太古からありしもの
目が覚めた時、そこは薄暗い洞窟のような部屋だった。
どこから明かりが取れているのだろう? 薄明るい部屋は、学校の体育館ほどの広さはあるだろうか、すべすべとした床に何やら謎の模様が書かれていて、中に何か分からない文字のような物まで書かれている、その中心に寝ていたようなのだ。
周りの壁は細かく細工されていて、自然の物ではないのがわかる。
扉の無い人が一人通るには十分な四角い穴が一つあり、そこが出入り口なのだろ。
殺風景な部屋には何もなく、ただ俺が居るだけだ。
何故こんな所に居るのだろう?
一人で山登りの最中だったはずだ、朝早く周りが暗いうちから山に登り始め、昼ぐらいには山頂付近まで登って行った。
これからは下山だ、また別の獣道を探して下まで降りていこう。
そうだ、山菜でも取ろうと、登山道ではなく獣道に入っていて行ったんだ。
ワラビやゼンマイ、自分の知りうるキノコなど、思ったより多く取れ、調子に乗ってもう少し奥に進もうと、足を踏み出したときに、妙な物に気がついた。
それは、草藪から頭を出した、腰くらいの高さの数個の石。
草藪をかき分け確認をしてみると、それは、環状列石(ストーンサークル)と呼ばれる物だろう、こんな物始めてみた。
十数個ならぶそれは、石柱の頭に窪みがあり水晶らしき物がはめ込まれ光を反射してきらめいていた。
こんな場所に、こんな物が有るなんて誰も知らないはずだ。
大発見かもしれない、少し興奮してずらりと並ぶ環状列石の中心部まで足を踏み出した。
……そこから記憶がない。
何でこんな所に居るんだ?
そうだ! 荷物! 周りを見渡すが荷物がない、山菜などがそこそこいっぱい入った背負い籠がない、腰に下げて来た鉈はあるのに。
夢でも見ているのかと思って、ほっぺたをつねってみたりした、現実のようだ。
服には山登りでの汚れも付いている。
ここに居ても仕方がないので、覚悟を決めてこの部屋から出ることにした、長い階段が上まで続き、突き当たりが明るくなっている。
外に出てみると、そこはさらに広い半円形のドーム状と言うのだろうか、明らかに人の手が入っているような気がする。
壁には、同じような出入り口がいくつも出来ている、同じような部屋がいくつもあるのだろうか? 不思議なことに、この場所も光源が見当たらないのに明るかった。
それに、部屋の隅、あれは何だろう? それこそ巨大という言葉がぴったりな、祭壇? だろうか、数段に分かれている巨大な石造りの四角い巨大な塊があった。
唖然としていると、他の入り口から数十人の人が出てきた。
先頭は、手ぬぐいを頭に巻き、和服にかっぽう着を着た、少しぽっちゃりとした健康的な少女、十六・七だろうか整った顔は愛らしく、こちらに気が付くと微笑んでくれる。
後に続いているのは、数十人のメイド服を着た恐ろしいほど顔の整った美女たち、髪型は変えているが、その顔はみな同じに見える、まるで人形のような白く整った顔に、薄っすらと微笑を浮かべ、トレイに大きな皿を乗せ湯気が上がるような料理を乗せている。
石造りの台座の上に、次々と並べられていく、天ぷらや煮つけなどの山菜料理。
少女がいつの間にか目の前に来ていた。
「こんにちは、驚かれたと思いますが、あなたは何かの手違いでここに来られたようです」
柔らかい春の日差しを思わせる笑顔を見せる少女は言葉を続ける。
「あなたをここに飛ばしたモノは、一朗丸さんたち……使用人さんたちですが、あなたのように事故でここに来ないよう、処理してもらっていますから」
そうだ! 何でここに居るんだ? ここはどこなんだ? 声を出そうとしているのに声が出ない、体も動かない、まるで何者かに動きを封じられているかのように。
「あなたは、私と違って、贄としてここに来たわけではないですし、ここから出られますから安心してください、幸いあなたが持ってきてくださったもので、供物が作れましたから」
そう言って、料理の並べられている台座の方に振り向く少女、メイドたちは奇麗に何も語らず整列しこちらを見ている。
