13.Consultation
「まさかまだ諦めてなかったとはな」
アルバートが泊まっている宿屋に戻ってきたのは月が真上に差しかかろうとしている時間だった。
「なかなか良い狩場だったんだが……潮時かな」
そんなことを面倒くさそうな表情で呟きながら借りている部屋の扉を開けると昨日まで自分が寝ていたベッドにクランが胡座をかいて座っていた。
「おかえり。遅かったな」
「……どうしてお前がここにいる」
「何、アルバート殿の連れだと言ったらこの部屋に泊まっているから入ってくれていい、と親切すぎる店員が教えてくれてな」
そう言ってクランはバカにするように笑った。
「あの分なら他の者が聞いてきても快く教えていただろうな。安宿には安宿たる所以がある、といったところか。待ち伏せされてなくてよかったな」
口角を片方だけ上げるクランに対し、アルバートは目を細めてクローゼットの扉を開け放った。
すると中から備え付けのタオルで口と手首と足首を結ばれて気絶している男が二人、転がり落ちてきた。
無言でアルバートが振り返るとクランはため息をつきながら胡座を解いていた。
「裏路地でひっくり返っていたリッキー殿のお仲間を叩き起こしてここを聞いた。逃げられないようにだいぶ調べられているみたいだ」
そしてベッドに寝転ぶとまるで独り言かのようにポツリと呟いた。
「アンテロープ内戦最大の功労者と言われながらあらゆる勲章も地位も求めずに去った変わり者。私の国でも有名だぞ、
「その名前で呼ぶな。俺は、ただのアルバートだ」
アルバートは忌々しげな表情で吐き捨てると部屋の隅に座りこんだ。
「……最初から知っていたのか」
「ああ。身元がしっかりしていて人殺しの経験があってどの組織にも属していない者など数えるほどしかいないからな。ただ『アルバート』が偽名だとは」
「本名だ、紛れもない」
本気で「シナトラ」の名前を嫌っているのか嫌がっているのか、間髪入れずに否定の言葉が飛ぶ。その反応からクランは苗字について追及することをやめた。
「……アルバート殿のことをアンテロープは諦めてないようだぞ」
「わかっている。……そんなことまであいつは話したのか?」
「ああ。あくまで国とは関係ない、という程だったがな。それに、そうでなければ仲間に勝負中、適当な嘘を店主に吹き込んでアルバート殿を外に出させて攫おうとさせるような真似はしないだろう?」
クランが問いかけ交じりに聞くとアルバートは不承不承そうながら頷いた。
「ちなみになんだが」
「なんだ?」
「アルバート殿は今のアンテロープ政府の行動を歓迎しているか否か聞かせてほしい」
「否に決まってるだろう?」
「だろうな。そこで話がある」
クランは起き上がると落ち着き払った声音で言った、
「リッキー殿が言っていただろう、外国にそうホイホイと連れていかれちゃうのは困る、と」
「それが?」
「アルバート殿さえ良ければの話なんだが、私の手を取って一緒に外国へ脱出しないか?」
すると突然アルバートはとっさに片耳を塞いだ。
「一応国際手配をすれば国に連れ戻すことは出来よう。しかし内戦の功労者の一人として名高いアルバート殿を国に縛りつけたいが故にそういうことをした、と知れてしまえば今の政府の信用度は……」
「だーっ、うるさい! 話し中だろうが!」
アルバートが苛立って大声を上げる。
その声に驚いたクランが体をビクンと震わせるとアルバートは途端に申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「……悪い。続けてくれ」
「あ、ああ。……話を端折ると外に出たアルバート殿を連れ戻す方法は今のアンテロープにはない。追いかけられるのが嫌なら外国に出ればいい。ここまではいいか?」
「ああ。でも国を渡るには身分証がいる。悪いが俺は持ってないぞ」
「そーこーで私の出番だ」
クランはニヤリと笑ってみせると脇に置いていた袋から金色の板を何枚か取り出した。
