1.Large-scale occurrence
隣国アンテロープへの玄関口であるシエル・エトワール最南東の街、バルデス。
国境線にも関わらず壁が無く、街を出る時以外にはパスポートを使う必要がないためガイドブックなどではヘサスと一纏めにされることもある。
そんな立地条件からこの街にはアンテロープとシエル・エトワール両国から依頼が集まってくる。
結果、依頼仲介所の規模もカンポスの物とは比べ物にならないほど大きく立派な物となっている。
そんな街は今、かつてない危機に瀕していた。
この街にアンデッド系の獣が群れを成して迫っているのである。
「聞いたか、また討伐隊が撤退させられたみたいだぞ」
「マジかよ、これで何度目だ?」
「五度目だ。今回も物理でやっても魔法でやっても無尽蔵に湧いてきたらしいぞ」
「でもまた死者全く出てないんだろ? どうなってんだ一体」
怨みを抱いたまま死に変異した魂の成れの果てだったり、人間や別の獣の死体に取り憑いて動かす獣だったりするアンデッドは普通なら魔法で浄化するか憑いてる肉体を木っ端微塵にすることで倒すことが出来る。
だが今回の群れはどれだけ肉体を吹っ飛ばしても精神体として復活し、かといって浄化魔法をかけても一瞬はいなくなるもののしばらくすると復活してくるという。
さらにおかしなことに、アンデッド達は向かってくる相手を倒しはするものの、逃げ惑う者を追いかけたり命を奪ったり再起が出来なくなるような怪我を負わせたりしていない。
まるで目標物と障害物以外は全く興味がないかのように。
そんな前代未聞のアンデッド達を討伐出来れば傭兵界隈で一気に名を知らしめられると予想する者は多く、家財道具一式を持って避難する住民達と同じくらい、どころかそれ以上の数の傭兵達が街に集っていた。
「なのに、都合のいい者はいないのか……」
そう言い残してクランは履歴書が十何枚も広がる机の上にある突っ伏した。
その様に壁に寄りかかって立っていたアルバートは冷めた眼差しを送っていた。
「そりゃそうだろう。誰が人殺しをすること前提の傭兵団に身を置きたいと思うか」
「アルバート殿は入ってくれたではないか」
「人を一人殺した所で大差ないほど殺してきたからな」
英雄、軍神、と戦友から呼ばれた男は俯いて目を閉じた。
「ちなみに俺の人脈はあてにするなよ。大抵死んだか軍に入ってるか別の傭兵団に所属してるかだ」
「分かっている。分かっているが……」
そうは言いつつも同じような変わり者の情報を持っていて欲しかったのか、恨めしそうな視線をアルバートに送った。
「こうなったら例の団体依頼にかけるしかないか……」
「結局お見合いか」
団体依頼。対象が広すぎる、または多すぎるために一パーティによる依頼の独占が許されていない依頼のことである。
団体依頼はその性質上、見ず知らずの相手と否が応でも一時的に手を組むことになる。
だがその縁から後の仕事を共にする仲に発展することも多く、一部の傭兵達からは隠語で「お見合い」と呼ばれることもあった。
「でもすでに五度も失敗している依頼だ、凄腕のやつが受けているとは思えんが」
「足を引っ張られているだけかもしれないし、私達みたいに今頃になってようやく到着した者もいる。可能性はゼロではないぞ」
「まぁ……好きにしろ。俺は邪魔さえされなければ誰でも構わん」
そう言ってアルバートは依頼用の掲示板ではなく、
「アルバート殿、どこに行く?」
「まだ第六回の依頼書は貼り出されてないし早い者勝ちのやつでもない、急ぐ必要はないだろうよ。ちょいと気晴らしに行ってくる」
「んー、分かった。ここで待ち合わせな」
机に広げた履歴書を集め始めたクランを尻目に、アルバートは関係者用の出入り口があるような暗めの通路に入っていった。
「物理で殴っても浄化魔法をぶっ飛ばされても消えず、人を殺そうとしないアンデッドの軍勢。お前はどう思う」
誰も近づいてくる雰囲気が無いことを察するとアルバートは口を開いた。しかし返ってくる声はない。
「人為的な物か上位種の副産物か……ねぇ。今の情報だけだと判断がつかないな。そこら辺の詳しい所は後で調べるとして、お前にとって徳なのはどっちだ?」
再び無言の時間が続くが、アルバートは頷いて口を開いた。
「そうか。……とにかくどっちにしても本元を叩かないことには意味ねぇか。苦労するわりにはあんまり利益は出なさそうだな」
そう結論づけてアルバートは大広間へと戻った。するとちょうど仲介所の職員が第六回の討伐隊の募集要項が書かれた紙を貼り出そうとしているところだった。
その内容を見た前方の傭兵達からどよめきが起こる。
「マジか、所長自らお出ましだって」
「もう常連には頼れねぇ、ってことかよ」
「所長が出てくるとはよっぽどのことなのか?」
いつのまにかアルバートの隣にクランの姿があった。アルバートはつまらなさそうに体を伸ばして呻いた。
「ところによる。一応その街で五本の指に入る奴が任命されたらしいが所詮上から押し付けられた役職だからな。そんなの知るかと言わんばかりに変わらず傭兵業に勤しむやつもいる。ここのは違うみたいだがな」
「裏を返せば、それだけあの依頼の報奨金を出したくないってことか」
いつのまにか手にしていた依頼要項の写しを丸めながらクランは掲示板の前の人だかりに目を移した。
「首領の首は金貨一枚、一年は余裕で遊んで暮らせるな」
「失敗したとしても交戦さえすれば金は入るんだろう? とりあえず申請しとこうぜ」
「でも俺らなんかで取れるか? まだ確認すら出来てないんだろう?」
「何、『神に愛されし者』が雑魚を蹴散らしてくれるだろうよ。俺達はそのおこぼれにあやかるだけさ」
安心と興奮が入り混じった空気が漂い始める傭兵達を涙が浮かんだ目で見ていたアルバートは自分の腰の高さしかない雇い主に確認を取った。
「で、どうするよ。ここに集まってるやつらに見込みはなさそうだが?」
「……まあ、お金には困ってないから無理して受けることはないな」
クランも団体依頼に参加する者達の会話からあまり良さそうな人材がいなさそうだと感じたのか、露骨にやる気を失っていた。
「異名持ちの
「師匠! クランさん!」
そうクランが結論づけたところで後ろから声がかけられる。
聞き覚えのあるアンテロープ語に二人がゆっくりと振り返ると嬉しさをにじませた元気な声がした。
「お久しぶりです!」
そう言って敬礼した彼女の肌は深い緑色をしていた。
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