3.曖昧模糊

「団長……」


 リッキーが宿泊先のホテルの一室で部下とトランプで遊びながらくつろいでいるとネグローニが申し訳なさそうに部屋に入ってきた。


「んー? どうしたの?」

「それが、その……」

「よ、この間ぶりだな」


 ネグローニの背から白く小さい物が顔を出す。それを視認したリッキーは露骨に眉をひそめた。

 気軽く手を挙げるそれを困惑した目で見下ろしながらネグローニは続ける。


「『お前がここにいるならリッキー殿もいるだろ、連れてけ』的なことを言われまして、追い払っても追い払っても付いて来て……」

「……いいよ、知り合いだから。ごめん、ちょっと抜けるね」


 そう言って手札を伏せると立ち上がってクランの前に立った。


「何をしに来たのかな? 首相の身辺警護から外されたのを笑いにきたのかい?」


 その一言に部下達の顔色が変わる。

 自分達が首相の身辺警護を任されていたこと、そしてつい最近その役職から外されてしまったことを知っているのはアンテロープ内でもかなり上位の面々のみである。

 そんな安易に部外者に知られてはいけない事実を団長は気軽に口に出した。

 つまりこの白い少女がその面々と近しい間柄であることを暗に示したのだ。

 そんな御仁に対して無礼な態度をとってしまえばただでさえ立場が悪くなっている自分達がどうなってしまうかは火を見るよりも明らかだった。


「いや、ちょっとアンテロープの軍部に確認したいことがあってな。ちょうどこいつの姿を見つけたからきっとそなたもいるだろうと思って追いかけさせてもらった」

「そう。今の時間は……レストランもバーも開いてなかったはずだから……」


 話す場所を考え始めたリッキーに向かってクランは微笑みながら首を振った。


「いや、むしろ話が聞ける人が多い方がいいんだ。その……シナトラ殿のことについて聞きたくてな」

「シナトラ……フランシスのこと?」


 前回とは違い多人数の前だからか、アルバートのことをシナトラと呼んだクランはネグローニの前に出ると頬をかきながら視線を逸らした。


「ちょっと、私が知っている情報と違うところがゴロゴロ出て来たのでな……。元同僚から見たシナトラ殿の姿を教えて欲しいのだ」

「うーん……じゃあとりあえず君が持ってる情報から教えてよ」

「あ、すまないな」


 リッキーは椅子をクランに差し出すと自分はベッドに腰掛けた。


「とりあえず良い方だと、内戦に大きく貢献した功労者の一人。軍神。凄腕の銃使い。大物殺し……といったところかな」

「ふんふん」

「反応に困る物だと、一匹狼。歩くデコイ。あらゆる報酬を拒否した変わり者。二重人格者。普段は喋らないくせに突然オカマになってフレンドリーに接してくる。恩知らず……まだまだあるが」


 何とも言えない表情を騎士団の面々が浮かべ始めたのを見てクランが気を遣って指を折るのをやめる。

 するとリッキー達は困ったような顔をしながら笑みを浮かべた。


「……やっぱり悪評の方が多いか」

「まあ、フランシスに手柄を取られたと思ってる同業者は大勢いますからね、仕方ないっちゃあ仕方ないですけど」

「でも、そんな相手をよく雇おうと思ったなこの嬢ちゃんは」

「あー、これくらい、操れる、思いました」


 団員達がアンテロープ語で次々に感想を言い合う中、クランが片言のアンテロープ語を使うと一瞬の沈黙の後大爆笑が起きた。

 そこまでおかしなことは言ってないだろう……とクランが内心不愉快になっているとリッキーは笑っている部下達を横目で見つつカードを再び手に取った。


「……まあ、どれも間違ってはいないね。確かに側から見ればそう思われるような行動をフランシスはしてるし。ただ彼の手の届かない所で起きていることもある。たぶん一番聞きたいのはそいつのことじゃないかな」


 そして十二番……女王クイーンのカードをクランに見せた。


「フランシスの中にいるもう一つの人格。フランシスが出た戦場にやって来た獣達はこぞって『姫』と呼んでいた。そしてその姫に気に入られたいが為に王国軍を蹴散らしてくれた」

「姫……」

「でも姫様は満足せずにフランシスに彼らを殺すように命じて、フランシスはそれを履行した。多分それが大物殺しの由来だね。でも実力としては姫の方が圧倒的に上だ。獣にしか出来ないようなことをフランシスの体でやってみせるんだから」


 リーブスの言葉が、ネグローニ達に催眠をかけたあの夜の光景がクランの脳裏をよぎる。


「それこそ今話題の精神体がフランシスに取り憑き続けているのかもしれない。真相は彼らしか知らないけどね」

「精神体、か……」


 考え出したクランにリッキーは手札をシャッフルしながら言葉をかけた。


「ちなみにフランシスも姫も答えてはくれなかったよ。正体も馴れ初めも。ただ、これだけは必ず言えることがある」


 そしてシーツの上に手札が表になるように広げる。そこにはポーカーで一番強い役が揃っていた。


「彼らは僕らの国の最大戦力であり、この世界を滅ぼしかねない可能性も秘めている。操れるなんて呑気なことを考えてたら痛い目にあうよ」

「……ご忠告、感謝する」

「まあ、今の彼らにその気はなさそうだから良いんだけどね。……くれぐれも人類に絶望するようなことをやらないでくれ。フランシスを雇い続ける気でいるならさ」


 役を見て笑顔を引っ込めて嫌そうな顔を浮かべる部下達を尻目にリッキーは真剣な眼差しをクランに送り続けた。

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