6.Cattivo esempio
「ねぇ、ティント! あれ!」
道草を食いながら彷徨い歩いていた三人はゴブリンが一匹でうろついているのを見つけた。
「はぐれか? 他は?」
「分からない……」
全員が一点に集中する後ろから、木立の隙間を縫うようにして数本の矢が飛ぶ。
勢いは弱く狙いも甘かったが、それでも動かない的に当てるには充分だった。
「あっ!?」
ほとんどはティント達の防具に当たるだけだったが、その内の一本が運悪く、ベラーノの頰を掠めて、わずかな血飛沫を散らした。
思わず苦痛の声を上げたベラーノに、ティントとスーラの視線が向く。
その隙を待ってました、とうろついていたゴブリンも三人に向かってやや太い木の棒を振りかざしながら突っ込んできた。
「くそっ! ゴブリン共め!」
ここでようやくティントは剣を抜き、浅く裂かれた傷口を魔術で治すベラーノのフォローに入る。
スーラが小声で何かをブツブツと呟くと、彼女の前に巨大な水の球が現れた。
「薙ぎ払え!」
その言葉と同時に水の球から巨大な水流が飛び出し、背丈の低い草木を押し流す。
その濁流に飲まれた弓を持ったゴブリン達は後ろにあった木の幹にぶつかり水流に押しつぶされて絶命した。
仲間がいとも簡単にやられた様を見たゴブリンは何か耳障りな喚き声を上げると一目散に足を翻した。
「逃がすか! 追うぞ!」
抜き身の剣を掲げてティントが指示を出して駆け出す。治療を終えたベラーノとスーラもその後に続いた。
ゴブリン達に自分達の痕跡を消しながら移動するような知恵はないため、その痕跡を追いかけることは特徴さえ分かっていれば歳半ばもいかない子供でも問題なく行える。
そんなわけで三人は一回も足を止めることなくゴブリンが逃げ込んだとみられる洞窟にたどり着けた。
「これはまた、親切なことで」
洞窟の入り口にはここには何かが潜んでますよ、と言わんばかりに木の枝と一本の角が生えている獣の頭蓋骨を組み合わせて作られた
「光よ、我が手に集い辺りを照らせ」
スーラが魔法を唱え、光球を生み出すとティントに投げ渡した。
ティントはその光球を落とさずにキャッチすると足元にあった人形を蹴り壊した。
「さぁ、俺達の伝説の始まりだ」
洞窟の中は一本道で途中途中に人形が点々と飾られていたが、それ以外に何か手が加えられたようには見えない。
その代わり通路は緩いカーブを描いており、直前まで進まないと奥の方まで見通せないような状態だった。
「ちょっと待って、明かりが見えた」
そのため、ティントがそう言って足を止めた時には奥の二人からもその光が見える所が小部屋のように広くなっていることが分かる所まで進んでしまっていた。
「ゴブリン達の待ち伏せ?」
「弓が相手側にいるのが少々面倒ね」
敵が目前にいるかもしれないのに酷く暢気な会話を交わすベラーノとスーラ。
すると何事か考え込んでいたティントが意を決したような表情で二人に向き直った。
「俺が先頭に立って矢を防ぎつつ突っ込むから、ベラ達はフォローに回ってくれるか」
「防御の魔術は必要?」
ティントが頷くと、スーラは目を閉じ精神を集中させて魔術を行使する。するとティントの体が一瞬光った。
「よし、行くぞ!」
その雄叫びを合図代わりにしたかのように、部屋から大量の矢が飛ぶ。
ティントはそれを剣で全部切り払おうとしたが見事に失敗した。
それでもその身を包んでいる守りの魔術が、ただでさえ弱い矢の勢いをさらに弱めたため体に突き刺さることなく、革鎧の表面を浅く削り取っただけで地面へ落ちた。
全く痛みを感じなかったせいか、ティントは意気揚々と部屋の中は飛び込んだ。
しかし次の瞬間、ティントの姿が二人の視界から消えた。
「ティント!?」
二人の叫びが重なり、揃って部屋に飛び込む。
すると通路から一段下に床があった小部屋に格好悪く転がるティントの姿があった。どうやら踏み外して体勢を崩したらしい。
