7.The superior gets angry.

 「ゴブリンを笑う者、ゴブリンに泣く」という格言がある。


 背丈はせいぜい人の子程度で、性格は残忍であるが知能は低く、戦いを生業としていない者でも一対一の勝負なら頑張ればどうにか倒せてしまう程度の力しか持っていない、駆け出しの傭兵や兵士達に狩られ続けている存在がそんなことを語られるようになったのは二つの理由がある。

 一つ目は繁殖力。

 ゴブリンはとにかく子を成す生き物で、隙あらば交尾していると言われるほどの絶倫であり、一度で平均五、六匹は産む。

 さらに成長が非常に早く、わずか一週間ほどでほぼ成人と同じ大きさにまで成長し、一ヶ月もすれば交尾が出来るようになってしまう。

 もう一つは、他の種族とも子を成せることである。

 その場合一度に産まれる数は減るがその代わりに母体となった種族の特徴を多く受け継いだ「亜種」と呼ばれる子が生まれやすい。

 亜種は普通のゴブリンでは扱えないことが出来る上に亜種から産まれた子も亜種になる可能性が高い。

 そのため亜種がいると確認された群れは緊急の討伐依頼が組まれるほど世間一般から警戒される存在である。

 前述の格言はこの亜種の存在のために生まれた、といっても過言ではない。


「……遅かったかもしれないな」


 アルバートは足元転がった人形の残骸を拾って小さく舌打ちをした。

 亜種がいる群れは縄張りの近くにある特徴を作る。自分達が普通ではないことを誇示するために。

 現在までに確認されている特徴の一つが、今まさに足元に転がっているような人形だった。


「アルバート殿、三人は見つかったか!?」


 クランがアルバートに呼びかけながら全速力で駆けてくる。アルバートは立ち上がると首を振った。


「まだだ。だがこの中に入った可能性が高い」

「そうか。手遅れになる前に急ぐぞ」


 村から出て一度も休憩していないはずなのに。全く息を切らしていないクランは両剣を抜き払った。


「アルバート殿、光源はあるか?」

「大丈夫だ。それよりこの人形に見覚えは?」


 アルバートは頭にかぶったヘルメットのライトがきちんと光ることを確認して頷いた。


「シャーマンだろう? 後ろは任せたぞ」


 クランはそう言うと周りを確認しながら慎重に足を踏み入れた。

 しばらく進んでいると入口にあった物と同じ材料で作られた人形があった。

 クランは無言で人形の横の壁に剣を突き刺そうとしたが岩に弾かれてしまった。

 その反応に安心した表情を浮かべてクランは人形を蹴り壊した。


「ん、ハズレだ」

「ダミーか物ぐさか、まだ判断出来ないがな」


 そう囁き合いながら二人が進んでいると息を切って走る女の声が前から聞こえてきた。

 クランとアルバートは咄嗟に位置を入れ替えると背中を合わせ、各々の武器を構えた。


「だ、誰か……」


 ヘルメットの光に照らされたのはベラーノとティントだった。

 ベラーノは二人の姿に気付いたからか、その場にへたり込んでしまった。

 後ろから追いかけるゴブリンの姿は無いことを確認してからクランは前に出てベラーノに話しかけた。


「ベラーノさん、大丈夫ですか? スーラさん、どこですか?」

「そんなことより、ティントが、ティントが……」


 ティントは浅い呼吸を繰り返しながら苦悶の表情を浮かべていた。


「どんなに、回復魔法をかけても、全然治らなくて……」


 クランの問いかけを無視して涙ながらに訴えるベラーノを他所に、しゃがんだアルバートはティントの腹部にできていた青黒い痣に険しい視線を送った。


「アルバート殿、は持っているか?」

「ある」


 クランの問いかけに短く返したアルバートは立ち上がりながら魔導銃の銃口を回した。


「そうか。なら私は先に行っていいか?」

「光源は」

「今用意する」

「じゃあ構わない。……見られたくないだろうしな」

