4.悪戦苦闘
第六陣、敗走。
その一報が届くとヘサス・バルデスの町は大混乱に陥った。
逆襲を誓う面々に近隣住民なら知らない者はいないほどの実力者である所長が加わった万全の体制だっただけにその衝撃はより大きかったのだろう、逃げ出そうとする人々をケガなく通すために帰ってきたばかりの軍人達は奔走せざる負えなかった。
隣国の危機を受け、アンテロープ政府はリッキー達率いる第十騎士団の派遣を公に発表し、エレパースも軍の派遣を検討しだしたという報道も一部からなされた。
「エレパースは来たとしても討伐というよりも捕獲の方を優先するだろうな」
件の報道が書かれた新聞を開きながらアルバートは渋い表情を浮かべていた。
「一国の軍隊を軽く蹴散らす戦力だ、隣国としてはぜひとも迎え入れたい」
「で、第七陣の依頼は出たのか?」
アルバートの問いかけにクランは首を振った。
「依頼は出なかった。全員強制参加、市街地戦に持ち込むようだ」
向かい来る敵にしか攻撃しないことから街に招き入れても問題ない、と判断したらしい。しかし同時に防衛側も大きな魔法を封じられることも指していた。
ただし、これまでの六回でとっくのとうに放って通用しなかったそれを使おうとする者はいないためそこまで厳しい物ではなかった。
「ふーん」
「なんだ、報酬が無くなって不満なのか?」
からかって笑うクランを無視してアルバートは新聞を置くと部屋を出て行こうとした。
「おい、どこへ行く」
「気になることが出来た、調べに行く。ついてくるなら来い」
「いや、いい。アルバート殿の手を煩わせるのは忍びないからな」
アルバートは会釈すると振り返ることなく部屋を出て行った。
「さて、詳しい雇よ……」
言いかけた所で目の前にいる相手がアビレオ語を話せないのを思い出した様子のクランを想像しつつ、アルバートは一階にいる仲介所の事務員に声をかけた。
アルバートの要求に事務員は快く頷くと分厚いファイルを三つ奥の戸棚から取り出した。
「とりあえず、ここ一年の未解決事件はこれで全部ですね」
「やけに多いですね」
「国境に面している分、人の出入りが激しいが故にこうなってしまっているのでは、と我々は見てるのですが」
無念そうな口ぶりを聞きつつアルバートが開いたファイルには大量の個人情報と概要が記されていた。
「こんな時に誘拐事件の調査なんて呑気な物ですなぁ」
通りがかった傷だらけの傭兵がアルバートに嫌みたらしくすれ違いざまに声をかける。
どうやら前回以前の隊列の中にいなかったことを逆恨みしているようだった。
「敵のことを知らないで無闇に特攻する奴らの巻き添えにはなりたくたくてな」
「ああ?」
「ちょっと、仲介所で揉め事はよしてくださいよ?」
アルバートのつぶやきに傭兵が突っかかろうとしたが職員に笑顔で声をかけられ悪態をつきながら離れていった。
「……ああいう奴が真っ先に命を落としていくんだ」
「傭兵さん、あっちの戦争にいたんですか?」
「ああ」
質問にそう短く返すとアルバートはファイルを返して外へ出た。
そして辺りを見回すと人気のない路地裏に向かった。
「……馬は鹿を笑えない」
アルバートのつぶやきに反応したかのようにレンガ造りの壁が崩れ通路が現れる。
その奥からニヤニヤと人を食ったような笑みを浮かべて黒いフードを羽織った老人が姿を見せた。
「おや、お客様は初めての方ですかね? 一体どんなことをしたのでしょうか?」
「……昔捕らえた奴からここを聞いた」
「おや、役人の方ですか」
「大丈夫だ、告げるつもりはない」
鋭い視線を向けた老人にアルバートは落ち着いた様子で腕を上げた。
「聞きたいこととやりたいことが一つずつある」
「内容によりますな」
「まずは……この街で起きている誘拐事件について何か知っているか?」
アルバートの質問に老人は目を細める。
「ここの誘拐の発生件数は異常に多い。公になっている被害者で奴隷としてここから外に出している犯罪者はいるか?」
「否ですな」
全く考える様子も無く、老人は即答した。
「確かにこの通路は後ろめたい者も構わず通す隠し通路でございます。しかし、自分の意に反して通らされそうになっている者を通すほど私は落ちぶれておりませぬ」
この物言いにアルバートは疑う必要はなさそうだと断じた。
「そうか、なら今すぐに通してもらおうか」
「かしこまりました。ちなみに何をしに行かれるのですか?」
アルバートの服装を見てこのまま戻ってこないことはない、と思ったのであろう老人が興味ありげに話しかけてくる。
それに対してアルバートはニヤリと笑みを浮かべて答えた。
「なに、戦意があるかないか分からん死に損ないに話をしにいくだけさ」
異類異形は何してる? 高来 和良 @k_takarai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異類異形は何してる?の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます