってくる者に気が付いた。


「戎崎くん! 無事で良かった!」


「……武蔵か。お前が門番だったんだな」


「ああ。こちらから頼み込んだんだ。戎崎くんが来るだろうと思って」


 手を差し出せば力強く握り返してきた。その後ろでは山崎が土門にハグをして、生存者たちは安心からか泣き喜びながら地面にへたり込んでいた。


「助かったよ。お前らも無事に辿り着いたようで良かった」


 そう言うと、武蔵は気まずそうに視線を下げた。


「いや……実を言うと、那奈くんは……いないんだ」


「あ~……そうか。まぁ、その話はまたあとで聞こう。とりあえず、無事で――生きていて良かった」


 震える肩を二度叩いて、武蔵に背を向けるようにフェンスの向こう側にいるゾンビもどきに視線を送った。


 目的地には辿り着いた。だが、問題はここからだ。ここから――また始まる。

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