「すまない。後は頼む」

「何呑気に話してるの! 早く助けてよ!」


 ベラーノが苛立ち叫んだ瞬間、アルバートはティントに銃を向け、引き金を引いた。

 悲鳴があげる中、クランは先程とは比べ物にならないほどの勢いで奥へ走り出した。


「安心しろ、薬だ」


 アルバートの言葉を裏付けるかのようにティントの呼吸は穏やかになり、気が抜けたように瞳を閉じた。

 ティントに泣きついていたベラーノにアルバートは吐き捨てるように言った。


「お前、『反転毒』って知ってるか?」


 キョトンとしたベラーノの顔を見て、アルバートは表情を険しくさせた。


「……知らないならいい。何があった?」


 ティントが助かったことで気が緩んだのか、嫌悪していたはずのアルバートにベラーノは今まであったことをペラペラと喋った。


「で、スーラが突然倒れて、槍が刺さっていて……気がついたら後ろからゴブリンが……」


 ここでベラーノは言葉が途切って俯いた。襲われた時の恐怖が蘇ってきたのだろう。

 しかし話の中で溢れるように出てくる悪手の数々に呆れや怒りを通り越して無の感情を抱き始めていたアルバートは何も言わなかった。


「ティントが私を助けるために必死になって戦っていたんだけど、剣を取られて、殴られて……。でも、そんな時にリアがゴブリンを蹴散らしてくれて、それで」

「ここまで逃げてきた、と。で、その後は?」

「その後……?」

「全員蹴散らしていたら一緒に戻ってくるはずだ。リアはどうして残ってる?」

「……『ティントを連れて早く逃げて』って言われて」


 その時、ベラーノの顔が屈辱による怒りで一瞬歪んだのをアルバートは見逃さなかった。


「他に何を言われた」

「え?」

「他に何を言われたと言っている。なんだ、お前の耳は飾りか?」


 側からみても分かるくらい見え見えの煽りにベラーノは簡単に乗っかった。


「『攻撃も回復も出来ない魔術師を庇えない』って……!」

「事実だろうが」

「何ですっ、て」


 怒鳴り返そうとしたベラーノだがアルバートの顔を見た瞬間に息を飲んだ。


「回復魔法しか使えない、そのくせ反転毒は知らない、自分にも身内には甘々な判断しかしない、そんなやつに何が出来る」


 全く感情が読めない淡々とした口調と共に再び銃口が回る。


「狩る相手の特徴や危険性を知らず、狩りに必要なことも知らず、背後の警戒を怠って仲間を死なせ、仮にも先輩である相手の話を聞かず勝手に行動して死にかける。そんなやつが何を言える」


 尻もちをついたベラーノは無意識に後ずさる。その先にある物を見たアルバートは即座に引き金を引いた。

 弾丸はベラーノの頭の上を通り、後ろの壁をすり抜け消えた。


「……防音性も気密性も高い。中々の実力だな」


 すぐ上を通っていった弾丸に慄いて動けなくなったベラーノを横切り、アルバートは人形を蹴り飛ばした。

 すると壁の輪郭が大量の土埃の中で溶けていく。土埃が収まるとそこには先程までは無かった小さな洞穴が姿を現した。


「本当はそこで寝ているバカが起きてから見せたかったんだけどな。……これが突然大量のゴブリンが後ろから襲ってきたカラクリだ」


 アルバートが洞穴を覗き込むと中には隠れていたとみられる大小様々なゴブリンの死体が転がっていた。


「人間だろうとゴブリンだろうと限られた光量で洞窟の岩肌の違いが一目で分かるやつなんて少ない。だから判別をするために奴らは人形をその前に置く。……ここのはダミーを作るほど頭が回るやつだったみたいだがな、お前らと違って」


 どれだけ侮辱されようとも、返せる言葉は無い。


「……改めて聞く。お前たちは、俺に何が出来る?」


 自業自得とはいえ、退路を失ったベラーノにその質問はあまりにも残酷だった。

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