ぽぽー
伯爵さんの懸念は、見事的中しました。
魔物達の多くは、スライムさんに対し脅威など抱きませんでした。人間や亜人が破滅的な被害を受けたと聞いても、さしたる問題意識を持ちません。何分人間や亜人すらも見下す対象なのです。少しは苦戦するかもという考えはあっても、自分達が負けるとは露ほども思いませんでした。
結果、残党処理を怠ったり、殆ど戦力を用意しなかったりで、侵入してきたスライムさんの完全駆逐に何度か失敗していました。
一度定着したら後の祭り。戦闘時に生じた死骸をもりもり食べてスライムさんは大繁殖。亜人達の領土から侵入してくるスライムさんの数は減らず、気付けば内も外もスライムさんだらけ。戦線はあっさり崩壊し、更に繁殖したスライムさんが隣の土地へと流れ込み……そこから先はとんとん拍子です。
スライムさん達が魔物の領土に入り込んでから半年ほどが経った頃には、
「……子爵が倒れたようです」
「ふむ。これで残るは我が領地のみ、か」
魔族の地はボロボロとなり、統治機構を残しているのは伯爵さんの領土のみとなりました。人間の土地が一年半以上、亜人達が二年半以上持っていますから、断トツの文明壊滅記録に王手が掛かっています。他人を見下しといてこの様でした。
椅子にふんぞり返りながら、伯爵さんは大柄なオークの報告を聞き、×印が無数に付けられた世界地図を眺めます。×が付いていないのが伯爵さんの領土。×が付けられたのが、スライムさんが闊歩している土地です。地図の九割ほどに×印が付けられていました。
伯爵さんは他の魔族や魔物と違い、スライムさんを見くびってはいませんでしたが、圧倒的な戦力差をひっくり返せるような英雄でもありません。このまま戦いを続けても、いずれスライムさんの群れに滅ぼされてしまうでしょう。
このまま同じ戦いを続けても。
では、違う戦い方をしたらどうなるでしょうか?
「ここが頃合いだ。『アレ』を使いなさい。そうだな、西側が良い」
「御意。ただちにハーピー達に出撃させます」
「私も出よう。自分の作ったものだからね、最初の試験運用ぐらいは見ておかねば」
伯爵さんは玉座から立ち上がり、部屋を出ます。お付きである大柄なオークも一緒に部屋を出ました。
彼等は並んで歩きません。なので相手がどんな顔をしているかは、知る由もありません。
ですが二人とも、ハッキリとこう思っていました。
きっと相手も、自分と同じ顔をしていると。
邪悪な笑みを浮かべながら――――
相変わらず暗雲が立ち込める空の下に、五体のハーピーがやって来ました。
彼女達はたった一つの、自分達の倍以上の大きさの樽のようなものを協力して運んでいます。やがて一匹のハーピーが地図を見ながらぎゃーぎゃーと騒ぎ、その声を聞いた四匹はゆっくりと地上へ降下します。
大地のすぐ近くまで来たハーピー達は、樽のようなものを魔力に塗れた土地のど真ん中に起きました。簡単には転がったりしない置き方になった事だけを確かめると、彼女達は慌ただしく空へと舞い戻ります。
「ぽよ?」
「ぽよよー!」
そんなハーピー達の置き土産に、近くに居たスライムさん達はすぐ気付きました。
既に辺り一帯の動植物を食べ尽くしていたスライムさん達は、すっかりお腹ぺこぺこです。置かれたものを見付けるや歩み寄り、仲間の移動を見付けては着いていき……まるで引き寄せられるように、たくさんのスライムさんが樽のようなものへと集まってきます。
やがて一匹のスライムさんが樽のようなものに辿り着き、どうやって食べようかとぺたぺた触り始めた
丁度、その時でした。
樽のようなものが光を放ったのです。とはいえ光が放たれたのはほんの一瞬の出来事。スライムさん達が認識する暇などありません。
加えて、直後に発せられた猛烈な衝撃波が、スライムさん達の身体をバラバラにしました。
