10.Attacco
「クランさんの家は神職だったんですか」
「そうです。お仕事、いっぱい」
アルバートが別の部屋で物騒な会話を繰り広げているとは知らないクランとリアはのほほんと世間話を続けていた。
「航海の安全大事。だから私の家、お金いっぱい渡される」
「へー……航海かぁ。私、海に行ったことないから憧れるなー」
「リアさん、海行ったことない?」
「はい、私山の方の出身なので。といってもクランさんのと違って本当に何も無い、イメージ通りの村ですよ。畑があって山があって川が流れてて」
リアは故郷を思い出したのか、笑いながら話し始めた。
「あ、でも年に一回格闘大会があって。一応私、六連覇してるんですよ?」
「それすごいですね! だからゴブリンボコボコできた」
「ホブゴブリンに受け止められてからは返り討ちでしたけどね……」
その時のことを思い出したのか、リアの表情が曇る。クランは慌てて両手を振って謝った。
「ご、ごめんなさい。変なこと言った」
「いいんです、実力が無いのは自分でも分かってますから」
リアは天井を見上げると息を吐いた。
「村では歳上の男の子相手でも余裕で勝てて。この力をもっと多くの人のために使いたい、って駄々をこねて出てきたんですけど、最初に入った所では荷物持ちぐらいしか任せてもらえなくて」
その扱いが不満で、リアは早々にそのパーティを抜けた。
しかし新しいパーティへの就職活動や個人での活動をしていくうちに町には自分なんかよりも強い人達がゴロゴロしていることに遅ればせながら気付いた。
野生の獣達には人型の物を倒すために作られた拳法は通用しないことに気づかされた。
そうして高かった自信やプライドはへし折られた。
しかし村に帰る選択肢は選べなかった。
「父に約束してしまったんです。名前が知れ渡るようになるまで村には帰らない、って」
それだけの覚悟を持っていたから、父は折れてくれたのかもしれない。
しかし覚悟だけで活躍できるほど現実は甘くなく、自信満々で言ってしまった目標は自らを縛る鎖になっていた。
明日はどうなってるか分からない、不安定なその日暮らしを続けること一年。
ある日、いつもの通りに依頼が沢山貼られた掲示板に目を通していると後ろから突然声をかけられた。
それがティント達だった。
「どれだけ実力が無くても、初めて私がやりたかったことを『やってもいい』『一緒に成長しよう』って言ってくれたんです。……だから、守りたかった」
思いの丈を吐き続けるリアの言葉を遮らず、クランは黙って聴き続けた。
「夜、寝る前にいつも思うんです。私にもっと力があったら、余裕があったら、知識があったらスーラさんも救えたんじゃないか、って」
「それ、分からない。結果論、何でも言えます」
「分かってます、分かってますけど! でも……うっ」
「リアさん、大丈夫ですか?」
興奮しすぎたのか、リアは咳き込み始めた。クランがその背中をさするがそれが止む様子はない。
ますます苦しそうに体を丸めさせるリアのただならぬ様子を見て、クランはベッドの脇に置いてあったナースコールのボタンを押した。
その伸ばした腕を突然リアが握りしめた。
「リアさ……」
折れているはずの手に込められた強い力にクランは言葉を失う。
荒い呼吸のままあげられたリアの瞳孔は開いており、明らかに常人のそれではなかった。
まずい、とクランが感じた時にはすでに遅く。
「大丈夫ですか⁉︎」
医師やアルバート、看護師らが病室に飛び込むのとほぼ同時に、クランの右胸をリアの左腕が貫いていた。
看護師が悲鳴を無理矢理押し込める中、声に気づいたリアがゆっくりとアルバート達の方を向く。
その肌はじわじわと自分を犯した物と同じ色に変わっていた。
「そんな、予定では明日の夜のはず」
「そんなこと言ってる場合か」
次の標的を見定めたのかニヤリと笑うリアを前にしても恐慌している医師達を叱咤してアルバートが一歩踏み出す。
その時、聞こえるはずのない声が響いた。
「はぁーあ。気に入ってたのにな、このワンピ」
声の主は逃げられないように左腕でリアの腕をしっかりと掴むと、声に反応して振り返ったばかりの頭に全く加減されていないハイキックを食らわせた。
不意打ちを食らったリアはその勢いのままベッドの脇の金属製の柵に強く頭を打ち付けて倒れた。
「か、確保ー!」
リアが気を失ったのを見て、職務を思い出した医師達が慌ててベッド脇に突入する中、功労者はその邪魔をしないように脇に寄ってそのまま病室を出ようとした。
「おい、どこにいくつもりだ」
入口の前に唯一残っていた男に声をかけられ、足を止める。
「宿に戻る。さすがにお仕事の邪魔をしてまで見舞うつもりはないからな」
「ならせめてその胸に開いた穴は隠していけ」
「穴? そんな物はないぞ」
布を引っ張り、無傷の胸を見せつけるクランにアルバートは苛立たしげに自分が羽織っていた上着をかぶせた。
「お前は良くても道ゆく奴らが困るんだよ。貸してやるからさっさと宿に戻って代わりの服を着てこい」
「……ああ、そっちか」
妙に納得した風のクランが上着のボタンまできっちりしめる中、アルバートは厳しい目つきで呟いた。
「その体は『爆弾』とやらの副作用か?」
「おや、覚えていてくれていたのか。すっかり忘れ去られていたものだと思ってたぞ」
拘束するための金具の音が背中に聞こえる中、クランがからからと笑う。
「詳しい話を聞いたら後には引けなくなるが構わないか?」
「様子を見てしまった奴を皆殺しにしない程度の秘密程度で脅そうとするな」
「そうかい。……今晩の七時にアスールの酒場で落ち合おう。また後で」
あっさりと断られたクランは口を尖らせながら病室を後にした。
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