コイにコイして

 ボクは、彼女のことを見ていた。

 朝早く走りに来る彼女。

 長めの髪を後ろで束ね、うっすらと汗をかき走ってくる。

 そんな彼女をドキドキしながら見つめていた。

 朝の日の光の中、走る彼女はキラキラして女神のようだった。


 雨の日には、彼女に会えない。

 会いたくて、胸が苦しくて、とても悲しかった。

 そんな長く長く雨が続くある日、ボクは神様にお願いする事にしたんだ。


 彼女と会いたい、彼女と話をしたい、彼女と一緒に歩きたい。

 会いたい会いたい会いたい。

 何日も何日も何日も、何度も何度も何度も、心を込めて。


 そしたら、ある日、夢の中に神様が現れて、願いをかなえてくれるって言ったんだ。

 彼女と会えるようにしてくれるって、一緒に走れるようにしてくれるって。


 天気がいい気持ちのいい朝。

 ボクは勇気を出して、走ってきた彼女に会いに行ったんだ。


 ボクの姿を見たとたん、大きな叫び声を上げ尻もちをついて震えだした。


 ゴメンごめん、驚かせてしまったね、急に現れたからびっくりしちゃったんだね。

 怖がらせるつもりはなかったんだよ、君に早く会いたくて。

 いつもいつもいつも、君のことを見ていたんだ。

 だからこうやって会えてとてもとてもうれしいよ。

 彼女への気持ちがあふれてきて、うまく言葉が言えない。


 ボクは、口をパクパクとさせながら、起き上がれないで、ボクと同じように口をパクパクとさせて震えている彼女に手を差し伸べた。


 彼女が、すごい声を上げて走り出してしまった。


 待ってくれ待ってくれ。

 君に会えると思って、昨日からドキドキして眠れなくて。


 ボクは、慣れない手足を振り彼女の後を追う。

 ほら、赤と白と黒の鱗も綺麗にしてきたんだよ。

 ベタリベタリ、水掻きの付いた手足を振るい、一生懸命走ったんだ。


 周りの人たちも、何事かって見ていたよ。

 目を見開く人、悲鳴を上げる人、何やら怒鳴っている人、でもそんなのかまっていられない。

 ベタリベタリ、水掻きの付いた手足を振るい、懸命に彼女を追う。


 中の見える壁で囲まれた、何かがごちゃごちゃと並んでいる場所に入って行った、何匹も人が居て、何か彼女と話している。

 彼女が入って行った所は、押さえられてボクは中に入れない。


 開けてくれ入れてくれ、ボクは彼女と話したいんだ。


 周りが騒がしくなってきた、気がつくと何匹も人に囲まれている。


 その時、ボクは気がついてハッとなった。

 そうだ、人は服ってやつを着ているんだった、ボクは服を着ていない!

 そうだよ、これは恥ずかしいよね。


 赤いクルクル光る明かりに照らされながら、ボクはボンヤリ思ったんだ。

 自慢の鱗が隠れちゃうけど、今度は服を手に入れてから会いに来なくちゃ。

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