5.Strategy meeting
「おーい、俺だー。門を開けとくれー」
農夫が門の前で大声を上げると反対側から軽い返事が聞こえ、木で出来た門が地面を擦りながらゆっくりと開き始めた。
到着した村の周囲には簡素ではあるがトゲの生えた鉄縄が巻きつけられた柵が張り巡らされており、一応外敵から村を守る準備はなされていた。
しかしそれだけで身を守れるわけがない。だからこそ村外の人々に助けを求めたのであろう。
「おう、お帰り」
「ただいまー。一緒に今回の受け手も運んできたぞ」
「お、中にいるのか? じゃあ村長に伝えてくるよ」
農夫の言葉に、門番は見張りの台から飛び降りて走っていった。
荷台を降り、軽くストレッチをして体を解すアルバートとクランにティントが呼びかけた。
「よし、それじゃ早速森に入ろうか」
「はぁ?」
アルバートがわざと不満げに聞き返すと早速、というより案の定ベラーノが噛み付いてきた。
「何よ、森のゴブリンを退治するだけでしょ? 何が不満なのよ」
「まずは依頼主に詳しい話を聞かないと駄目だろう。ひょっとしてこの森全部をしらみつぶしに探す気か?」
本当は挨拶やら契約条件の確認やらそれ以外にも色々と依頼主とは話すことがあるのだが、それを今言っても
すると村の周り一面に広がる木々を見てティントも考え直したらしく、顔を引きつらせながら頷いた。
「そ、そうだな。俺たちも森に入る前に村長の家にいこうか」
「さすがアルバートさん」
「お前の情報のおかげだ」
ティントが方針をあっさり翻したことにリアが小声で拍手を送るが、アルバートは素っ気なく返した。
すると褒められたからか、リアは「えへへ」と照れた声を上げて頰をかいた。
「ああ! ようこそおいでくださいました!」
どうやら家が近くにあったのか、村長と見られる小太りの男がものすごい勢いで駆け寄ってきて、先頭にいたアルバートの手を取った。
「まさかまた来ていただけるなんて……
「御託はいい。現在の状況を教えてくれるか?」
「はい、ただ今!」
そう元気よく答えた村長の後をついていくと、周りの家とそう変わらない大きさの一軒家に通された。
「村長の家にしてはしょ……」
「しっ!」
思ったことを口走ったベラーノをスーラが咎めるが、運が良いことに村人たちの耳には届かなかったらしく表情を変える者はいなかった。
「えー、これが村の周りの地図です」
村長がテーブルの上に、村とそれに繋がる道以外は木々の緑と岩山の茶色しか描かれていない簡易的な地図を広げた。
「ゴブリンが最初に見つかったのはここら辺で、次がここ。最新はここですね」
「今の所はその三ヶ所か?」
「はい、そうです」
アルバートとクランが覗き込む中、迷い無く村長は森に赤鉛筆で点を打っていく。
「……だんだん村に近づいて来てるか?」
「偵察範囲を広げているだけかもしれない。村長、群れの数は?」
「全部三、四体ぐらいの群れだったらしいです、ハイ」
「じゃあ偵察隊で間違いないな。狩りをする時や攻め入る時はもう少し多めで行動するはずだ」
アルバートは手持ちの鞄からコンパスと鉛筆を取り出した。
「村長、俺も書き込んでいいか?」
「ええ、もちろんです!」
許可を得たアルバートはコンパスを広げると赤の点が線にかかるように円を書き始めた。
「これは何を書かれているんですか?」
「この赤点が偵察範囲の限界とした時……っていう仮定法だな。建物のある所と反対の方に中心を打って……重なる所に巣があることが多いんだ」
そうしてアルバートが書いた三つの円の重なる位置の近くには岩山の記載があった。
「この場合だと……この岩山のどこかを拠点に動いてる可能性が高い、ってことですか?」
「そうだ。ゴブリンは岩山に空いた洞窟を巣にすることが多い。可能性は高いだろう」
「おや、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
