ぽよん

 さて。人間社会が無茶苦茶になる半年ほど前――――人間の領土を出たぽよぽよちゃんは、ぽよんぽよんと歩き続けていました。

 平原を越え、荒れ地を進む事数日目のお昼頃……大きな山が見えてきます。

 その山は、所謂禿げ山でした。木どころか草も生えておらず、乾燥して白茶けた地面が広がっています。お隣の山には青々とした木々が山体を覆い尽くしているにも拘わらず、です。所々に掘り起こされたような痕跡があり、木で枠を固められた穴が幾つも見えます。

 そして穴の近くには、何やら動くものがありました。遠くて形などはよく分かりませんが、確かに動いています。彼等は穴の傍で何かをすると、すぐ穴の中へと戻っていきました。まるでアリのようですね。

「ぽよーっ♪」

 動いている何かをごはんと思ったぽよぽよちゃん、山へと向かう事にしました。山に辿り着くためには目の前の荒野を越えねばなりませんが、スライムさんの環境耐性を以てすればなんのそのです。

 翌日の朝方。ぽよぽよちゃんは山に辿り着き、その中腹までやってきました。遠目でアリのように動いていた生き物の姿も、よくハッキリ見えるようになります。

 その生き物は人型をしていましたが、人間の半分ほどの背丈しかありません。とはいえその身体は屈強で、全身が筋肉で包まれていました。雌らしき個体でも顔は強面で、雄らしき個体はどれも髭が生えています。

 彼等はドワーフという名の亜人でした。主に鉱山で暮らしており、工芸に秀でる種族として有名です。ただしその腕を振るうのは専ら自分達のため。おまけに採掘活動や生活に使う燃料として木々を倒し、禿げ山にするという自然破壊も行うため、自然と共にある多くの亜人と敵対関係にあります。触れ合うと災いに見舞われるとの言い伝えがあるため、人間との仲もかなり悪いものです。しかし気が合わないからと戦争を起こしても、彼等はすぐ山の中に引きこもってしまうため、まるで戦いになりません。今では戦争するだけ無駄と言われるほどです。

 結果、大抵の種族と接触がない、非常に排他的な生活をしていました。食べ物は光のない土の中でもむくむく育つ生き物(植物と同じく水と二酸化炭素からデンプンを合成しますが、そのためのエネルギー源は主に熱です。熱合成とでも呼びましょうか)が主体なため、彼等は殆ど外にも出てきません。こうして地表に出てくるのは、燃料である木々の伐採と、採掘時に出た土砂を捨てる時ぐらいです。

 はてさて。そのような事などなーんにも知らないぽよぽよちゃんは、辺りをきょろきょろしながら堂々とドワーフ達の中へと加わります。突然の見掛けぬ来訪者にドワーフ達は顔を顰めましたが、ぽよぽよちゃんはお構いなしです。どんどん前に進みます。

 そうして偶々正面に居たドワーフに近付きました。彼女は小さな子供でしょうか、他のドワーフよりも更に半分ぐらいの背丈しかありません。身体も華奢で、戦士のようにも見える成人女性のドワーフと違い、とても愛くるしい容姿をしています。

 ぽよぽよちゃんにとっては一口サイズの、とても美味しそうな女の子でした。

「ぽよー」

「ん? ……わぁ、かわいい!」

 装うまでもなく無邪気に近寄るぽよぽよちゃんを見て、ドワーフの少女も無邪気に駆け寄ります。排他的なドワーフも、幼い頃は好奇心旺盛なのです。

 無論、心を通わせるつもりなんてぽよぽよちゃんにはありません。射程圏内に収めるや、素早くその身体を伸ばしてドワーフの少女に襲い掛かり

「ふんっ!」

 その様を見ていた、屈強な男のドワーフに阻まれました。大人のドワーフはぽよぽよちゃんが魔物の一種であると見抜き、その動向を監視していたのです。

 男のドワーフは、その手に持っていた巨大な鈍器でぽよぽよちゃんを殴りました。人間なら頭がぱーんと弾けて、真っ赤な花火が見られた事でしょう。

 分厚い皮膜に守られているぽよぽよちゃんはそこまで悲惨な姿にはなりませんでしたが、ぼよんっ、と鈍い音を立てて吹っ飛ばされてしまいました。やがて地面に落ちた身体は、ぼよよんっと大きく跳ねます。弾力のある身体が徒となりました。

 ぼよよん、ぽよよん、ぽよよーん。あっという間に転がり落ちてしまうぽよぽよちゃん。窪みに嵌まるまで、かなり長い距離を跳ねてしまいました。ドワーフ達の住処は、かなり遠くなってしまいます

