第9話 絶望の歯車が動き始めました


--4日目


 魔法の特訓は少ししかできなかった。

 それも、魔法を打ってはユマ切れをし、倒れるの繰り返しだった。


「クソ!こんな…こんな所で!」


 今回の計画のためでもあるが、これからの事でとても重要になってきるということもある。

 時間は刻々と過ぎていく。

 コータは時間の無さや、自分の不甲斐なさに焦燥感や焦りを感じていて、苛立っていた。


「私も1日でどうこうできるなどとは考えていません。無理は身体に毒ですよ」


「コータ無茶しすぎたよ。あんまり張り詰めちゃうと身体が持たないよ」


 2人は心配してくれるが、コータは逆に2人の言い分に負の感情を抱いた。


「今は無茶でもなんでもしなくちゃいかねえんだよ!!」


 つい、カッとなったオレはサーラに怒鳴りつけてしまった。

 サーラは驚いた顔をし、同時に悲しい目をした。


「あぁ、すまん。ついカッとなっちまった」


「…うん」


 サーラの返事は優れない。

 一気に気まずい空気になってしまった。

 その空気の中、口を開いた人物がいた。


「ではそろそろお開きにしましょうか。疲れたことでしょうし」


 深緑の髪を束ねた女性、シャルティアが提案した。

 このときコータは思い出したように良い事を思いついた。


「そうだ!2人に渡したいものがあるんだ!」


「渡したいもの?」


 さっきまで少し落ち込んでいたサーラだったが、渡し物に対して興味津々だ。


「渡し物…ですか。興味がありますね」


「おいおい。そんなに期待しないでくれよ。ハードル上がるじゃねえか」


「では、期待も興味もないのでさっさと持って来やがってください」


「その手の平返し結構イタいっす!」


 程よい興味を持って欲しいものだ。ん、程よいってなんだろう。

 オレは頭を振って意識を変える。


「ちょちょっと待ってな」


 オレは持ってきたカバンをあさった。

 タオルや飲料などしか入ってなく、目的の物はすぐ見つかった。


「じゃじゃ~~ん。コータ特製手作りクッキー!」


 子供に大人気アニメの青い猫型ロボットのようなセリフでかごに入ったクッキーを出す。


 サーラは目を見開き、口に手を当て。


「え!コータ、クッキー作れるんだ!」


「フハハ。オレの特技でもあるんだぜ」


 サーラは子供のようでとても気持ちのいいリアクションをしてくれる。

 シャルティアは少し驚いていたが、直ぐに無表情に戻り。


「タコのくせに」


「それ関係ねえよ!」


 皮肉感たっぷりの反応だったが、少しは興味があるようだ。  


「ねぇ、コータ!これ私達のために作ってくれたの?!」


「ああそうだぜ」


「じゃあさじゃあさ、食べていいの?」


「食べてもらうために作ったからな」


 サーラは満面の笑みを浮かべ、「ありがとう」と礼を言い、かごに入ったクッキーに手を着けた。


 クッキーの形は様々で、星型の物もあればハート型のクッキーもある。中学の時う◯ち型のクッキーも作ったが、今回は女の子に出すのでやめておいた。


 サーラは目を輝かせ、シャルティアはクッキーをジッと見つめている。


 一口サイズのクッキーを2人は口の中に放り込む。

 コータは少し緊張する。

 今思えば、作っているときのミスは山ほどあった。それに、上手くできているかも心配だ。


 2人はモグモグ食べているものの、表情に変化はなく、何を考えているのか想像もつかない。


 そして、噛み砕かれたクッキーは彼女達の喉を通り、口の中を空にする。


 何もない時間がしばらく流れる。静かすぎて花が揺れる音、風の音、色んな音が主張するように耳に入ってくる。

 何秒経ったか、それとも何分か経っているのではないか。

 そんな風に思えるほどこの空気は時間の感覚を狂わせる。


 しばらくの沈黙の中、口を最初に開いたのはサーラだ。

 彼女は嘘がつけない、素直な人間であるが、それ故感想を聞くのが怖いと思った。


 サーラの手が動き出して、その小さく白い手が頬にくっ付く。そして────。


「お、おいひ~~~」


 まるで、歯の抜けた老婆のようなアクセントで幸せな顔になった頬を両手で押さえた。