問答を繰り返すアルバートとリアにクランが嫌らしい笑みを浮かべる。
その生温かい視線をアルバートは頭から無視したが、リアは妙に固い表情を浮かべてクランに話しかけた。
「クランさん、今なんといいましたか?」
「え? えー、いつの間に、お二人、仲良くーなりましたか?」
まさか言葉が通じないはずのリアに聞き返されると思っていなかったのか、クランはやや狼狽しながら片言で返した。
「昨日の夜、不寝番を一緒にやった時に色々と教えてもらったんです」
「そ、そうなんですか。良かったです、ね」
クランは困惑、リアは歓喜の眼差しとガッツポーズをアルバートに送る。
その頃、アルバートは勧められた椅子に座り村長の奥さんからもらったお茶に口をつけてながら村長との会議を続けていた。
「この岩山に洞窟は?」
「それなんですがね……ここらへんの山はあちこちに洞窟があって」
「逆に絞りきれない、と」
「はい……分かっていればもう少しお助けが出来るのですが」
「あのー、あとの三人はどちらに?」
「え?」
三つのカップを載せたお盆を持って困惑する村長の奥さんにアルバート達は腑抜けた声を返した。
言われてみれば三人の声を聞いてないなとアルバートとリアが辺りを見回す中、クランは広間を飛び出した。
そしてすぐに飛んで戻って来た。
「村長! 同じ地図をあと二つくれ!」
「え、えぇ?」
「村長、これと同じ地図は二つ以上あるか?」
気が動転しているのか、アビレオ語でまくし立てるクランの言葉を訳すと、村長は同じ棚からすぐに地図を持ってきた。
アルバートは地図をひったくると最初の地図とほぼ同じ所に乱雑な丸を書いて女性陣に投げ渡した。
「少なくとも家の中には入っていた。適当だろうが話は聞いていたはずだからその円の辺りに向かっ」
「分かっている!」
「あっ、クランさん!」
そう言ってクランは再び広間を飛び出していった。
履いている金属製の靴がきちんとはまっているか確認のためつま先で床を叩いていたリアもその後を追った。
「……最近の若者は元気が良すぎますな」
「一応俺もまだ若者って歳なんだが?」
「あ、いえ、そんなつもりでは」
気を害したと思ったのか慌てて弁解する村長にアルバートは小さく笑った。
「別に構わないさ。……俺もバカな後輩の尻拭いに行ってくるかね」
「は、はい。お願いします、シナトラさん!」
「俺はシナトラなんかじゃない。……ただのアルバートだよ」
そうアルバートはどこか遠くを見ながら否定した。
その頃、獣道すらない森の中を突き進むティントとベラーノにスーラは声をかけた。
「本当に良かったの?」
「何が?」
「リアにしろクランさんにしろ、戦闘時は私達の盾になってくれる人よ。連れて行かない選択肢はないように思えるんだけど」
「何、大丈夫さ。ゴブリン程度の攻撃、俺だけでも防ぎきれるって」
「そうよそうよ。それにたった三、四体ぐらいならどっかの口うるさい傭兵なんて放っておいても私達だけでできるわ」
妙に自信満々な二人の様子にスーラは安心したように息を吐いた。
「さぁ、さっさと仕事を済ませて、村の人達を安心させてやろうじゃないか!」
「おー!」
そうして鼻息荒く森を進んでいくはいいものの、この広大な森でそう簡単にゴブリンに出くわせるわけがない。
さらにいえば、地図無しに何の特徴も無い森の中を目的地に向かって進むことが無謀である。
そんな最低限のことも知らない三人は当然のように道に迷い、集中力もだんだん切れていった。
「ねぇねぇティント、あんなとこに野苺があるよ」
「木苺か、そういや最近食べてないな……。少し採っていこうか」
「うん!」
「月夜草に狐竹……素材になる植物が結構生えている。これを卸せば……」
依頼に全く関係ないことに夢中になっている三人は、彼らの視線の外にある草むらが小さく音を立てて震えたことに全く気づかなかった。
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