虚空からの使者

 満天の星空の中、暗く妖しい一つの星が、とある地方の湖に落ち、航空レーダーにも、天文観測施設にも知られず、妖しい姿を美しい湖に隠した。


 その星は、美しい湖の底に沈み、得体のしれないこの世非ざるモノが姿を現していく、星空を映す美しい湖は泡立ち、そこに生きる全てを飲み、汚泥のような醜い色に変えていった。




 調査が入ったのは、数日たってからだ。


 湖の近隣の村落から連絡があり、数十人が周辺を調査することになった。

 村の住人たちは、すでに避難し村には人の姿はない。

 水が泥のような色になり、悪臭を放ち、木々は枯れ、湖周辺には小動物はおろか虫さえも居ない。


「あぁ、くそ、何とかならないのかこの臭い、臭くてたまらん」

「見てくださいよ、草やら木やら形はそのままなのに、さわったとたん崩れちまう」

「いったい何ですかね? 正直帰りたいですよ」


 水源である湖に向った調査隊一行は、その変わり果てた湖の姿に、調査員たちは絶句し、しばらく立ちつくす。


 黒く汚泥のような色、日の光に当たり虹色の採光を放ち、息が詰まるような悪臭を放っている。


「ガスマスクとか用意してもらえばよかったですよね」

「こんなになっているとは、誰も思わんよ」

 手ぬぐいやハンカチで口と鼻を覆い、ねっとりとした悪臭に皆眉をしかめている。


 泡立ち不快な臭いを漂わせる水のサンプルを採るため、一人の調査員が水辺に向ったその時、湖は姿を変えた。


 大きな泡がたつと、ソレは巨大な目になり、濁り狂気すら漂わせるその瞳は、確かな意思を備え、水辺の調査員に視線を向けた。

 もう一つの大きな泡がはじけると、ソレはまるで巨大な何かの手のように、水辺近くの調査員を包みこむと、あっとゆう間に黒い汚泥の中に引きずり込む。


 唖然とする調査員たちの目の前で、湖は次々と泡立ち、それは数多くの動物の目玉に変え、確かな意思を持ち調査員たちを凝視した。


 悲鳴を上げ、我先にと逃げ出す調査員たち、その背後で、巨大な何かが沸き立ち、無数の目をまとわらせその姿を変えていった。


 湿った、おぞけの走るような鈍い音を響かせながら、そびえ立つソレは全身に鱗と鋭い棘、無数のイボのように眼玉を飾り、まるで鳥のような小さな前肢を幾つも蠢かし、恐竜のような、いや、そのつぶれた顔は醜くゆがみ、この星の生物のどれとも当てはまらないであろう、切れ目のように薄く広がった口からは、細かく鋭い牙が覗いている。

 おぞましきはその半身、湖いっぱいの粘液に無数の出来損ないの顔を浮かび上がらせ、ブクブクと泡立っている。


 ソレは、無数の濁った目をギョロつかせ、調査員たちの逃げた方を確認すると、湖いっぱいの悪臭を放つ不定形のおぞましい体を震わせながら、調査員たちの後を追い始めた。


『腹ガヘッタ腹ガヘッタ、食ッテヤル食ッテヤル』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る