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 ドワーフの集落を襲い、食べ尽くしたぽよぽよちゃん達スライムさん。彼女達は存分に増え、亜人達の領域に広がっていきました。

 そうなると当然、亜人との接触も増えます。ぽよぽよちゃん達スライムさんは亜人達を襲い、被害を与えました……ところがどっこい、行われた駆除は大したものではありませんでした。精々村に入ってきた輩を、ひとりひとり丁寧に退治するぐらい。何故亜人達はちゃんとした駆除を行わなかったのでしょうか?

 これには、亜人社会の特徴が関係していました。

 亜人、というのはその呼び名の通り、人に似ている種族を指す、人間側の言葉です。つまり基本的には『人間以外』という意味しかなく、実際亜人達に生物学的・文化的共通点はありません。そのため彼等には纏まりがなく、仲間割れもしょっちゅう起きています。何より個々の種族の勢力は小さく、全員纏めてでなければ人間や魔族と対抗出来ない有り様でした。

 これはぽよぽよちゃん達スライムさんにとって、極めて大きな利点でした。

 スライムさんは繁殖力に優れており、ひとりかふたり駆除したところで意味はありません。ごっそりと、なんぜんなんまんという数を一気に減らさねば、すぐに元の数に戻ってしまいます。

 そのためスライムさんの駆除で成果を出すには、大規模な駆除を可能とする組織力・経済力が必要でした。しかし種族間の纏まりがない亜人達には、これらは到底用意出来ません。仮に用意出来ても、他の種族が文句を付ければ、政治的に止めねばならない時もあります。むしろ敵対種族が襲われている時には、スライムさんを放置する事すらありました。

 亜人達の駆除は極めて局所的で、政治的で、その場しのぎにすらなっていません。スライムさんの繁殖は留まるどころか、殆ど野放し状態でした。

 そんなこんなで、半年ほどの月日が流れまして――――




「ぽっよ、ぽっよ、ぽっよ、ぽっよ」

「ぽよー、ぽぽよ、ぽよぽよー」

 ある日のぽよぽよちゃん、仲間とお喋りをしていました。

 ぽよぽよちゃんと仲間が居るのは、とある荒野です。乾燥した地面が地平線まで広がり、草が疎らに生え、木に至っては近くに見当たらないような環境でした。太陽の光がギラギラと降り注ぎ、地表はかなり暑くなっています。小川などもなく、植物に覆われてもいないため、とても乾燥した環境となっていました。

 一般的なスライムには過酷な環境ですが、そこは独自の進化を遂げたぽよぽよちゃん達スライムさん。分厚い皮膜が水分の蒸発を防ぎ、この地での生存を可能としていました。

 とはいえ、問題がない訳ではありません。

 気温です。スライムさんが採用している体温調節方法・大気式冷却は、体温より空気の方が低温である事を前提にしている……つまり気温自体が高い場合、体温を下げられないという欠点がありました。元々日陰一つない場所に生息していたためスライムさんの耐熱性はかなり高めですが、この土地はあまりにも暑過ぎます。人間のように『汗』による気化熱式冷却ならばこの地で暮らすのも難しくはないのですが、スライムさんには些か厳しい環境でした。

 そこでスライムさんは『知恵』を使いました。

 知恵といっても、スライムさんに難しい事は考えられません。道具を作る事も出来ません。

 行うのは、情報のやり取り――――つまり会話です。

 ぽよぽよちゃん達スライムさんには、言葉によるコミュニケーション能力があります。これにより「あっちは他の子あんまりいないよー」とか「あっちに大きいごはんあったー」とか、そういった情報を交換し、生活に役立てるのです。小さな島でも情報のやり取りは大変有益でした。広大な荒野であれば尚更です。

 ぽよぽよちゃんとスライムさんも、今は涼しい場所や食べ物について話していました。ぽよぽよちゃんは涼しい場所(岩場の影などのようですね)について知り、仲間はぽよぽよちゃんが食べ残した朽ち木の場所を知ります。WinWinな関係ですね。