「ほ、本当か?」


 あまりの反応に少し疑った。


「うん!凄くおいしいよ!コータってお菓子作るの上手なのね!ほら、リアも食べてみて」


 サーラは大絶賛で肩に座っていたリアに勧める。

 思ったのだが、精霊も人間と同じような味覚があるのかと疑問に思った。


「仕方ないのヨ。アタシは味には繊細なのヨ」


「それただの味にうるさいババアじゃねえかよ」


 小さいからだのリアは、両手でクッキーを持ち、一口食べる。


「…まあまあなのヨ。フンッ」


「お前な!……フフッ」


 上から目線でしかもいい返事をくれない。それに加え、鼻で苦笑されたことに苛立ちを感じた。 

 コータは怒鳴りつけようとしたが、喉に引っかかった。なぜなら、あんな返事をしておきながら、両手に握っているクッキーを食べるペースが止まらない。


「ビミョーって感じなのヨ」


「その割にはよく食べるじゃねえか」


「んなっ!そんなことないのヨ!残すのが嫌だっただけなのヨ」


「食べながらしゃべるな」


 勘に触ったのかリアは、口にクッキーを含んだまま憤慨する。

 案外リアもかわいらしいところがあるんだな。


 コータはシャルティアに目を付けた。

 他2人はクッキーにかぶりついているが、シャルティアはまだ少ししか食べておらず、手が進まない様子だ。


「…………………」


「?…食べないのか、シャルティア。もしかしてまずかった!?」


 そうなると、サーラやリアは無理をして食べていることになる。そう思うと申し訳ない気持ちになってきた。

 だが、シャルティアは軽く首を振り、否定した。


「いえ、とてもおいしいと思いますよ。ただ…」


「ただ?」


「イリスにも食べさせてあげたいのです」


 コータはなんだそんなことか、と安堵の気持ちで一杯だった。


「ダイジョブだぜ。イリスの分はちゃんと袋詰めしてあるからよ!」


 と言って、カゴとは別に数個入れたクッキーの袋を持ち上げた。


「ありがとうございます。イリスも喜びます」


「それに、イリス料理上手いからもっといいクッキー作ってくれるかもだしな」


 イリスは料理が得意なので、クッキーを食べて何か改善できるような案が出るかもしれない。


「ではいただきますね。案外上手にできてますね、この”タコ焼き”」


「いつの間にか、別の食べ物になってるよ!!なぜそうなった!」


「”タコが焼いて作ったクッキー”だから”タコ焼き”です」


「なんで大事なクッキーの部分を捨てて焼くを入れちゃうのかな!!」


 視界の端では、サーラがクッキーをジッと見つめ、「タコ焼き」と呟いている。そして今度は。


「じゃあコータはこのクッキーにどんな名前をつけるの?」


「はぁん、そうだなー。…”コータが焼いたクッキー”略して、”梶馬コッキー”だ!」


「………私。タコ焼きの方が良いと思うの」


「絶対そっちにした方がいいのヨ」


「みんなの目が痛い!オレが何をしたって言うんだ!」


 毎回毎度、オレがつけた名前は不評ばかりだ。なにが悪いんだろう。

 コータのネーミングセンスの悪さの自覚がないのは置いておこう。 

 すると今度はまた、シャルティアの手が止まっている。大事すぎて食べられないのか、実はまずくて食べられないのか。

 オレの視線に気づいたシャルティアは「いえ」と言い。


「少し…昔のことを思い出していました」


 昔どんなことがあったか全くわからないコータとサーラは興味津々だ。

 その眼差しに負けたのか、シャルティアはゆっくりと口を開く。


「10年以上前に兄が私にお菓子を作ってくれました。ですが、そのお菓子はお菓子呼べる様な物ではなく、はっきり言って不味かったです」


 そんなはっきり言ってあげるなよ。兄ちゃん泣くぞ。

 余りの毒舌っぷりにオレは心の中でつっこむ。


「ですが、そのときは本当に嬉しかった。いつか2人で作って売ろうとまで言っていました」


「あぁ、なんかわかる気がする」


 オレもクッキーを作ったときに家族はとてもおいしいと言ってくれた。オヤジなんて職場に持って行って配ってたという程だ。母さんも仕事意欲向上のため持って行ってたらしい。

 あれ、今思うと良いように利用されてねえか?


