2.How do you do?

 自分達の与り知らぬ所で勝手に誕生した傭兵の山。

 そんな彼らの動きを知ってか知らずか、アンテロープもある施設を新しく創設した。


 それが「依頼仲介所」である。


 近隣の町村全体からやり手が見つからない些細な仕事から存亡に関わるような重大な案件まで昼夜危険度関係なくかき集め、やってくれる人を募るこの施設は傭兵だけでなく老若男女多くの人々からも信頼され利用されることとなった。

 それはここ、名物や観光資源の類がほぼない寂れた街カンポスにある仲介所であってもそれは例外ではない。


「なんで俺まで……」


 その一室にアルバートは座らされていた。


「彼の話を聞いていて察しているだろう? これほど現実が見えてない様子では間違いなく返り討ちに遭う」

「遭うだろうな」


 隣の席に踏ん反り返って座っているクランの言葉にアルバートは反論せずすぐに頷いた。


「彼が酷い目に遭うのは私も構わない、舐めてかかった自己責任だ。しかしそれにお仲間が巻き込まれるのは非常に心苦しい」

「それはどうだか。こいつの独断を許してる仲良しこよしのチームだろ? 見てて分かるだろう?」

「それは、そうだが……」

「どうしても切り捨てられないならあんた一人で手伝え。俺はどうでもいい」


 そう言って席を立とうとするアルバートの腕をクランはとっさに掴んだ。


「いや待て、私はアルバート殿から例の話の答えを聞いてないぞ。聞くまでは離さん」

「俺は聞くだけ、と言ったはずだが?」

「……二人とも聞いてる?」


 二人がそんな話を交わしていると少年は心底不愉快そうな顔をしてこちらを見ていた。


 少年はティントと名乗っていた。

 まだデビューして間もないが、経験を積みつついずれは英雄と呼ばれるような者達の仲間入りをしたいとここまで熱く語っていた。


 一体何がそこまで彼を駆り立てているのか、尋ねてみたい気は最初こそあった。

 しかし著名な剣士や傭兵の名前を次々に挙げてはいずれ自分も、と長々と語り続ける彼にそんなことを聞いてしまえば今夜の睡眠時間に差し障りが出ることは簡単に予測できたので、クランはそれを胸の奥へとしまいこんで終わりが見えない自分語りを途中から聞き流していた。

 もっとも、アルバートは最初から聞く気がなかったようだが。


「えー、あー」


 答えを返そうにも適当な言葉が思い浮かばずクランは呻きながら、ティントの幼馴染であるという回復魔道士の少女ベラーノに目で助けを求めた。

 しかしその当人は英雄譚だか憧れへの妄想なのだかよくわからない語りを続けていたティントをきらきらとした目で見ながら、頬を赤らめていた。


 明らかな人選ミスだった。


「悪い、聞いてなかった」

「全く、仕方ない人達ですね」


 無駄なあがきをしようとしたクランに対して、早々に開き直ったアルバートに臙脂えんじ色のフードを着た少女はため息をついていた。

 その表情はティントの話が止まって心底ホッとしてます、とでも言いたげな雰囲気だったが、アルバートは彼女がフードの隙間からちらちらと、ティントの一挙一動に目を向けてはふっと吐息を漏らしているのを見逃してなかった。


 彼女の名前はスーラといい、二人がカンポスに出てきたその日に知り合い、以降ずっとパーティを組み続けているそうだった。

 年はこれまたティント達と同じくらいらしいが魔道士の養成学校を卒業しており、洗濯する時以外は肌身離さず身につけているというフードはその証なのだという。


「全く……。ちゃんと聞いてくださいよ」

「ティ、ティントさん。そろそろ依頼について話しましょう?」


 空気が悪くなりつつあることを察したのか、格闘家であるという少女が手を挙げた。

 何かしら話がいい所に差し掛かっていたのか、さらに不満げな顔を見せるティントと、その語りを途中で止められようとしていることに不機嫌さを隠そうともしないベラーノ二人の視線を受けて少女は小さくなった。


