魚眼の町

 いつからだろうか、周りの人たちが変わってきた。

 中身が……と、言うのもあるのだけど、外見がもはや以前とは異なるのだ。


 いつからだろうか、周りの人たちの態度が変わってきた。

 私は、自分ではそれほど容姿がいいとは思っていなかったのだが、家族、友人、その他の人たちにも、「Aちゃん、綺麗だからもてるでしょ?」とか、「美人は得だよねー」とか、いろいろ言われていささかゲンナリとしていたのだが。


 それが、今では。

「気持ち悪い」「不細工、ブス」などと、陰口どころか目の前で言われ、また違う意味でゲンナリしている……いや、限界も近いかもしれない。

 正直、精神的にかなり参ってしまっている。


 いつからだろうか、私以外の人たちの姿が変わってきたのは。

 みんな、目が大きく膨らみ瞬きをしなくなった、首の周りはたるんでいて、まるで何か隠しているようになった、夢遊病者のようにふらふらゆっくり歩き……。


 家に帰り付いても私には居場所が無い。

 なにせ、私は家族からも避けられるようになってしまっている。

 そう、家族の容姿も変わってしまっている。


 いつからだろうか、食卓に並ぶものは、魚介類かその加工品ばかりになった。

 私は、弱い魚アレルギーが有り、口を付けられない。

 私は、自室に閉じこもり買ってきたパンにかじる。

 販売店も、私の食べられるものが少なくなってきている。


 あぁ、もう耐えられないかもしれない。

 私は、マスクをかけ顔を隠して、家からすっかり暗くなった外に出る。

 行く当てはない、町中も生臭い嫌なにおいがする、商店街も、ほとんど店が開いていない。

 大型量販店も、シャッターを閉めたままだ。

 これが今の、この町の日常。


 私はおかしくなってしまったのだろうか、昔からこの世界はこうで、私が異物なのだろうか。


 人気のない公園のベンチに座り、私は泣いた。

 もう、どうすればいいのかわからない、誰か助けて。


 顔を覆い、涙を流していると、小さな足音と人の気配がする。

 はっ、として顔を上げると、こんな公園に三人の人影が私の方に歩いてくるのが見えた、街灯に照らされてなお暗く顔がわからない。


 背筋がゾクリとした。

 危ない人たちだろうか? 私はベンチから腰を上げ逃げだそうとした。

「待って!」

 女性の声だ、三人の内の小柄の人影、三人とも私と同じでマスクで顔を覆っているが、目は私と同じ普通の人の目に見える。


 私のそばまで来て三人がマスクを外す、あぁ、この人たちは普通の人たちだ。

「あなた達も、普通の人なんですね」

 私はうれしくて、また涙が出る。


 女性が、落ち着かせるようにゆっくり話しかけて来た。

「ごめんなさい、驚かせてしまって、私たちはあなたを迎えに来たの」


 私は、この三人に案内され、秘密裏に作られたのか、駅前のビルの隠し扉の奥にある地下に来た。

 そこには、私と同じように人々が居た。


 この人たちは、感染していないかしばらく私の事を見ていたそうだ。

「間に合ってよかった」

 そう言われた、姿が変わっていしまった人たちは、ある組織によって姿が変わるよう何かに”感染”させられたらしい。

 私は、アレルギーのせいで助かったのだ。


 そして、この人たちは、”元の世界に戻そう”と集まった人たちだそうだ。

「あなたも、仲間になってほしい」

 そう言われた、私がおかしいのでないのなら、あたし以外のおかしくなった人達が元に戻るなら、そう思って私はこの人達の仲間になる事にした。


「元に戻す手があるんですね? 私達で出来る」

 私は疑問を口に出して聞いてみた、この人達は何かをするらしいが、ソレは私にもできるんだろうか?


「えぇ、出来るわ、元に戻すのは私達では無理でも、あの御方ならできるの」

「そう、私達が、あの御方の御力でこの世界を元に戻すんだ」

 あの御方? 誰か対処できる人が居るのだろうか?


「いよいよ、今日、実行される、この時をどれほど待ったか」

 一人の男性が感慨深げにつぶやく。

「さぁ、あなたも行きましょう」

 一人の女性が私に話しかける。


 大きな部屋に大勢の人が集まっていた。

 私以外にもまだ人がこんなに残っていたんだ、と少し感動する。

 前の少し高くなっている舞台に、男の人が立っている、鋭い目のお爺さんだ、片手に本を持っている。

 あの人が何とかできる人だろうか?


 周りの人達が皆跪き、妙な何語かわからない祈り声で、部屋中に響き渡る。

「さぁ、あなたも跪いていっしょに祈りを」

 隣のおばさんが、私の袖を引っ張る。

 私は諦めた、変な宗教だろうか、望み薄だ。

 でも、私以外でもちゃんとした人が残っていたのは、幸いかもしれない。


 私も跪いて、祈るふりをする。

 を着た集団が何かしてるなんて、何の冗談だと思われる、まぁ、私も着てるんだけど。


 いえ、そう、冗談だと思っていたんだけれど。


 空気が震える。

 何か、低く振動する、そう、発電機のような物が動いているのかと最初は思った。

 でもソレは、だんだんと大きくなり唸り声のような音まで聞こえてきている。

 ここにきて、私はとんでもない事に巻き込まれたんではないかと、自覚しだした。

 これなら本当に、私の周りの人達や家族を、あの”魚のようになった顔”から救えるのかもしれない。


 ほら、舞台の上でお爺さんの頭の上にできた、まるで墨で塗りつぶした丸窓のような黒い渦が、空気を震わせてだんだんと、まるで闇の底から這いあがってくるように、神々しいナニカがそこから。

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