しかしその隙を逃すほどゴブリン達はバカではない。持っていた弓を投げ捨てるとすぐに色んな石や金属が打ち込まれてる棍棒に持ち替えて走りこんできた。
「くっ! 水の女神よ……」
スーラは迎撃すべく、再び呪文を詠唱しようとした。
次の瞬間、スーラの額から槍が生えた。
スーラは事態を理解できないまま口を止め、ゆっくりと前に倒れていく。
頭の周りに血が広がっていき、宝物の臙脂色のフードがみるみる赤色に染まっていく。
「あ、あ……」
「ベ、ベラ! 早く回復魔法を!」
「む、無理よ、死んだ人が生き返る魔法なんて知らない!」
そう悲鳴を上げたベラーノに後ろからゴブリンが飛びつく。その勢いと重さに耐え切れず、ベラーノは仰向けに倒された。
「い、いやっ、やめて!」
「ベラ! くそっ!」
ベラーノのさらなる悲鳴を背中で聞きつつ、体勢を直したティントは前後から襲いかかって来るゴブリン達に向かってめちゃくちゃに剣を振り回した。
目の前で仲間が死に、現在進行形で襲われていることに対する焦りのせいで、ブレブレになった剣先は向かい来るゴブリン達の勢いを殺すことは出来てもその命を刈ることは出来なかった。
そうしていくうちに無闇に振り回したせいで体力が無くなってきたティントの剣筋はゴブリンですら見切れるようになり、振りかぶって上段から切ろうとした所を矢で射られた。
「しまっ、ぐはっ」
痛みから手から剣を離してしまい自衛手段を失ったティントの腹部にに向かってゴブリンの振り回した棍棒が直撃する。
革鎧がえぐれ、下の皮膚に傷が出来るほどの一撃にスーラの援護を失ったティントは体をくの字に曲げた。
狙いやすくなった頭部にゴブリンは第二撃を容赦なく上から叩き込んだ。
勢いそのままに地面に叩きつけられたティントの周りをゴブリン達が囲む。
そして他のと比べてガタイのいいゴブリンが拾ったティントの剣を振りかぶり、腕の付け根を狙った。
「はああっ!」
次の瞬間、小部屋の入口から吹き飛ばされたゴブリンが振り上げられた剣に触れ、真っ二つになった。
この時ゴブリン達はようやくある異変に気が付いた。仲間が飛びかかったはずの女の嬌声が先程から全く聞こえてこないことに。
「大丈夫!?」
息を切って小部屋に入ってきたのはリアだった。
ゴブリン達は新たな敵の出現に包囲網を解きつつも気味の悪い歓声を上げる中、リアは反応しないティントの襟を掴むと後ろに放り投げた。
「早く、回復を!」
「ティ、ティント!」
ベラーノの服は引っぺがされ、中に着ていた鎖帷子が露わになっていた。どうやらゴブリンが鎖帷子を脱がすのに手間取ったおかげで助かったらしい。
「今すぐ回復するから! 大いなる生命よ、ティントの傷を塞ぎ、新たなる活力を与え給え!」
「ぐはっ!?」
ベラーノが回復魔法を唱えた途端、ティントは意識を取り戻したものの口から血を盛大に吐き出した。
「ベラーノ!?」
「ち、違う、呪文は間違えてないはず……! 大いなる生命よ、ティントの傷を塞ぎ、新たなる活力を与え給え!」
ベラーノが信じられない、といった表情でもう一度詠唱するが、ティントの容態は全く変わらない。
リアは正面を見直すとゴブリン達は新しい標的に向けて思い思いの武器を構え直し、その隙を伺っていた。
どうやら仲間が軽々と吹き飛ばされたのは目の前の
リアはスーラの亡骸とベラーノ達を順に一瞥すると大きく息を吐いた。
「ベラーノ、ティントを連れて早く逃げて」
「で、でも……」
「何も出来ない魔術師を庇えるほど私は強くないの! 早く逃げなさい!」
いつもはオドオドして小さくなっているリアからの一喝にショックを受けたのか、ベラーノは怯えた表情でティントに肩を貸しながら走り逃げていった。
「さあて……」
ベラーノ達の姿が後ろ目で見えなくなったところで、リアは泣きそうな顔を浮かべながら三十体を優に超えるゴブリン達に向かって構えた。
「どれくらい、時間稼げるかなぁ……」
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