第二章:どさくさに紛れた。
Prologue
その男は立っていた。
その様を見ていた。うつ伏せの鎧姿の少女は呆然とした。
「どう、して……」
男が大剣を引き抜くと目の前にいた少年は力なくその場に崩れ落ちた。
その少年は敵なんかではない、パーティを組む味方だった。
男は味方だった少年を、後ろから何の前触れも無く突然刺し殺したのだ。
「相手が刃物を使う奴で助かりましたよ」
男はすでに斃した獣に視線を移して言った。
かつての傭兵の死体を素体にし、周りの魔力を吸収した結果と見られる肥大化した手には筋力のある者にしか使えないであろう巨大な肉切り包丁のような刃物が死してもなおしっかりと握られていた。
「おかげで私が殺しただなんて一切思われない」
「なん、で……?」
少年は本当に真っ直ぐなやつだった。
貧民街の生まれで、子分達の食い扶持や学費を稼ぐためにこの業界に入って。
早く一端の傭兵になりたいからと、心優しい先輩の姿を見るとすぐに飛んでいって、先達の経験による知見を教えてもらったり手合わせをしてもらったりしていた。
向こう見ずで失敗も多いが、そこもひっくるめて彼は沢山の同業者やその関係者から好かれていた。
そんな一生懸命な彼が男に恨みを持たれるようなことをしていたとは、少女の知る限りでは無かった。
「なんで? それは、こいつが活かせない才能が惜しくなったからさ」
少女の声に男が大剣を肩に担ぎながら答える。
「神様は我々に等しく才能を下さる。しかしほとんどの者はその才能に気づけず活かせないままに死んでしまう。気づけてもその才能を最大限に発揮することなく死んでしまう。そんなの、神に対する冒涜ではないか」
まるで吟遊詩人のように空いている方の手を広げて熱弁する男は笑みを浮かべた。
「だから、私は回収したのです。この憐れな仔羊の才能を。彼の与えられた才能をちゃんと活かすために」
「狂ってる……」
先の戦いで獣に脚の腱を切られてしまった彼女はゆっくりと近づいてくる男を涙目で睨みつけるしかなかった。
それが、今の彼女に出来る唯一の反抗だった。
「心配しなくともあなたの才能も無駄にはしませんから」
次の瞬間彼女の視界は地を転がった。
「神よ、あなたのお恵みに気づけなかった哀れな者にも、お恵みを開花する前にその道を断たれてしまった者にも、等しく祝福を下さいまし……」
男は胸の辺りで印を切ると、微笑みながら手を合わせた。
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