 少女の名前はリアといい、これまでの三人とは全く別の村から出てきたそうだ。

 四人の中でカンポスでの活動歴は一番長いものの、パーティに入ったのは最後らしく発言権は無いようだった。


 この有様にアルバートは内心、盛大にため息を吐き出していた。

 まず輪をかけてメンバーの経験が少なすぎることが一つ。

 二つ目にほとんどのメンバーが完全に仕事を舐めているか他のことに関心がいっていること。

 最後にティント以外のメンバーが全員女性、ということだ。

 これまで異性関係に関するトラブルが原因で著名な傭兵団が分裂・解散、酷いところでは全滅してしまったという話はいくつもあり、傭兵の間で半ば本気で語られている「一点では組むな」という不文律を堂々と破っている。


 これらからこのパーティは文章だけで見ればバランスの良い編成に見えるが、その実は問題の種を抱えまくった集団、と受け取れてしまうのだ。

 といえども、黙って投げ捨てて回れ右をするのは隣の疫病神クランが許しそうにない。


「そいつの言う通りだ。俺らは仕事に誘われたのであって自己紹介をしに来たわけじゃない。これ以上自分語りを続けるつもりなら俺は帰らせてもらう」


 なら宣言して既成事実を作るまで、とアルバートは腹を括ってティントを睨みつけた。

 文句あるか、と言わんばかりのアルバートに気圧されながらティントは平静を装いつつ頷いた。


「……いや、そうだな。確かにお互いのこともなんとなく分かっただろうし、そろそろ本題に移ってもいいかもしれないな」

「えぇ? ティント、ほんとにこいつを連れてくの?」


 仕事の話をようやく始めようとしたティントに口を挟んだのはベラーノだった。


「今回の仕事は別のパーティとも組む、っていうのはベラも同意してただろ?」

「したけどさー。何もこんな奴じゃなくてもいいんじゃないの?」

「仕方のないことではないでしょうか?」


 反抗してくるアルバートを嫌がる気配を隠そうともしないベラーノを見かねてか、スーラが口を出した。


「経験も実績もない私達のようなパーティにそれなりの人が加入してくれるとは思えないわ。それを考えれば彼のような人でも入ってくれることは将来的に見てもプラスだと思うけど」

「そうかもしれないけどさぁ。リアはどう思うの?」

「ふぇっ⁉︎ わ、私もスーラさんに賛成、です、ね」


 完全に孤立してしまったベラーノはつまらなそうに鼻をすすると明後日の方向を向いてしまった。


「別にずっとパーティに入れてくれというわけじゃない。今回だけの臨時、ってことなんだから我慢しろ」

「あんたさえ良ければ、正式に参加してくれても」

「お断りする」


 これまた不快感を隠そうとしないアルバートにティントがそんな勧誘をしてきたが、アルバートは即座に断った。

 良好な人間関係が構築できそうにない集団に加わるというデメリットが際立って、メリットがほとんどない場所に好んで首を突っ込むほどアルバートは愚かではなかった。


「そ、そうか。……じゃあ改めまして、今回の仕事はゴブリンの討伐だ。ここから徒歩で三日ほどいった所にある村の近くの森にゴブリンが出たから退治してくれっていう依頼だ」

「ゴブリンの数というか、群れの規模みたいなものは?」

「分からない。村人が森で狩りをしているときに遭遇して逃げ帰ってきたらしい。まぁ、どのくらいの規模でも所詮ゴブリンだろ? たいした相手じゃない」


 気楽な調子でそう語るティントに一抹の不安を覚えないでもないアルバートではあったが、ちゃんと対処すればそれほど危険な相手でないことも確かだったので、それ以上追及することはしなかった。


「問題がなければ明日の朝にでも出発したいんだけど、どうだろう?」

「そうだな……いいんじゃないか?」

「じゃあ東門の前で集合ってことでいいかな?」


 ティントの提案に女性陣から異議が出ることはなかった。

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