 ……おや、楽しくお喋りをしているぽよぽよちゃん達に近付いてくる生き物がいます。

 それはのしのしと荒野を歩く、真っ赤な体色のトカゲでした。

 トカゲの大きさは五十クリットほどもあり、鋭い牙の生えた恐ろしい形相をしています。如何にも肉食です。ぎょろりとした目はぽよぽよちゃん達をしかと捉え、歩みは明らかにぽよぽよちゃん達に向いていました。

 大トカゲに気付いたぽよぽよちゃん達、互いの顔を見合うと、我先に大トカゲに駆け寄ります。自分よりも大きなトカゲだろうと、スライムさんにとっては食べ物に過ぎません。

 ぽよぽよちゃんも、その仲間も、足の速さに大した違いはありません。ですが仲間の方が大トカゲと近かったため、先に射程圏内に辿り着きます。

 仲間のスライムさん、皮膜を大きく広げて大トカゲを食べようとしました――――その時です。

 大トカゲが、口から炎を吐きました。

 大きさにして、人の掌ぐらいの規模でしょうか。時間もほんの一瞬で、ボッ! と派手な音がなったぐらいです。しかし火である事に変わりはありません。

「ぽよーっ!?」

 火を浴びせ掛けられ、仲間のスライムさんはその身体を縮めました。ぽよぽよちゃんも感じた熱さから反射的に逃げようとして、後ろへすってんころりん。転んで離れてしまいます。

 大トカゲはそんな彼女達の隙を付き、仲間のスライムさんに噛み付きました。

 スライムさんには分厚く、再生力に優れた皮膜があります。縮み込んだ事で皮膜は分厚く弛み、更なる防御力を発揮していました。これにより生半可な攻撃なら跳ね返せるのですが、大トカゲの牙はこの皮膜を易々と貫きます。中から体液が溢れ、大トカゲの口を青く染めました。

 仲間が大怪我をしていますが、基本的にたにんの事にはノータッチなのがスライムさん。ぽよぽよちゃんは襲われている仲間を助けよう、なんて考えもせず、むしろ先程吐かれた炎が熱くて不快だったため、そそくさとこの場から離れてしまいます。

 ぽよぽよちゃんが逃げてしまい、仲間のスライムさんはたったひとりになってしまいます。反撃しなければやられてしまいますが、しかし炎を浴びた事で、身体が部分的にクリプトビオシスの準備を始めていました。上手く動けません。

 その間にも大トカゲは容赦なくスライムさんを襲います。ぶんぶんと振り回せば青い血糊が大地を汚し、叩き付ければ中身のゼリーがぶちゃぶちゃと音を立てました。

 やがてスライムさんが動かなくなると、大トカゲは勝ち誇ったような咆哮を上げ、スライムさんを食べ始めます。

 見事スライムさんを討ち取ったこの大トカゲ――――種名を『サラマンダー』と言います。

 サラマンダーはこの荒野に住む『野生動物』です。体内に魔力を持ち、炎を吐く事で獲物を捕らえたり、天敵を追い払ったりする事に役立てています。そしてこの荒野における生態系の頂点でもありました。

 ……尤も、知恵によって彼等を狩る者もいますが。

 獲物を捕らえたサラマンダーは、夢中でスライムさんを貪り食っていました。自分の後ろから近付いてくる影にも気付かず、夢中になって食べています。余程お腹が空いていたのでしょうか?

