穴場

「久しぶりだな? 元気にしていたか?」


 学生時代からの友人から、連絡があった。

 電話越しに聞きなれた声が響く。


 たわいのない会話が続く、健康だの仕事だの家族だの、話す話題はそんなものだ。


「今度、釣りにでも行かないか?」

 不意にヤツはそんな事を言ってきた。

「釣り? いきなりだな……」

「まぁまぁ、穴場を見つけたんだ、すごい大物に出会えるぞ」


 正直、釣りは嫌いじゃない、釣りキチと言うほどではないが、昔は暇が有れば竿を振っていた。

 最近は仕事が忙しく、めっきりご無沙汰だが。


「あぁ、いいね、釣りも久しぶりだ、それじゃ……」

 週末に会う約束をし、久しぶりに会う友人との釣りに心が踊る思いだった。


 楽しみにしている、そう言って通話を切る。



 当日、最寄りの駅前に待ち合わせ時間前に着き、クーラーボックスに座って待っていると、ごっつい四駆に乗ってヤツがやって来た。

「あぁ、こういうのが好きだったな」

 そんな事を思いながら、車を降りてくるヤツを待つ。


 久しぶりに会った旧友は、酷くやつれて見える。

 肌の色が悪い顔を歪ませて、笑い顔を無理やり作っているようだ。

「久しぶりだな」

「仕事がいそがしのか?」

 そんな話をしながら、荷物を荷台に詰め込み出発をする。


 昔話をしながら、どのくらい時間がたっただろうか。

 潮の香りがする。

 海が見えてきた。

 曇りのせいか、どんよりと暗い色だ。


 舗装道路が途切れ、泥道が見え、ヤツは車を止める。

「ここからは徒歩だ、すまんな」


 林の中を、クーラーボックスを担ぎ、釣竿を持って進むのは骨がおれた。


「ストップ! 止まれ!」

 ヤツが大きな声を上げ、慌てて足を止める。

「そこから降りるんだ」

 そこ?

 林が無くなり海が見えている。


「崖か、かなり急だな……」

 覗きこむように見ると、傾斜のキツイ崖だとわかる。

 下には小さな岩場があり、そこに行くらしい。


 手近の何本かの木にロープが掛けてあり、崖下まで垂れている。

 細めのロープで釣り道具を降ろした後、節の作ってある太目のロープで下に降りていった。


「はぁ、一苦労だな、また上らないといけないと思うと……」

 うんざりとそう言って汗を拭っていると、ヤツが苦笑いを浮かべなから返事を返してくる。

「そうだな、ほら、目的地はそこだよ」


 ヤツの指差したのは、降りてきた崖に空いた洞窟。

「この中に入って行くのか?」

「あぁ、そうだ、ワクワクするだろ?」

 確かに、暗く不気味な雰囲気ではあるが、好奇心だろうか、何故か子供のように心が踊る。


 ヤツが用意した電気ランタンを持ち、洞窟の奥に進む。

 入り口は人が立って入れるほどだったが、奥に進むにつれ、広く大きくなっていった。


「すごいな……」

 思わずつぶやく。

「それにしても、どこまで歩くんだ?」

 随分と歩いた気がする、そんなに深い洞窟だったのだろうか。


「いや、もう着いたよ」

 ヤツの声がする。

 ランタンに照らし出された岩肌。

 ゴロゴロと転がっている荒い石。

 そして。


「なんだ? ありゃ?」

 穴があった。

 いや、ランタンの明かりの中でもソレは、コンパスで書かれたように丸く、まるで光を吸収する塗料で書かれたように、異質で異様。


 ランタンを穴に入れてみたが、側面を照らし出せない。

 地面という薄皮一枚の下に、深い闇が溜まったような。


「良く見てみろよ」

 ヤツの声がする。

 振り向くと、闇の中でランタンに照らされた顔が、気味の悪い薄ら笑いを浮かべていた。


 眉をしかめ、もう一度暗い穴を覗きこむ。

 何か、光っている。

 小さな光が。

 音がする。

 何か湿った粘液質な、聞いているだけで、背筋が寒くなるような。


「大物が来るぞ」

 ヤツの、まるで感情のこもっていない冷たい声がした。

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クトゥルフ神話ぽいモノ短編集 大福がちゃ丸。 @gatyamaru

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