冷たい手

 異都墳いとはか法子、年齢14歳、海外で飛び級で大学卒した天才少女。


 二親は居る、血はつながっていない、本当の両親は亡くなっている。

 貿易会社の社長令嬢、金には困ってないのだろう。


 顔立ちは美しい方だろう、大きな目、通った鼻、形のいい唇、つややかな長い髪、だが。


 細いのだ、彼女を見た人間は、病気を疑うだろう。

 骨と皮ほどではないが、かなりやせ細っている。




 そんな彼女を俺は調べている。

 俺は、探偵業をしている丹沢拓己。

 依頼主は、世界的な某宗教団体に所属する男、個人的な依頼という事だ。

 依頼内容は、『一ヶ月間、彼女の身辺行動を調べてくれ』って事だった。

 正直、知られてる以上の事は出てこない、天才と言われた彼女だ、海外に居る時から支援する団体企業が多かったし、研究やらなんやらで出向いてる。

 たまに一人で散歩に出かけるので、誘拐でもされないか心配になるくらいだ。


 特に何も出なくても、報告するだけで提示された料金も大幅に色を付けてくれているので、ちょろい仕事だ。


 彼女は、天気のいい日は、散歩がてら公園に読書をしに行く。

 俺は、その後を尾行していく。

 こんな事をするのも後一週間を切った。

 公園の手前で、彼女はコンビニに入って行く、出てくるとその手にはコーヒーが二つ。

 トコトコとこちらに近づいて来て、ニッコリとほほ笑みながら片方に持っているコーヒーを差し出してきた。


「はい、どうぞ、丹沢拓己さん、お仕事ご苦労様です」

 俺は間抜けな顔をしていただろう、尾行を気付かれるようなヘマはしていない……と思うが、名前までばれている。

「せっかくなので、ご一緒にどうですか?公園にはベンチもありますし」

 彼女は、そう言って歩き出した。


 公園に着き、二人でベンチに座る。

 うらぶれた中年男と線は細いが美少女が並んでいる、親子に見えるだろうか?

 さて、たぶん、言い訳しても無駄だろう。

「えーっと、いつから気がついていらしたんですかね?」

「たぶん最初からです」

「ばれない様なヘマはしていないと思うんですけどね」

「はい、なかなか上手でしたよ」

「あはははは……」


 乾いた笑いが出る、彼女からもらったコーヒーに口をつける。

 冷たい……ホットコーヒーの容器なのだが……入れ間違えたのだろうか。

 この細い少女から、とんでもない圧を感じて、じっとりと汗が染みだしてくる。

 コーヒー飲んでも、喉が渇いてひりつく、つばを飲み込み口を開く。


「すいません、異都墳さん、依頼主については言えませんし、依頼内容についても……」

 こちらの言葉を遮るように、彼女が喋りだした。


「ええ、こちらも、気がついてから調べさせていただきましたから」

 え? どうやって? 期日が終わるまで依頼主とは接触しない約束だし、連絡方法も教えてもらっていない。


「一般情報以上のことを調べるようなモノ好きは、そうそういませんもの」

 一般情報以外にあるという事だよな。


「あちら関係を調べたら出てきましたわ、個人で動いたらしたので助かりました、上に報告するのに確証が欲しかったのでしょうね、簡単にわかるはずなどないのに」

 つまり、上に報告して動かせる、彼女の何かの情報が欲しかったわけか、しかもそれは、有る。

 宗教組織が動くような事……俺はうすら寒いものを感じて身震いした。


「あなたの依頼料はこちらでお払いします、既にそちらの口座に振り込んであります、色も付けてありますので、これでこの件は忘れて無かった事にしてください」


「いえ、待ってください、それは」

 俺の言葉を遮るように。

「Curiosity killed the cat ”好奇心はネコを殺す”と言う、イギリスの ことわざ、ご存知ですか?忘れてください丹沢さん、あなたの為です」


 俺は悟った、彼女はワザと餌をちらつかせた、ソレに食いつくのを楽しむように。

 そして、餌に食いつくな、と言たのだ、さらに興味を引くように。

 ニッコリを微笑む彼女を見て、俺はそれ以上言葉を継げなかった。


「それでは、丹沢さんごきげんよう、またお会いしましょう」

 彼女はそう言って、ベンチを立つ。

 またって何だ、体の芯に冷たい物を刺されたようにゾクッとした、俺は関わりたくない。


 彼女は、公園を出ていく。

 入れ違うように、子供連れの母親が入ってくる、続いて数人の子供、散歩途中の年寄り、雀が噴水のそばで鳴いている、野良猫が横切る、また子供が……、おかしい。

 彼女と居た時に、何で誰も居なかった?それどころか、音すらしてなかったじゃないか、まるで彼女との話を邪魔しないように。


 俺は、慌ててベンチを立ち上がり、公園を出て彼女の姿を探す。

 数百メートルくらい先に彼女は居た、そして振り返り俺に微笑みを返し軽く会釈をしている。

 この距離で、俺の視線に気がついたように。


 不意に後ろから車が来る、かなりの速度が出ている白のワンボックス。

 車は、彼女の側に急停止し、ドアが開きマスクで顔を隠した大柄の男たちが出てくる。


 これは……誘拐?!

「異都墳さん!!」

俺は大声で叫び、彼女の元へ走り出す。


 大男たちは、彼女を捕えようと腕を伸ばす。

 彼女は軽く一歩下がる、小石でも避けるように。

 それからが妙だった、男たちは目に見えぬ何かを抱え車の中に入り、タイヤを鳴らし急発進させて行く。


「異都墳さん?!大丈夫ですか?」

 息を切らせながら、訊ねる俺に向かって、彼女は微笑みながら車を指さし。

「大丈夫です、それに」

 その瞬間、車が跳ねた。

 そして、のろのろと進みガードレールに当たり停まる。


「いったい何が?」

 何事もなかったかのように歩く彼女、車の中が見える距離まで近づいて来た。

 車の中には誰も居なかった、降りているはずはない、馬鹿なことが目の前で起きた。

「いったい何が?」

 もう一度口から出た、彼女は指をで空を指し。

「あちらに行ってもらいました」

 上を向く、空? 天? 死んだってことか? 地獄だと思うが。


 少し物悲しそうな顔で、彼女が口を開く。

「丹沢さんもご存知でしょうけど、私は今の父と母の子ではありません、本当の母は【黄色の印の兄弟団】と言うところに所属しておりました」

 彼女が学生の頃の支援団体の一つにそんな名があった。

「私の父は、その団体が信仰する一柱」

 何故そんな事を話す、何故そんな事を聞かせる。

「私の姓は、その名から付けられています」

 周りの温度が下がった気がする、彼女の口がゆっくり動く。


 その名を聞き、俺の意識は闇の飲まれていった。


 気がついた時には病院の一室だった、誰かが救急車を呼んでくれたらしい。

 近くであった交通事故関連で警察も話を聞きに来たが、関わりがない事がわかると帰って行った。


 彼女は、なぜあんな話を聞かせたのか、正直聞きたくもなかった。

 俺はもう関わりたくはない……だが……彼女は言ったのだ。

「ごきげんよう、また会いましょう」と。

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