「……ぽよー?」

 何をされたのか分からず、ぽよぽよちゃんは首を傾げます。ですが難しい事を考えられるほど、ぽよぽよちゃんの頭に中身は詰まっていません。

 分からなかったので、ぽよぽよちゃんは再びドワーフの住処へと向かいまして――――




 それから、一週間ほどが経ちました。

「ぽよー」

 ぽよぽよちゃんは、今日もドワーフ達が暮らす山に居ました。

 ぽよぽよちゃんの傍には、ふたりの仲間が居ます。禿げ山でしたが、周りの山から鳥や虫が飛んできたため、それらを食べて増えました。ちなみに今頃、周りの山ではすうじゅうにんのスライムさんが、のびのび暮らしています。

 はてさて、ぽよぽよちゃんはこの一週間で、何度もドワーフ達の暮らす場所への侵入を試みました。

 ですがいずれも失敗続き。毎回ハンマーで吹っ飛ばされてしまいます。弾力のある身体とハンマーは相性が悪く、早々死にはしませんが、弾かれた身体は彼方へと吹っ飛ばされます。そのため、攻撃は平気で耐えられるのに、まるで近付けないという奇妙な関係が出来ていました。

 別段、ぽよぽよちゃんはドワーフに拘る理由もありません。ですが、そこにある『ごはん』を無視する、という事も出来ません。何故なら「食べられるものをわざわざ無視する」という高度で戦術的な思考は、天敵なんていない島では不要だったからです。完全に見えなくなれば諦めても、ぽつぽつと小さな姿が見えてしまうと諦められません。諦める、という考え自体が欠けているのです。

 今日もぽよぽよちゃんとその仲間達は、ドワーフ達の住処を目指して進みます。太陽が赤く色付く頃には十回目の到着を果たしました。

 この頃になると、ドワーフ達もすっかりぽよぽよちゃん達に慣れていました。またお前らか、と言いたげです。

 何時もなら一番近くに居たドワーフが、ハンマー片手に渋々やってくるのですが……おや、今日は何やら様子が違います。

 現れたのは、ドワーフとしては大柄な体躯の方でした。肉体も、筋肉質ばかりなドワーフの中でも目立つほどのムキムキです。片手に持つハンマーは、他のドワーフの倍近い大きさがありました。

 やってきたドワーフ……仮に、マッチョさんと呼びましょう……マッチョさんを前にして、ぽよぽよちゃん達は首を傾げます。

 するとマッチョさん、持っていたハンマーを高く掲げて

「ふんっ!」

 大きな掛け声と共に、真っ直ぐ振り下ろし・・・・・ました。

 ハンマーの行く先には、スライムさんがひとり。寸でで避ける、なんて事はしません。攻撃の概念がないため、何をされているのか分からないのです。

 マッチョさんのハンマーはスライムさんを脳天から捉え、叩き潰しました。弾力のあるスライムさんの身体が潰れ――――行き場をなくした体液の圧力によって、叩かれたスライムさんの身体が弾けました。

 青々とした体液が、地面に広がります。同時に、地震のような揺れと、突き飛ばすようか衝撃波が傍に居たぽよぽよちゃん達を襲いました。

「ぽよよー?」

 踏ん張りが足りなかったぽよぽよちゃん、可愛くころころと転がります。どうにか余波を耐え抜いた仲間は、キョトンとしています。マッチョさんはそんな仲間を見逃してはくれません。残ったひとりも叩き潰され、地面の染みとなりました。

 助かったのは、ぽよぽよちゃんただひとりです。

 今まで難なく追い返されていたとはいえ、ぽよぽよちゃん達スライムさんはこれでも魔物です。何度追い払われても戻ってくる姿に恐怖したのか、鬱陶しく思われたのか。なんにせよ、ついにドワーフ達は実力行使を行う事にしたのです。マッチョさんは、そんなドワーフ達の戦士でした。

 幸いぽよぽよちゃんはハンマーが振り下ろされた際の威力で転んで、坂をころころ転がったために難を逃れる事となりました。そのまま斜面に入り、ぽよぽよちゃんは自分の意思と関係なくドワーフ達から離れていきます。

 斜面は何時までも続き、ぽよぽよちゃんは麓近くまで戻されました。ぽよんと最後に一跳ねし、ようやく止まったぽよぽよちゃん。目の前でふたりの仲間が殺されましたが、特段何も思いません。ましてや復讐なんて考えてもいません。

 とはいえ「食べたいなぁ」とは思っているので、中腹に見えるドワーフ達の影を見て、もう一度山に登ろうとします。が、丁度その時に、傍をひらひらと蝶が飛んでいきました。

「……ぽよーっ、ぽよー」

 蝶に気付いたぽよぽよちゃん、今度はそっちに夢中になります。ドワーフも蝶も、ぽよぽよちゃんには大した違いではありません。短い両手をパタパタさせながら、ぽよぽよちゃんは蝶を追い駆けます。

 蝶を追い駆け、森の傍まで来たら、もう禿げ山などどうでも良くなってしまいました。目の前にあるたくさんの植物。それもまた食べ物なのですから。

 それから一月ほどの間、ぽよぽよちゃんは山で暮らします。

 『自分達』が仕込んだものに、気付かぬまま――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る