ぽよぽよ!?

 エルフの森を食べ尽くし、ぽよぽよちゃん達スライムさんは大繁殖しました。

 その数は今やすうじゅうまんにん、いえ、すうひゃくまんにんでしょうか? 数え切れないほどの大群となったスライムさん達は、のんびり気儘に、そして適当に拡散していきます。環境なんて選びません。辿り着いた場所が新天地フロンティアです。

 ぽよぽよちゃんも、ぽよんぽよんと流浪の旅を続けます。ある時は肥沃な草原に定着した仲間を見送り、ある時は川に流された仲間を見送り、ある時は大きな鳥のような魔物に攫われた仲間を見送り、先へ先へと進みました。

 そうして愉快な旅を続ける事、早一月。

「ぽよー?」

「ぽよー」

「ぽよ? ぽよぽよー」

「ぽよぽ、ぽよっ!」

 ぽよぽよちゃん、仲間達と共に何かを見付けました。

 それは町でした。ですがぽよぽよちゃんが初めて辿り着いた町、サスウェルとは様子が違います。町の外に居ても聞こえてくる賑やかな音や声の数々。活気が違います。

 もしかすると人間ごはんがたくさんあるかも知れません。

 早速、ぽよぽよちゃんは町へと向かいます。此処までの道中を共にしたさんにんの仲間達も、一緒に町へと向かいました。

 町は大きな壁(大体十マグクリットほどでしょうか)に囲まれていましたが、大きな穴も空いていました。その穴は人間達に『入出国門』と呼ばれていましたが、ぽよぽよちゃん達には知る由もありません。

 ぽよぽよちゃん達は堂々と穴を潜り、町の中に足を踏み入れました。

 直後に起きた大爆発で、ぽよぽよちゃんとふたりの仲間は吹っ飛ばされてしまいましたが。ひとりに至っては爆発のど真ん中に居たため、全身バラバラ。青い体液となって飛び散りました。

「ぽよーっ。ぽよっ、ぽよー」

 爆発の衝撃で、ぽよぽよちゃんのぽよぽよボディが地面を跳ねます。頑丈な皮膜は爆発の衝撃をしかと受け止め、体組織を保護していました。元々、衝撃で駄目になるような高等臓器なんて持っていませんが。

 吹き飛ばされたふたりの仲間もころころと転がり、止まってから起き上がります。何が起きたんだろう? 事態が飲み込めず、ぽよぽよちゃん達はこてんと首を傾げました。

 さて、この爆発は何が原因なのでしょうか?

 遥か数百マグクリット彼方の塔に理由がありました。その塔のてっぺんに、黒ずくめの男性が居ます。それも二人。一人はその手に双眼鏡を持ち、もう一人は持っていた杖を塔の外に向けていました。

「初弾命中。素晴らしい腕です」

「当然だ。あんな鈍間を外すほど、鈍っちゃいない」

 双眼鏡を持っていた男の言葉に、杖を構えていた男が堂々と答えます。

 彼等は狙撃手です。遠距離から魔法を放ち、国内に侵入してきた敵を撃ち抜く事を仕事としています。双眼鏡を持った男が観測者で、もう一人が魔法を放って攻撃を行うのです。彼等はこうして、国の中に敵……主として魔物が入り込むのを防いでいました。この国では、魔物は見付け次第射殺なのです。大体人間の国は、何処でも似たような感じですが。

 ぽよぽよちゃん達は、そんなこわーい人間に見付かってしまったのです。しばらく呆然としていると、またひとり、仲間のスライムさんが爆発で吹き飛びます。

 その様を見ていたぽよぽよちゃん、どうした事かいきなり身体をぷくりと膨らませ、丸くなりました。そして地面と身体を接着させ、身体の表面を硬質化させ始めます。

 これはスライムさんの防御形態。激しい嵐に遭遇した時に起きる変化でした。この変化では持ち前の細胞分裂を活用して皮膜を素早く角質化させ、通常の十倍もの硬さを発揮します。これにより、普段の姿では乗り越えられない嵐を生き抜くのです。

 先の爆風二回から、ぽよぽよちゃんの本能が「すごい嵐が来た!」と判断した事で変化が生じたのでしょう。この状態のスライムさんは正しく石のように硬く、剣や槍など通りません。

 尤も、狙撃魔法の爆発に耐えられるほどの強度はありませんが。

 狙撃手の放った魔法が直撃し、最後まで残っていた仲間のスライムさんもバラバラに。残るぽよぽよちゃんは、防御形態です。この姿はとても硬い反面、一切身動きが取れないという弱点があります。最早狙撃魔法を躱す事など出来ません。

