4.Communication at night
夕食が終わり、不寝番を任された
「おい、時間だ。起きろ」
「んー」
ティントは呻き声を上げると寝返りをうった。起きる気配は無い。
仕方なく、ティントの体に手をかけようとテントの中に足を入れるとベラーノが体を起こした。
「……あんた、何してんのよ」
「不寝番の交代を言いにきたんだが」
アルバートの答えに眠そうなベラーノは不愉快そうに口を尖らせた。
「はぁ? 雇われの分際で何勝手に時間を決めてんのよ」
「はぁ?」
「ティントが起きてくるまで黙って見張ってなさいよ! 全く、雇ってもらってるくせに調子に乗ってんじゃないわよ」
そう一方的にまくし立てるとアルバートの手から布をひったくり、もう一方の手に掴んだ杖でアルバートの体を突き飛ばした。
尻餅をついてしまったアルバートが文句を言おうとする前にベラーノはテントについていたチャックを下ろして、外から開けなくしていた。
その態度に我慢の限界を迎えたのか、アルバートは腰の銃に手をかけたがしばらく固まっていると、舌打ちしてから岩の上に腰掛けなおした。
そして眠気覚ましと気分直しに両頰を叩いてから大きく息を吐いた。
「一人で夜通しなんて初めてかもな……」
「あの……」
アルバートは全く無駄を感じさせない動きで銃を抜き、声がした方へ構えた。
「あ、すみません、そんなつもりじゃなかったんです!」
銃口の先で慌てた声を上げて手をぱたぱたと振ってみせたのは、スーラと一緒のテントで寝ていたはずのリアだった。
敵襲じゃなかったためアルバートは銃を下ろしたが、こんな真夜中にリアから声をかけられる覚えは一切なく、一体何をしにきたのかと訝しげな視線を向けた。
「そろそろ不寝番代わる時間かな、と思いまして」
「……不寝番のやり方を知らないなら教えておく。こういうのは事前に仲間に知らせておくべきだし、普通は二人以上でやるもんだ」
「そうなんですか?」
初めて聞いた、と言わんばかりに驚きながらリアはアルバートの隣に置かれていた岩に座った。
「一人だと寝落ちしたり後ろや遠距離から襲われて声を出せなかった時に一瞬で無防備な仲間を危険な状態に陥らせることになる。こういう野外で泊りがけになる依頼を受けるなら知っておくべき話だ」
「す、すいません」
癖なのか、またまた小さくなって謝るリアにアルバートは皮肉っぽく呟いた。
「あいつらにもそれくらい考えられる脳みそがあれば良かったんだがな」
「……ひょっとしてあの時、不寝番の件で揉めてたんですか?」
「聞いてなかったのか」
「ごめんなさい。何か揉めてるなー……って遠目で見てるだけで、まさかこんなことになっているとは」
ますます小さくなっていくリアをよそにアルバートは枝を何本か焚き火の中に放り込んだ。
「……まあいいさ。あいつらに期待するのはもう諦めている。だから馬車で寝てたんだし」
「あ、そうです!」
馬車の中での行動に話を向けると、突然リアがアルバートに顔を寄せてきた。
「アルバートさんとクランさん、ってどこで知り合ったんですか?」
「いや。昨日初めて会った」
「え。でもアルバートさんクランさんとよく話されてたのに……」
アルバートの答えにリアは意外そうに目を丸くした。それに対しアルバートは心底迷惑そうに返した。
「俺がアビレオ語をなまじっか話せたせいで絡まれちまったんだよ。だいたい、この依頼に連れ込んだのも奴だしな」
「そ、それはご愁傷様です。いや、ご愁傷様になっちゃ本当はダメなんですけど」
慌てて釈明したリアは意を決したようにアルバートの目を真っ直ぐ見つめてきた。
「……その、話は変わるんですけど。私に、その……今の間だけでもいいので傭兵としての知識を教えてもらえませんか? 私は、もうバレバレでしょうけどそういう基本的な知識すら疎そうなので」
「……お前の意識が持つ限りな」
「あ、ありがとうございます!」
リアはアルバートの体にぶつかりそうな勢いで頭を下げた。
「まぁ、それ以前だと気づけただけでも上々だ。あいつらに比べたらな」
「ははは……」
どデカイいびきまで聞こえてきた件のテントを横目で見るアルバートにリアは乾いた笑いを浮かべた。
それから数時間後。ごそごそとテントから出てきたティントはすっかり明るくなった空を見て不思議そうな口調で問いかけてきた。
「あれ? 交代は?」
「……どこかの誰かさんに邪魔されてな」
不機嫌さを全く隠そうとせずにアルバートはそう吐き捨てた。
しかしティントはその言葉の意味が分かってないのか照れ隠しとでも勘違いしたのか、反省する様子も怒る様子もなく照れ笑いのようなものを浮かべて頭をかいていた。
その姿を見て、この仕事が終わったらすぐにでもこいつらから離れようとアルバートは改めて固く心に誓った。
「おはようごさいます……ふぁ」
「リアもおはよう。今日はえらく早起きだね」
「は、はい……」
結局リアとの会話は朝まで続いた。
どれだけやる気があっても時間が経てば眠気に負けてテントに帰るものだろうと考えていたアルバートだったのだが、予想に反してリアはテントに戻ることはなかった。
一応念のため欠伸をした所で眠気が強くなってないか確認はしたもののその度に断ってきたのは危機感の表れなのか夢中になったら止まらない性格なのか、はたまた別の理由なのかは定かではないが、期せずして二人一組による見張り、という状況になったことはアルバートにとって喜ばしいことではあった。
しかしこの有様で本番に影響しないかアルバートとしては非常に心配になった。
「大丈夫です、馬車の中で寝るので……」
そう言いながら早くも船を漕ぎ始めたリアに、朝ご飯の準備を進める農夫は温かい微笑を浮かべていた。
「飯を食ったらすぐに出発すんぞ。悪いが村まではもう少しだかんな」
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