この少女に比べると、メイドたちは何と異質なことか、みな同じ美しすぎる容姿は人形を並べているようだ。
「きっと”つぁとぅぐぁ様”もお気に召すと思いますよ、”くりゅりゅう”自身を材料にしておられる”いかもの料理人”様には負けますが、これでも料理には自信があるんです、色々と勉強させていただきましたし」
微笑みながら、くるりと体を回す。
「あの方たちに差し出す供物だって、そもそも『あなたは生魚を頭からかじるのですか』って話なんですけどね」
そう言って、台座の方に歩いていく少女。
何を言っているんだ? つぁとぅぐぁ様? くりゅりゅう? 料理? 何を見ている? 帰れるのか? 頭の中がぐるぐると回る。
少女は、料理を並べた台座の前に立つと、周りのメイドたちに声をかける。
「さぁ!みなさん、つぁとぅぐぁ様をお迎えしましょう!」
周りのメイドたちは、まるで機械仕掛けの人形のように、同じように小さく頷き、同じように口を開き、何かわからない言葉を紡ぎだす、歌うように、叫ぶように、静かに、激しく、高く、低く。
ウガア=クトゥン=ユフ! クトゥアトゥル グプ ルフブ=グフグ ルフ トク!
黒々とした影より暗い闇が、渦を巻き形を成していく、大きなその影は、だんだんと色や厚みを増して姿を現していく。
何が始まっているのか、声が出ない、体が動かない、怖くて逃げだしたいのに。
グル=ヤ、ツァトゥグァ! イクン、ツァトゥグァ!
朗々と響く呪文が木霊する中、答えるかのようにその姿を現した。
それは、でっぷりとした腹部でずんぐりとした体は黒い短く柔らかな毛で覆われている、姿だけ見たら巨大なカエル? いや大きなクマのぬいぐるみ? こんな生き物は居るはずがない。
顔は大きな口があり、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、半ばまぶたが閉じられ眠そうな大きな目が付いていて、大きな蝙蝠のような耳が頭頂部から生えている。
そのこの世の物ならざる奇怪な異形の姿は、この世界の生き物を冒涜し狂気じみた底知れぬ漆黒の深淵からあふれ出るような圧を放ってくる。
イア イア グノス=ユタッガ=ハ! イア イア ツァトゥグァ!
もはや狂気と恐怖と混沌と畏怖で、頭の中が混乱し吐き気がしてくる。
何故立っているのかさえ分からない、このまま倒れ地に顔を伏せてていられたら、どれだけ楽なのだろう。
その、巨大なモノは並べられている料理を一瞥し、目を細め口角を歪めると、その巨体が一回り、二回り、するすると小さくなっていく。
2mほどの大きさになったソレは、長く凶悪な爪の生えた手で、器用に箸を操り、一口二口と料理をつまんでは、その大きな口に放り込んでいく。
見るだけで狂気を誘う姿のソレは、脇に控える少女を見て、目を細め満足そうにうなずく、その目に温かい慈愛の光が見えるのは何故だろう。
箸を休めた、主の姿を見て少女は口を開く。
「敬愛する主、つぁとぅぐぁ様、今日の山菜は迷われたあの方からの供物です、戻してあげていただけませんか?」
春の日差しを思わせる微笑みをたたえ、怪物に話しかける少女。
空気が震えた。
壁が揺れ、ざわめき、大地さえ震えている。
アレが、あの化け物が笑っているのだ。
アレが、大きな目を細め大口を歪め鋭い牙を見せるように開け、さも楽しそうに。
そして、意識を手放した。
気が付いたときは、夕日がさす山のふもとの山道に居た。
何も入っていない竹籠を背負い、何事もなかったように。
夢だったのだろうか? あの少女は何だったのだろうか? つぁとぅぐぁ様と呼ばれていたあの化け物は? ダメだ、思い出そうとすると頭がおかしくなりそうだ。
体は疲れて足は鉛のようになっている。
頭を軽く振り、家に帰るため足を踏み出した。
耳に残っている、恐ろしく忌まわしい、あの呪文を振り払うように。
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