 しっかりと狙われ、放たれた魔法はぽよぽよちゃんを直撃。硬くなった皮膜が焼き物のように割れ、中から青い体組織が飛び散りました。

「……目標の全滅を確認しました」

「了解。通常の警戒態勢に移行する」

 国内に忍び込もうとしたスライムさんの全滅を確認し、狙撃手達は安堵したように息を吐きました。杖を下ろし、再び周囲を警戒します。また、本当に死んだかの確認をするため、他の兵士達に死亡確認を行うよう、魔法の道具で連絡を入れました。

 塔の中から数人の兵士達が出てきて、ぽよぽよちゃん達の下へと向かいます。とはいえスライムさん達は全員バラバラのぐちゃぐちゃ。死んだふりが出来るような状態ですらありません。兵士達の顔にやる気はなく、駆け足ではありましたが、全力疾走ではありませんでした。

 ――――もしも急いで向かえば、気付けたかも知れません。

 バラバラになったぽよぽよちゃんの身体の欠片……その下でもぞもぞと動くものがありました。もぞもぞはぽよぽよちゃんだった欠片を押し退け、外へと出てきます。

 それは、ほんの五クリットほどにまで縮んだぽよぽよちゃんでした。

 そうです。ぽよぽよちゃんはまだ生きていたのです。ですがぽよぽよちゃんはバラバラになり、中身の体組織をぶちまけています。このぽよぽよちゃんは、一体なんなのでしょう?

 その答えは、先程の防御形態にあります。

 スライムさんの防御形態は、表皮を角質化させる事で高い防御力を発揮します。ですが角質化した細胞というのは死んでいるため、二度と柔らかな細胞には戻りません。嵐が止んだ後動き出すには、新たに柔らかな皮膜を作り出す必要があるのです。

 ぽよぽよちゃんも防御形態を取った時、既に皮膜の再構成を実施していましたが……実はこの際、自身の体組織を分割するように皮膜を形成していました。硬い殻の中で、分裂による増殖を行っていたのです。ごはんなんか食べていないのに。

 これにはスライムさんの生態が関係しています。大規模な嵐が襲来した時は海が荒れ、死んでしまう魚や海藻の切れ端が多数出ます。島で暮らしていたスライムさんの主な食料は、流れ着いた魚や海藻類。つまり嵐の後は、一時的にですが食べ物が豊富になるのです。

 ここで繁殖戦略について考えてみましょう。繁殖に使える資源を十とした場合、ひとりの子供に十の資源を投じて大きくひとりだけ産み落とす場合と、ひとりの子供に一だけ投資して小さくじゅうにんも産み落とす場合。一体どちらが繁殖に有利でしょうか?

 大きな子供は、体力があり、死に難いという特徴があります。子供同士の競争でも、大きな身体は有利に働きます。対して小さな子供は、体力がないため死にやすく、子供同士の競争にも弱いです。ですが環境に恵まれて大勢生き延びたなら、ひとりだけ産む時の何倍もの数の子孫を残せます。

 さて、どちらが有利な繁殖方法でしょうか。答えは簡単――――時と場合によります。当たり前ですね。一番良いのは使い分ける事でしょう。

 スライムさん達は、その使い分けを進化によって獲得したのです。ごはんが乏しい時は分裂によって大きな子を作り、飢餓に備える。そしてごはんが豊富になる時期は小さな子供をたくさん作り、一気に子孫を増やす。その選択を決める最大の因子が、強大な嵐なのです。

 狙撃魔法の爆発を嵐と勘違いしたぽよぽよちゃんの身体は、守りを固めるのと同時に繁殖の準備をしていました。撃ち込まれるまでの時間が短かったため、ひとりしか分裂出来ていませんでしたが……ひとり生き残れば十分。

 新生ぽよぽよちゃんは、ぽよぽよと歩き出します。小さくて未熟な身体は歩く事すら覚束ず、ころんころんと転がりました。

 その拍子に、ぽよぽよちゃんは排水溝に落ちてしまいます。

 小さな身体は狭苦しい排水溝を転がり落ち、ぽよんぽよんと跳ね、やがて下水道に辿り着きました。

 ぽよぽよちゃん、辺りを見回すと、ぽよぽよと再び歩きます。

 どんどん下水道の奥に向けて。この町の中心を目指すように。

 頭上から聞こえてくる兵士達の足音なんて、気にも留めずに――――

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