「アビレオの特使証明書だ。これを使えば
そう言ってクランはアルバートの足元に投げた。音を立てて滑る一枚の板を一瞥してからアルバートはクランに疑念の眼差しを向けた。
「どうしてそこまでする」
「ん?」
「あんたは俺以外にも候補はいると言っていた。俺みたいな面倒くさい事情持ちじゃないやつだっているだろう? 俺を諦めてそいつらに乗り換えようとは思わないのか?」
「そうさなー」
クランは自分の頬を人差し指でかくとアルバートから視線を外して天井を見上げた。
「まず一つは受けてくれるかどうかもわからない候補をもう一度探し出して交渉するよりもこちらの方が楽だと思ったから。もう一つは噂を聞いてアルバート殿の力を見たくなった、ってところか。ゴブリンの時はアルバート殿のやり方をちゃんとどころかほとんど見れなかったからな」
「……そうかい」
アルバートはクランの言葉を鼻で笑うと板を拾い、握りしめた。
「そんなに俺に執着したいならすればいいさ。で、行くあてはあるのか?」
「ない」
指摘に開き直ったクランにアルバートはため息をつきながら自分の荷物を開けた。
そして一枚の折りたたまれた紙を取り出すとおもむろに床に広げた。
それは国や主要都市、山野の名前などが記されたこの大陸の地図だった。
「ここからだと『シエル・エトワール』か『エレパース』に行くのが手っ取り早いか」
ようやくベッドから離れたクランがアンテロープの左側に接している2つの国を上から順に指差しているとアルバートが首を振った。
「エレパースはダメだ。あそこは色々と面倒くさい」
「宗教のことか? あれはそこまでトチ狂った教義ではなかったと思うが」
「あんたにとってはな」
エレパースはかつて同地を統治し、自身を「獣王」と称し大陸を混乱に貶めた男及びその所縁の地や物品を信仰する「奇跡教」を国教としている。
しかし信仰している物とは裏腹に、教徒は他国領や他教を侵攻・迫害することも強引な勧誘もしていない。
そんなことを知っているだけにアルバートの言葉に内心首を傾げたものの、別の国に出れれば何でもいいのでクランに反対する気はなかった。
「ふむ……じゃあアルバート殿的にはシエル・エトワール一択か」
「ヘサスに先回りしている連中もいるかもしれないが、ここにとどまるよりはマシだ」
シエル・エトワールとアンテロープを結ぶ
「よし、それじゃあすぐに出るか」
「ちょっと待て」
言い終わるや否や部屋を出ようとするクランをアルバートはその腕を掴んで止めた。
「アルバート殿?」
「静かにしろ」
そう言ってクランを室内に引き戻すとアルバートは開き放しになっている廊下の窓から身を乗り出した。
いくら深夜だからといって町に出入りする者達が全く無くなるわけではない。
安全な場所を求めて戻ってきたり、少しでも早く依頼の場所に着きたい傭兵や商人達、それらに犯罪者が紛れていないか見張る夜番の兵士達など、門の周りには日中に比べれば少ないが大勢の人がまだいた。
「どうだ?」
「三人はいる、けど……あとは分からん」
「アルバート殿が知らないメンバーがあの中にいたら詰みか」
人混みに紛れ、身元の分かる三人をこっそり黙らせつつ門を通ろうとすることは出来る。
しかし万が一見つかって騒ぎを起こされてしまえば、関係ない民間人達まで相手をしなければならない。現実的な案では無かった。
「抜け道のような物はあるか? 例えば下水道とか」
「残念ながらここの出入り口はあそこだけだ」
クランからの問いにアルバートは体を戻しながら首を振る。
「だが策がないわけじゃない。……あまり使いたくない手だがな」
苦々しい表情を浮かべながらアルバートは腰につけた銃を抜き取ると自分のこめかみにおもむろに押し付けた。
「驚くなよ」
そして引き金を徐に引いた。
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