11.Quarrel

 クランが鎧姿で両肘をついてテーブルについていると扉が開き、アルバートが入ってきた。


「おお、こっちだこっち」


 手を振って声をかけるとアルバートは仏頂面でクランの対面に座った。


「……お前のせいで入る予定だった報酬がなくなった」

「知ったことか」


 いきなり恨み言から始めたアルバートをよそにクランは給仕を捕まえると彼が来る前に目星をつけていた品を次々に注文していった。

 注文が終わった所で、アルバートは腕を組んでクランを見つめた。


「早速だが、その体のカラクリについて聞かせてもらおうか」

「んー、どこから話すべきか。……とりあえず今の私について話そうか。私は神の復活を止める、または神の息の根を止められる人を見つけるように上から命じられてここまで来た」


 そう前置きするとクランは徐にテーブルの上に置かれているナイフを取り出し、自分の手に突き刺した。

 そしてすぐに抜いたナイフには血の一滴もついてなかった。


「リア殿の件でもう分かってるとは思うが今の私には血が通っていない。とはいえ痛みとかは普通に感じるんだがな」


 異常に白い肌、長時間走った後も全く息切れを起こしてなかったこと、明かりなしで真っ暗な洞窟の奥に走っていけたこと。

 これらからクランが普通の人間ではないことは何となく察してはいた。

 抜いた先から塞がっていく手の甲の傷を見つめながらアルバートは無言で話の続きを促した。


「私の家にはあるしきたりがあってな。十二年に一度、妙齢の女性を神に捧げて航海の安全を確保しなければならなかった」

「捧げた結果がそれか?」

「私はイレギュラーだ。普通捧げられた者は神に喰われてそのまま死ぬ。……普通の者が聞いたら怒ったりするんだが、アルバート殿は気にしないのだな」


 しばしの無言の後、クランは意外そうに首を傾げる。


「……国が黙認していることに一介の市民がわーわー騒いでも無駄な話だ。『しきたり』になってしまうだけの犠牲があったからそうなったんだろう?」

「ああ。こちらにも大災害というていで伝えられているだろう」

「あいにく世界史には詳しくなくてな。で、そのイレギュラーはなんで起きた?」

「分からない。食べられる前に全身に塗りたくっといた毒が効いたのか腹の中で意識がなくなるまで剣を突き刺しまくったのがよかったのか……。とにかく、長年我々を悩ませていた神はたおれ……」


 ここで頼んでいた料理が運ばれ、クランは口をつぐんだ。

 給仕が注文の確認をし、伝票を置いて下がるとクランはアルバートに向かって手を差し出した。


「食べながらでも聴き続けてくれ。一食ぐらいなら抜いても何とかなる」

「そこまでは食わないが……お言葉に甘えて」

「うむ。……とにかく、斃れた神の胃袋を切り開いて私は救出された。だが私を救出した次の瞬間に、その切り開いた箇所が塞がっていってしまった」

「死んだのではなく、休眠状態に入ったと?」


 アルバートの予想にクランは目を丸くしたがすぐに真顔に戻った。


「アルバート殿ほど聡明な者なら分かるか。学者連中の見解ではそうだ。……で、ここから私の体の話に戻るんだが、私の体も神と同じ物になっていた。検査のために採血をしようとした時に発覚したんだがね」


 まるで他人事のように話しながらクランは目の前のパンを取ると二つに割いた。


「こんな感じで神が私の魂と自分の体の一部を素材にして切り分けて逃げ道を作ったんだ、なんて言うやつもいた」

「……じゃあ今のあんたは神そのもの、ってか?」

「分からん。ただ、もしそうだった時に神の意識が戻ったら」


 クランは手の中のパンを握り潰した。


「怒り狂った神は私の体を触媒にして暴れ回るだろう、と判断された。だから私は海から離れることになった」

「こっちの都合は無視か」

「その点はすまないと思う。だが海に残るよりも遠い陸地に打ち上げた方がまだマシだろうと判断されたんだ。……あと、神を倒せそうな者が国内にいなかったからな」


 当人も今の現状が外交的にも色々とまずいことがわかっているのだろう、クランは視線を逸らしながら小声で呟いた。


「で、そんな化け物にどうして俺をぶつけようとした」

「そんなの、君が一番分かってるんじゃないかフランシスー」


 そう苦情を入れようとしたその時、そんな声と共にアルバートは後ろから何者かに抱きつかれ、口の中の料理を喉に詰まらせかけた。


「いつ以来かな? 受任式以来?」

「アルバート殿、そちらの方は?」


 咳き込みながら満面の笑みをこぼす優男の姿を見て、アルバートは嫌そうな表情を浮かべた。


「アルバート? フランシス、まだその名前使っていたのかい?」

「どの名前を使おうと俺の勝手だろう、リッキー」


 青年リッキーの拘束を解くアルバートにクランは目を丸くした。


「アルバート殿はアルバートではないのか?」

「戸籍上はねー。こいつの今の名前はフランシス・シナトラだよー」

「勝手に答えるな。そして間違ったことを教えるな」

「間違ってなんかないよ。なんなら今から役所に行ってみる?」

「んん? ちょっと待ってくれ。つまり、アルバートというのは名前ではなく苗字で? 元々はフランシス・アルバートという名前だったのか?」

「そうそう。改名させたの」

「今もだ」


 とっさにアンテロープ語に切り替えられなかったクランを気使ってか、互いに違うことを他国アビレオ語で言い合うリッキーとアルバートにクランは首を捻りながら唸った。


「まさかアルバートなんて苗字があるなんてな。今までずっと名前だと思ってた。世界は広いな」

「あ、そっちにいくんだ」


 斜め上の発想にリッキーは面食らいながら、給仕が気を利かせて持ってきてくれた椅子に腰を下ろした。


「まあ、名前のことはいいや。フランシスはここで何してるの?」

「こいつの身の上話を聞いてた」


 そう言ってアルバートは親指でクランを指した。間違ってないだけに黙って頷いたクランにリッキーはようやく自己紹介を始めた。


「そうなんだ。はじめまして、俺リッキーっていいます」

「クランです」

「フランシスは今、この子とパーティを組んでるの?」

「いや、全くのフリーだ」


 その言葉を聞いたリッキーは目を輝かせて身を乗り出した。


「じゃあさ、俺達の傭兵団に入ってよ!」

「嫌だ、面倒くさい」


 しかしアルバートは一考することなく、速攻で断った。

 あまりの即決にリッキーは打ちひしがれながらも縋り付いた。


「なんでさー! 依頼ないなら一緒にやろうよー」

「うるせぇ。お前のとこみたいに指示を出し合いながらやるのは性に合わねぇんだよ」

「フランシスは好き勝手にやっていいからー」

「お前はよくても他も良いとは限らねぇだろ」


 子供の口喧嘩のような押し問答が交わされる中、クランはわざとらしく咳払いをした。


「……失礼。ちなみになんだがリッキー殿の傭兵団は護衛任務は受けてくれるのか?」

「ん? 受けるよ?」

「なら私の護衛を受けてくれないだろうか」

「いつから?」

「出来れば今から。期限は私が死ぬまで、という物なのだが……」


 本当に戦力になりそうであれば誰でも良いのか、クランはリッキーにも声をかけ始めた。

 しかし条件が条件なだけにリッキーは困りながら首を傾げた。


「んー、それはいくらお金積まれても無理かな。それこそ仲間に迷惑がかかっちゃう」

「そうか。なら譲るわけにはいかないな」

「へ?」


 クランは立ち上がると突然アルバートの右腕に抱きついて言い放った。


「アルバート殿には私の護衛をしてもらうつもりだからな」

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