ぽよよ
亜人達の国を粗方滅茶苦茶にした、ぽよぽよちゃん達スライムさん。竜人達が運んできたサラマンダーとの協力関係もあり、破竹の勢いで生息域を拡大していきました。今や世界の六割の土地にスライムさんは分布しています。支配する領土の面積で言うならば、ぽよぽよちゃん達スライムさんは間違いなくこの世界の支配者と呼べる存在になっていました。
しかしぽよぽよちゃん達スライムさんの渇望は止まりません。新たなごはんを求め、北へ、南へ、東へ西へ……自由に、新たな土地へと広がります。
ぽよぽよちゃんも、新天地を目指して歩んでいました。ちなみにぽよぽよちゃんの頭の上に、サラマンダーは居ません。彼女は『原始的』なスライムさんなのです。
旅路にはたくさん仲間が付いてきましたが、基本仲間意識なんて皆無なスライムさん。実質単身です。野を越え山を越え、川に流され崖を転がり落ち……はてさて、何処まで行ったのやら。
気付けばぽよぽよちゃん達は、荒れ果てた大地の上に居ました。
ただの荒野ではありません。地平線の彼方まで、紫色に染まった土が広がっています。木々や草は疎らに生えているだけで、乾燥もしています。ですがダークエルフの暮らしていた土地とは違い、かなり気温は低いようです。
また、この地には活性化した魔力が高濃度で漂っていました。魔物や魔法が使える人間、一部の亜人が体内に持っている魔力ですが、これらは魔力を持っていない生物にとっては毒物のように作用します。微量であればなんら問題はないのですが、この地に漂っている魔力の濃度は『汚染』と言っても過言ではないもの。並の生物なら全身を蝕まれ、臓器不全を引き起こしたり、産まれてくる子供に奇形が増えたり、そもそも不妊になったり……様々な障害が現れるでしょう。
此処は魔物の領地。魔物達が暮らす、荒廃した世界です。
多くの生物には適さない環境で、魔物達も弱肉強食のルールによってどうにか生きている土地です。生えている動植物もこの地の環境に適応した固有種ばかり。新天地とするには、あまりにも過酷な世界でした。
が、過酷な環境への適応はぽよぽよちゃん達スライムさんの十八番です。
生物が少ない、即ちごはんの少なさへの耐性は言うまでもなし。分厚い皮膜は乾燥に強く、多少寒いぐらいはむしろ体温調節の方法からして適合しているぐらいです。そして魔力汚染ですが、ぽよぽよちゃん達スライムさんにはさしたる脅威ではありませんでした。あらゆる臓器が再生能力を有するほど構造が単純であり、生じた奇形を大きく上回る繁殖力を持ち、単為生殖のため不妊個体とつがいになる心配も要らず、何よりそんな事を気にするような知恵がありません。
ぽよぽよちゃんを筆頭に、亜人の土地を食い荒らしたごせんにんものスライムさんは、意気揚々と魔物の土地に足を踏み入れました。
「……ぽよ?」
おや? ぽよぽよちゃん、早速何かを見付けたようです。
ぽよぽよちゃんが見つめる先……地平線のところに、大勢の生き物の姿があります。
それは魔物達でした。ゴブリン、オーク、ハーピー(空を飛ぶ、半人半鳥の怪物です)やドラゴン(翼を生やしたトカゲの姿をした魔物で、魔物の中でも極めて高い魔力と生命力、知恵を有しています)……多種多様な魔物が、一列に並んでいました。総数は一万は居るでしょうか。魔物達の誰もが鎧や剣など、文明的な装備を身に着けており、極めて統率された存在である事が見て取れます。
そうです。彼等は、魔物の軍人です。彼等がこの場に居る理由は、とても簡単なものでした。
亜人の領土から流れ込んできたスライムさん達の、殲滅です。
「ゴオアアッ!」
ドラゴンの一匹が大きな口を開けると、その奥が煌々と輝き――――赤い火の玉が、放たれました。
火の玉はぽよぽよちゃんの頭上を通過し、後ろに居た仲間達の一群に命中。大きな爆発を起こし、じゅうにんぐらいのスライムさんをバラバラに吹き飛ばしました。
ファイアブレス。ドラゴン種お得意の遠距離攻撃です。人間達が開発した大砲よりも射程が長く、精度も優れた、恐るべき攻撃でした。
しかしぽよぽよちゃん達スライムさんは攻撃の概念がありません。仲間への愛情だとかなんだとかも、です。そのため先程の火の玉についても、熱いなーとか、眩しいなーとか、そんな事しか思っていませんでした。