 近付いてくる影は、サラマンダーの傍までゆっくりと、足音を立てないようにしながら近付き……ある程度距離を詰めたところで、素早くその手に持っていた紐をサラマンダーの首に掛けました。そして紐をきゅっと締めたのです。

 突然首を絞められたサラマンダーは、当然ですが暴れます。ところがスライムさんにお見舞いした、炎攻撃はしません。鋭い爪はあるけど短い手足をジタバタさせるばかり。やがて疲れてしまったのか、ぐったりとします。

 サラマンダーを捕まえた方……革で作られたフードを被った人型の種族は、安堵したかのように一息吐きました。浅黒い褐色の肌を持ち、目は金色に光っています。見た目は女性のようですが、持っているのは紐一本だけ。相当な女傑ですね。

「……頼まれたものは捕まえた。これで良いのか」

 そんな女傑さんはくるりと振り返り、蒸れてきたのかフードを脱いでから尋ねます。

 彼女の後ろには、亜人の一種である竜人が三人ほど居ました。彼等はトカゲが二足歩行しているようにしか見えない容姿をしていますが、亜人の中でも聡明で、落ち着きのある種族です。基本的に他種族には不干渉ですが、差別する事もしません。部族紛争などでも、仲介役を担う事の多い種族です。

 そして女傑さんも人間ではなく、ダークエルフと呼ばれる種族でした。彼女達はエルフと魔物の間に出来た子とされ、その存在自体が穢らわしいがために、神の裁きによってこの厳しい荒野へと追放されたと言われています。実際には乾燥地に適応したエルフの亜種です。魔物の血は一滴も入っておらず、遺伝子情報を解析すれば一発で明らかになりますが、この世界にそのような技術はありません。見せても信じないでしょうが。

 さて、ダークエルフの女傑さんは捕まえたサラマンダーを、竜人達に見せつけます。竜人達は興味深そうに、サラマンダーをまじまじと観察しました。

「おお……これがサラマンダーか……」

「こんな魔物があの変異性スライムを食べてくれるなんて、見るまで信じられなかったぞ」

「魔物ではない。我等にとって、サラマンダーは大事な食糧だ」

「……守護神とかではないのか」

 呆れ顔の、ですが傍から見ると何も表情が変わっていない(何分頭がトカゲなので)竜人の意見に、女傑さんは首を傾げます。

 さて、暢気に話している暇もありません。

 サラマンダーを捕まえたのは、見せ物にするためではなく、ましてや客人に料理を振る舞うためでもありません。

 販売するためです。

 女傑さんの前に現れた竜人達の目的は、サラマンダーの輸入でした。というのも内輪揉めばかりしているうちに、スライムさんは亜人達の領土で大繁殖。「あれ? もしかしてこれ色々手遅れじゃない?」という状態に陥っていたのです。竜人達も不干渉主義の所為で世界がどうなっているかよく分からず、気付けば住処の周囲がスライムさんだらけになるという体たらくでした。完全な自業自得ですね。 

 何はともあれ、危機が迫っていると気付いた竜人達は、ある策を用いる事にしました。スライムさんを捕食する生物であり、クマやオオカミほど凶暴でなく、尚且つ繁殖力も比較的旺盛な生物……サラマンダーを移入し、駆除に役立てようというものです。

 これは所謂外来種の移入です。聡明な竜人達は、外来種の移入が環境に与える悪影響を、重々理解しています。ですが既に彼等の暮らす地域の生態系は壊滅しており、今更壊れるものなどありません。故に問題ないと判断したのです。

 そして女傑さんは、彼等からサラマンダーの捕獲を依頼されていました。

 女傑さんは捕まえたサラマンダーを檻に入れます。鉄製の檻の中には、既にもう一匹のサラマンダーがいました。先に入っていたのが雄で、今し方捕まえたものが雌です。

「確かに、つがいを用意したぞ」

「うむ。確かに受け取った」

 女傑さんは檻と共にサラマンダーを竜人に渡します。竜人は檻を受け取ると、そそくさとこの場を後にしました。

 一人残されたダークエルフは、ぽりぽりと頭を掻きました。

「……何事もなければ良いんだがな。巻き込まれるのだけは勘弁だぞ」

 そして不安を独りごち、荒野の奥地に向けて歩き出します。

 立ち去った竜人達と違い、彼女だけが、表情を強張らせたまま――――

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