集まろうとしていた無数のスライムさんが、一瞬にして消し飛びます。衝撃波は音の何倍もの速さで駆け抜け、大地を満たすスライムさん達を次々と消し飛ばしました。大地は何千マグクリットにも渡って焦土と化し、発せられた爆炎はまるでキノコのような形となって空へと昇ります。
まるで悪魔が下した災いのような光景です。
その光景を遥か遠方から――――笑いながら眺めている者達が居ました。
「はっはっはっ。中々見事な光景じゃないか」
「ええ、伯爵様。流石です」
伯爵さんと、大柄なオークです。伯爵さんは手にしたワインを口に含み、心底楽しそうにキノコ雲を眺めます。
実は先の爆発は、伯爵さんが引き起こしたものだったのです。
とはいえ、それは彼が魔法の力で繰り出した技ではありません。むしろ彼は魔族としては、あまり強い方ではない人物でした。
代わりに、彼はとても頭が良かったのです。
伯爵さんは、自分や他の魔物が持つ魔力を結晶化する技術を発明しました。そしてその結晶を圧縮し、ある程度の量を集めると、既存の魔法とは比較にならない威力の爆弾を作れる事を発見したのです。
それが先程スライムさん達を吹き飛ばした、『純魔爆弾』でした。彼等はこの純魔爆弾を用いて、スライムさんを生息地ごと吹き飛ばす事にしたのです。人間よりも遥かにえげつない方法でしたが、人間達が使った毒とは違い、薄まる事で耐性が出来る心配はありません。仮にいくらか頑丈になったとしても、毒と違い爆破を無効化する事は不可能です。何しろ純魔爆弾の炎は、金すらも気化させてしまうのですから。肉で出来たスライムさんなど、直撃を受ければ跡形も残りません。
とはいえ、欠点がない訳ではありません。いいえ、むしろ欠点だらけと言うべきでしょう。
「しかし、予想よりも被害範囲が広いです。投下したハーピー達が巻き込まれている恐れがあります」
「些末な事だ。たかがハーピーの数匹を失ったところで、大勢に影響はない。土地についても、汚染区域が多少増えたところでどうという事もない。数百年もすれば汚染は薄まる。それまでは耐性が強い、スケルトンやゾンビでも棲まわせて復興作業をさせれば良いだろう」
オークからの報告を、伯爵さんはあっさりと受け流します。オークはそれもそうだとばかりに頷くと、そのまま押し黙ってしまいました。
そう。この純魔爆弾は、起爆すると魔力を撒き散らし、汚染するという問題があるのです。
ただでさえ高濃度の魔力に塗れた土地が、更に濃い魔力で満たされるのです。耐性を持っている魔物達すら、その影響を受け、病気や不妊を引き起こすでしょう。最早何人も暮らせない、死の大地へと化します。先程候補に挙がったスケルトンやゾンビなどのアンデッド系(人間や亜人の死骸に、特殊な細菌型魔物が寄生したものです)の魔物であっても、決して楽には生きられないでしょう。過酷な復興作業の果てに、どれだけの犠牲者が出るか分かったものではありません。
正に禁断の兵器なのですが、伯爵はこれを躊躇なく使用しました。高貴なる存在を自称する魔族にとって、自分以外の下等な魔物がどうなろうと知った事ではないのです。いえ、魔物全体が似たような考えといっても過言ではありません。ハーピー達の犠牲など、興味もありません。
何より、自分達を包囲する数十万ものスライムさんの『駆除』した事には変わりないのです。
「まぁ、無駄に犠牲を出す必要もない。量産した純魔爆弾を、起爆時間を二十秒だけ延ばす。変更点はそこだけだ。早速周囲の土地を爆破し、奪還するとしよう」
「――――了解しました」
伯爵さんの指示を、オークはさして迷いもなく受けます。向かう先は仲間の下。
伯爵さんに言われた通り、純魔爆弾を使うために。
「く、ふふ。ははははは! 純魔爆弾の力があれば、邪魔者共は全て一層出来る! 私の名が歴史に刻まれる時も近い! ははははははっ!」
残された伯爵さんの笑い声が、何処までもこだましました。
何時までも。何時までも……
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