14.Escape
街中で突然響いた銃声に人々は互いに顔を見合わせざわめき合う。
しかしいつまで経っても騒ぎ立てる者が出なければ、二発目も鳴らなかったことで次第に落ち着きを取り戻していった。
乱闘騒ぎになっていたり人が死んだりしていればそれを目撃した人によってさらに騒ぎになる。それが無いということはたぶん暴発したんだろう……と考えるのはごく当たり前のことだったからだ。
しかしある者達は目でコンタクトを取りあうと何度か頷いて音のした方へごく自然な動きで歩き始めた。
門から離れ、すれ違う人の数が減るたびにその足取りは速くなっていく。
「……あの音、あれですよね?」
「ああ、どうやら動き出したようだ」
少年が薄い髭面の中年男に並走しながら話しかけると中年男は舌舐めずりをしながら頷いた。
「あいつを連れ戻せさえすれば、俺達の生活は安泰だ。もう傭兵団の皮を被る必要も無い」
「本当ですよ、俺達はもう正規軍なのに……。なんで変わり者扱いされなきゃいけないのか」
「そうだな。あのダメ上司ともさっさとおさらばしたいぜ。小娘ごときにベロンベロンに酔い潰されるような」
世間や上司への愚痴を小声で吐き出しつつ、二人は路地裏に足を踏み入れた。
その直後まるで待ち構えていたかのように背後に一人の人間が音もなく降り立ち、流れるような手つきで少年を撃った。
少年が短い悲鳴を上げて倒れ、中年男は慌てて後ろを振り返ったがもう遅かった。
フードを目深に被った不審人物は一瞬で距離を詰めると中年男の首を掴み、軽々とその体を持ち上げて壁に押し付けた。
「ぐ、くそっ、はなっ」
「……さぁ、私の目を見なさい?」
「あ、ああっ……!?」
紫色に染まった口から抵抗しようと声が漏れる。しかし完全に押さえつけられている状態でその目から逃れることはできなかった。
中年男の動きが次第に弱々しく緩慢になり、無くなったのを見計らって手は離された。
長時間首を締められていたにも関わらず中年男は咳込むことなく、地面に足をつけると何の意思も感じさせない虚ろな目で正面を見た。
「あなたの名前は?」
「……ネグローニ」
「そう。じゃあネグローニ、私がこの町を出られるまであなたの同僚達の邪魔をして」
「……了解しました」
「くれぐれも殺さないように。あ、あと催眠が解けた後にあなたの地位が危うくならない程度に、ほどほどにね」
それから周りに人の姿がなくなったことを確認してからフードの不審人物は道沿いにおかれた巨大なゴミ箱を叩きながら囁きかけた。
「お待たせ、出てきていいよ」
「……うう」
ゴミ箱の扉が開かれるとクランが呻き声と共に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「明日が燃えないゴミの日で良かったわね」
「慰めになってないぞ……。生ゴミの臭いが染み付いてるからな」
クランがしかめっ面を浮かべているとフードの不審人物は突然クランの側に寄り、その臭いを嗅ぎ出した。
「ぬおっ⁉︎」
「……うん。服にもついてないから大丈夫。ここを出たら洗って……あ、でも男女で洗いっこはマズイか」
「アルバート殿……」
アルバートは思い出したように手を叩くと照れ隠しで微笑んだがクランは何ともいえない表情を浮かべた。
一応悪い噂として、突然オカマ口調になると途端にフレンドリーになるとは聞いていた。
しかしここまで変わるとは……というのがクランの率直な感想だった。
「ふふふ、そんな顔しないの。せっかくの可愛い顔が台無しよ?」
「いや、今はそんな軽口を叩ける状況ではないだろう……。とりあえずあれだけで門から離れた分は大丈夫なのか?」
「ええ。もう二人とも早速合流して遠くに連れ出してくれてるから」
どうして見えてないことをそう自信満々に言えるのか、とクランは内心頭を抱えた。
「えーっと後は……あー、あれ? なんであいつがここにいるのかしら。でもまー、あれ一人だけならどうにかなるかなー」
「ち、ちょっと待て! 本当に大丈夫なのか⁉︎」
「へーきへーき」
頭をかきながらアルバートはふらふらと表通りに歩いていく。慌てるクランの呼びかけにもアルバートは気楽そうに笑いながら答えた。
しかしその根拠の見えない自信を裏付けるように二人は門まで誰にも呼び止められることなくたどり着いた。
「お久しぶりですね、アルバートさん。……いや、今のあなたは違いますか」
そんな二人に声をかけてきたのは青い軍服を着た眼鏡の男性だった。
「リーブスさん……だったかしらね。お久しぶり」
「おや、私のことを覚えてくださってるとは光栄ですね」
眼鏡の奥で
「リーブス……オータム・リーブス伯か⁉︎」
「おや、お嬢さんまで知ってくれているとは驚きました」
「知っているもなにも、アンテロープの首相だろう! なんでこんな所に⁉︎」
「なんで、と言われましても組閣してもう半年が経ちますから……そろそろ各地にご挨拶する必要があるのですよ」
仰天するクランに対しリーブスはアビレオ語を流暢に喋りつつやれやれ、とうんざりした様子で両手を広げて首を振る。
「だから第十騎士団の面々にバイエスタスまでの護衛を頼んだんですが、アルバートさんがいるとわかった途端に皆さん揃って護衛対象をほっぽり出してどこかに行ってしまいましてねぇ……まったく、
どこまでが本当のことか分からないことをつらつらと並べるリーブスにアルバートは首を傾げながら笑った。
「あら、あなた達皆この子を欲しがってると思ってたんだけど」
「もちろん私だって欲しいですよ。でも、あなたの実力を考えれば今ここにある戦力だけで連れ帰ることなんて不可能です。アルバートさんだけならなんとかなったかもしれませんが」
「あら、そんなこと言っていいのかしら?」
「ええ、アルバートさんも確かに実力者です。しかし彼の戦績は他者による貢献があまりにも大きい。主にあなたの」
「私は何もしてないわ。私目当てに勝手に寄ってきただけよ」
「本当にそうですか? その腰の物はあなたの魔力も借りなければ到底扱えないでしょう?」
「はい、お二人とも。これくらいにしてもらえるかな」
二人の間にバチバチと火花が散り始める。
堂々巡りの言い争いになりそうなそれを見かねたクランはその間に入って、話の主導権をぶんどった。
「ええと、リーブス伯……いや、総理の方がいいか」
「いえ、気軽にさん付けで構いませんよ」
「ではお言葉に甘えて……リーブスさんは、今私達をどうこうする気はないんだな?」
「ええ、残念なことですが」
心底無念そうにリーブスは首を振る。その行動に裏が無いことを周りにいる兵士達の動きから確信したクランは真顔のまま告げた。
「では私達はこれで失礼させていただきたい。いつ第十騎士団の面々が戻ってくるかもわからないし、ここで面倒事は起こしたくない」
「そうですね、こちらもこんな真夜中に騒ぎは起こしたくないので。これからの外交にも確実に支障が出ますし」
「ありがとうございます、ではこれで」
そう切り上げてクランはアルバートの手をとり、無理やり引っ張って門をくぐっていく。
対するアルバートは未練タラタラなようで下まぶたを引き下げ、舌を出してリーブスを挑発していたが当の相手はニコニコと笑顔を浮かべたまま小さく手を振っていた。
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