xxxのぼり

 夜のと張りが落ち、星空になる頃。

 その星空を見ながら、とぼとぼと田舎道を歩いて行く。

 きれいな空気も星空も、都会では味わえないだろう。


「だからなんだ! くそが!」

 世間じゃ、連休中だと言うのに、こんな田舎に出張だと?!

 海辺の田舎の磯臭さもイライラさせる。

 一杯引っ掛けようと、陰気な宿を出てきたが、居酒屋すらない。

 さんざんうろうろした挙げ句、宿に戻るところだ。


 ふと、気がつくと、前に何か見える。

 大きな柱に縄を張り、その縄にゆらゆらと沢山のはためく物を付けている。

「鯉のぼりか?」

 季節がらだが、都会では見られない景色だ。

 多少の興味が出て、その広場に向かって歩き出す。


「こりゃ、すごい」

 広場に着いて、無数の鯉のぼりを見上げる。

 壮観である、風が無いので泳いでる姿は見れないが、鮮やかな色で染め上げられ、ゆらゆらと揺れている。


 何か、違和感がある。

「あれは……手? と……足?」

 遠目では判らなかったが、全ての鯉のぼりに、余分なパーツが付いていた。

 人魚? いや、魚人か?

 そんなことを考えて、見上げていると。


「珍しいじゃろ、お兄さん」

「ひゃ?!」

 不意に、後ろから声をかけられ、変な声を出してしまった。

 振り向くと、腰を曲げた老人だろう、夜なのに手拭いを頭に巻き、表情がわからない。


「鯉のぼりに、手足が付いてるのは珍しいですね、何か言われが有るんですか?」

 驚いたせいか、少し声が震える。

「鯉のぼりか、この村ではな、鯉ではないのじゃよ」

「鯉じゃない?」


「xxx様じゃよ」

 しわがれたくぐもった声で、老人が言う。

 手拭いを取り、顔を現す。

 その顔は、のっぺりとして蛙のようだ、大きな目は深海魚のように光っている。


「駄魂様じゃよ」

 もう一度、老人が言う。

【だごん】その言葉を聞いたとたん、激しい頭痛と寒気が襲ってきた。

 いつの間にか、周りには大勢の人が取り囲んでいる。


 いぁいぁ だぁごん


 その顔は、皆爬虫類とも魚類とも見える。

 恐怖に耐えきれなくなり、大きな叫び声を上げて、意識が途絶えた。


 気がつくと、宿の部屋で寝ていた。

 どうやって帰ったのか、記憶がない。

 起き上がり、顔を洗おうと洗面所に向かい、ふっ、と鏡をみた。


 あぁ、そうか、俺はもう……

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