9.What do you exert?
ゴブリンの群れが一掃されてから三日が経った頃。
「隣、いいですか」
「別にいいぞ」
アルバートがカウンターの上に銅貨を積み立てていると重い足取りで一人の少年が隣の席に座った。
「……揃って故郷に帰るんじゃなかったのか?」
「まだ時間に余裕があったので。クランさんに聞いたらここにいるだろう、って」
アルバートはバーテンダーを呼び止めるとノンアルコールのドリンクを頼んだ。
少年はそわそわと辺りを見回していたが、やがて覚悟を決めた表情を浮かべてアルバートに頭を下げた。
「……ありがとうございました」
「傷を治した礼ならもうもらったが」
「いえ、俺達がどれだけ馬鹿だったのか……。それを思い知らせてくださったので」
「俺は問題点を言っただけだ。思い知らせたことに対する礼はあの世のゴブリンにすべきじゃないか?」
意地の悪い返答をアルバートがする中、バーテンダーが少年の前にグラスを置く。
アルバートはそれを見て、バーテンダーに銅貨を一枚渡した。
「たった十杯分なんですよね。あれだけやって」
少年はグラスの中身を一息で飲み干すとため息と共に呟いた。
理想と現実の違いを見せつけられて心が折れた様子の少年にアルバートは鼻で笑いながら言った。
「傭兵なんて慈善活動だ。人に感謝はされど自分の懐は温まらない。お前が目指していた奴らだってそんなもんだ」
アルバートの手元のグラスの氷が溶け落ち、軽い音が鳴る。
「とにかく有名になりたくて、金を稼ぎたくてこの世界に飛び込んできた奴もいる。だけど大抵は別の目的があって、それを成し遂げようとしているうちに有名になっちまった、そんな奴らばかりだ」
「名声や財産は望んでは取れない、ってことですか?」
「いや? 『ドラゴン狩り』とかは狙えば取れる部類だ。……お前が言っていた『剣聖』だの『戦場の踊り子』だのはその通りだけどな」
そう言ってアルバートは自分のグラスに口をつけた。
「で、お前は故郷に戻って何をするんだ?」
「……少なくとも、大事な人……と自分を守れるようになります。どちらかだけが生き残っても意味ないですから」
「そうか」
少年の答えに安心したかのように頷くと、アルバートは席を立ち少年の肩を叩いて店を出て行った。
その足でアルバートが次に向かったのは町内の病院だった。
すれ違った看護婦に会釈をしつつアルバートはとある病室の前にたどり着くと無言で入口にかけられた天幕をまくった。
「お、来たのか」
「お疲れ様です」
中ではベッドに腰掛けたリアと脇のソファに座るクランの姿があった。
「体の調子は?」
「腕以外は全然!」
そう言ってリアは包帯でぐるぐる巻きになった右腕を指差した。
やる気満々な様子のリアにアルバートは厳しい視線を送った。
「実際に戦場に出て同じことが言えるかどうか、見ものだな」
「アルバート殿……」
クランが咎めるようにアルバートの言葉を遮る。しかしリアは挫けずに言い返した。
「大丈夫です、アルバートさんに教わったことを実践しないまま引退するなんてもったいないですから!」
「そういう問題じゃないんだけどな……」
そんな会話を交わしていると再び天幕がまくられた。
「すいません、関係者の方ですか?」
顔を見せたのは先程アルバートがすれ違った看護婦のうちの一人だった。
「違いますが」
「あ、うるさかったですか?」
「いえ、関係者の方でしたら先生がお話があるとおっしゃっていたので……失礼しました」
アルバートとリアが同時に応えると看護婦は申し訳なさそうに頭を下げて引き下がった。
「……じゃあ、俺は帰るぞ」
「え、もうですか?」
「顔を見に来ただけだからな」
名残惜しそうなリアの視線をあっさりと見切り、アルバートは病室を出た。
そして戻ろうとしていた看護婦を中の二人に気づかれないように小声で呼び止めた。
「すいません」
「はい?」
「彼女の主治医は今、手が空いているんですか?」
「ええ……」
「なら少しお話させていただけないですか?」
関係者じゃないと言い張った男が絡んできたことに看護婦は疑念の眼差しを送る。
しかしアルバートは全く気にせず、こう告げた。
「話は『彼女が獣人化した後の対処について』じゃないですか?」
その言葉に看護婦の目つきが変わり、一転真剣な表情になった。
「すぐにご案内致します」
そして看護婦は二階にある職員室へとアルバートを連れて行った。
看護婦は扉をノックすると声を潜めながら呼びかけた。
「失礼致します。リア・ブランカさんの関係者の方をお連れ致しました」
「はい」
返事がきたのと同時にドアの鍵が開いた音がした。看護婦はアルバートに一礼をすると一階へと戻っていった。
「失礼します」
アルバートが部屋に入ると、白髪混じりの医師が机の前に座っていた。
「はじめまして。とりあえず、そちらに」
指示に従ってアルバートが座ると医師は早速本題に入った。
「……あなたは獣人についてどれくらいご存知で」
「獣に犯された者がその精液の毒から身を守るために体を変異させた状態。直前になるまでどのような変化をするか分からず、場合と警備の質によっては周囲に多大な被害を催す可能性がある、と」
「よくご存知で。……ただ一部古いですが」
アルバートが無言で先を促すと、医師はカルテを机の上のクリップに何枚か挟みながら話した。
「現在では血液検査の結果などから、獣化するか否か、またそれがいつ来てしまうのかが大体分かるようになりました」
「……わざわざこうして話すということは、黒、ですか」
「はい、残念ながら」
医師は沈痛な面持ちでアルバートに向き直った。
「獣人になってしまっても知能が落ちない可能性もありますが、大抵の場合は殺処分をしなければなりません。……親族の方々にはその」
「申し訳ないですが、私は彼女の親族ではないんです」
アルバートがそう言うと医師は口を開いたまま固まってしまった。
「……私がここまで話をしにきたのは警備についてです」
アルバートの確認に気を取り直した医師は頷いた。するとアルバートは腕を組んで微笑んだ。
「こちらでは一日いくらで雇っていただけますか?」
「はっ……?」
「こちらとしてはこの病院がめちゃくちゃに壊されて地元の方々が苦しむことになるのは非常に心苦しいのです。ですが表向きには警備員の募集はかけられていなかったので、こうして先生に直接お伺いしたのですが」
そう言ってアルバートは小首を傾げてみせた。突然の申し出に医師は唸り始めたがアルバートには勝算があった。
いくら病院で元々雇っている警備員がいるとしても、それは傭兵や兵士では食えなくなった者達である。獣人に太刀打ち出来るほどの実力はない。
ならば現役の傭兵を雇おうと、仲介所に依頼しようにも獣人とはいえ人を殺す仕事という物は人がつきにくい。
かといって兵士を常駐させると何も知らない患者の方々に迷惑や心配をかけることになる。
そのような状況で、内情を知っている協力的な傭兵は病院にとっては願っても無い存在であった。
「彼女が獣人化するまでの間だけでいいです。ご一考願えますか?」
「……分かりました。詳しい内容を今院長と相談してきますので、少々お待ちいただけますか?」
雇う気になれば、病院のような大きな施設は大量の報酬を出す。ケチって警備を薄くして獣人に高価な機器を壊されるよりもそちらの方が安く済む可能性が高いからだ。
そんな確実に金のなる木が近くに出来たのを知っておきながら無視する選択肢はアルバートの頭の中には無い。
ティントさん、これが傭兵の処世術だ。
故郷へと帰る選択をしたお人好しに向かってアルバートは心の中で勝ち誇ったように呟いた。
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