むしろ目の前にあるものが『ごはん』だと気付き、興奮します。
「ぽよー!」
「ぽよー!」
「ぽよー!」
ぽよぽよしたスライムさんの大群は、一斉に、なんの躊躇もなく、魔物の軍勢へと近付き始めました。魔物達も素早く武器を構え、スライムさん達目掛け突撃を開始します。
そして両者は激突し、決戦が始まりました。
戦いは、魔物達の圧倒的優勢です。
彼等は統率された軍隊であり、同時に極めて優秀な身体能力を誇る種族です。人間や亜人とは違います。ゴブリンは数人でひとりのスライムさんを仕留め、オークは棍棒で次々と叩き潰し、ハーピーは上空から奇襲します。ぽよぽよちゃん達スライムさんも欲望のまま魔物達に襲い掛かりますが、中々食べる事が出来ません。彼等の規律ある隊列が、適当なスライムさん群団を翻弄するからです。
そもそもにしてスライムさんは、決して魔物だけを狙っている訳ではありません。
「ぽよ? ……ぽよ~。ぽ~よ~」
例えばぽよぽよちゃんは、偶々大きな動物の死骸が目に入り、そちらに気を取られてしまいます。なんにんかの仲間も、ぽよぽよちゃんと同じく死骸の方へと行きました。魔物なんてどーでも良いのです。彼女達は、あくまでお腹が空いているだけなのですから。
上手い事魔物を食べたとしても、満腹になったスライムさんはその場でころころ遊びを始めます。魔物達が自分を襲う、という事が理解出来ていないのです。魔物を討ち取った傍から、スライムさんは次々と叩き潰されました。
凡そ戦争とも言えない、雑な掃討戦は十分もすれば終わりました。
「戦局を報告したまえ」
戦闘が終わった頃、魔物達の戦列の最後尾に居た一人の……老人のような顔立ちの魔族が、尋ねます。
彼の隣には、他よりも一際巨大なオークが立っていました。オークはハーピーから報告を受け、その内容を魔族に伝えます。
「はっ。現在、戦線から離れた一部の奇形スライムを除き、殲滅が完了した模様。被害はゴブリン十六、オーク七、ハーピー八。ドラゴンは全個体生存していますが、一体、片手を食われました」
「ふむ。五千の大群相手ならこんなものか。負傷者は休ませろ。健康な兵の一部を、戦線から離れた奇形スライムの探索に当てなさい。あれは一匹でも残すと爆発的に増殖する性質があるらしい。取りこぼしてはならない」
「御意です、伯爵」
伯爵と呼ばれた魔族は、こくりと満足げに頷きます。
伯爵さんこそが、この軍隊を率いている司令官でした。そしてこの辺りの土地を治めている、有力な魔族です。
彼は人間や亜人の失敗から学び、流れ込んでくるであろうスライムさんへの対抗策を用意していたのです。それは侵入前の徹底した駆除……水際作戦でした。大勢の魔族を率いて、彼は自らの収める土地を守り抜いたのです。
とはいえ、これで戦いが終わった訳ではありません。
「それにしても、思っていたよりも大群でした。戦力は現状で足りるでしょうが、死者は可能な限り減らしたいところ。もう少し遠距離で数を減らしたい」
「でしたら、ゴブリンとオークの配置を減らし、キメラを入れましょう。あれも、ドラゴンほどの威力と射程はありませんが、炎を吐けます」
「成程。ではそのようにしなさい」
「御意」
伯爵さんからの許しを得て、大柄なオークは早速行動を始めます。最後尾に一人残された伯爵さんは、大きなため息を吐きました。
そして伯爵さんは考えます。
伯爵さんは、自分の選択は正しいと確信していました。人間や亜人達の研究をし、策を練った自分は間違っていないと。
しかし。
魔物は強固な上下関係があり、故に他者を見下す事が多々あります。そしてスライムは、魔物の中でも特に力の弱い種族です。スライムさんとてスライムである事に変わりはありません。
だとしたら、誰かが彼女達を見下さないとも限らないのです。
もしも誰かがあの群団を前にしても、ろくな戦力を用意しなかったら。もしも誰かが逃げ出したスライムさんを脅威と思わず見逃したら。
脳裏を過ぎる最悪の可能性に、伯爵さんは笑みを浮かべます。
何故なら、彼もまた魔族なのです。
自分の欲望のためなら、他者がどうなろうと知った事ではないのですから――――
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