「兄はとても笑顔が絶えない素敵な人でした」


「お兄さんが好きなんだね」


「はい」


 オレならともかくサーラとシャルティアのやり取りを見ていると様になる。

 そして、さっきもだがずっと気になっていたことを聞いてみる。


「なあ、シャルティア。その耳飾りのことな───」


「それはいいです」


 質問の内容を察したらしく、明らかに避けている。

 何か聞かれるとイヤなことなのか。だが、同じようなコータには聞いてやる必要があると考えた。


「シャルティア。この際だから聞く。その耳飾りのこともそうだが昔何があったか教えてくれないか。力になるかもしれないし」


「力になれることなんてありませんよ」


 シャルティアの想いは揺れない。


「たとしても、1人で抱え込む必要ねえだろ」


「私1人の問題です。自分のことは自分で始末します」


 ここまで言っても動じないシャルティアに、コータは苛立ちを感じた。そして、怒声混じりに。


「お前1人だけの問題じゃねえんだよ!」


 オレの発言に流石のシャルティアもムッと顔が険しくなる。


「なぜですか、あなたには関係のないことです」


「関係あるから言ってんだよ!!」


「だから何でなんですか!」


「一緒の家に住んでる仲間だからだよ!」


 その場に静寂が訪れる。

 横で見ていたサーラは言い合いになった2人をジッと見つめている。止めたいのは山々だが、止めないのは彼女なりの配慮だ。

 するとシャルティアはその場をゆっくりと立ち上がり、ボソッと呟く程度の声量で──。


「──なにが。……」


「?───」


 シャルティアはギリッと拳を握りしめ、歯を食いしばる。


「たった数日しか過ごしていないあなたを”仲間”…ですか?…ふざけないでください!!」


「んなっ!お前な────」


 コータはその場を素早く立ち上がった。

 このときコータの怒声が喉が詰まった。

 普段無表情なシャルティアが、歯が折れそうな程噛み締め、これ異常ないほど睨みつけ、怒りを露わにしている。


「私のことは私がケリをつけます。この復讐は誰にも譲らない、譲るきもない!」


「オレはそういうことを言ってるんじゃ──」


「もう話すことはありません。クッキーおいしかったです」


 シャルティアはその場で半回転し、屋敷に戻ろうと歩き始める。


「おい!待てよ!!」


 オレはシャルティアに向かって走り出した。

 オレの呼びかけに耳を貸さなかったシャルティアに追いつき腕をつかんだ。


 その瞬間、シャルティアは軽く握っていた拳を力一杯握りしめ、コータごと腕を振り払った。

 細い腕なのに凄い力が加わっていた。


「もういいって言ったでしょう!!」


 シャルティアは掌をつきだした。


 掌には薄緑色の空間の歪みがあった。


 ───風魔法だ。


 そして、掌から放たれた魔法はコータの顔の横を高速で通過した。


「痛っ!!」


 オレはその場で尻餅をついた。

 気付くと左の頬から出血している。

 最初に反応したのは怒ったサーラだ。


「シャルティア!!なんてことするの!」


 だが、シャルティアはサーラではなくコータを睨みつけている。


「次は、外しません」


 これは警告だ。と言わんばかりの台詞を残して屋敷に戻る。

 コータは生まれて初めて殺意というものを感じた。背筋が凍り、肌でピリピリと感じ取れるほどの殺意にコータは、本物の恐怖を感じた。


「コータ……ごめんね」


「だ、ダイジョブダイジョブ!こんな傷唾でもかけりゃ直ぐ治るさ」


「そういうことじゃなくて───。ううん、もういいの。その傷ちゃんと手当てしておいてね」


 彼女は去る前に小さくごめんねっと言って歩き出す。

 サーラの表情は冴えなく、暗い足取りをして屋敷に戻る。


「…何やってんだか、オレ」


 ビビった。はっきり言ってチビりかけた。


 今回のやりとりでシャルティアとの関係は振り出しに戻ったと考えた方がいいだろう。いや、それ以上に、深刻な状況ともいえるだろう。


「今日一日の苦労が一瞬で散っちまった。明日は倍以上がんばんなきゃいけねえな」


 コータは立ち上がり、屋敷に歩き出す。

 自分の部屋に行くため廊下を腕を組み、考えながら歩く。


 どちらにせよ、このままの状態が続くわけにはいかないだろう。なんとかして、早急に仲を回復する必要がある。


 すると目の前に、食べ物が入った大きな荷物を両手に持っているイリスが歩いている。


「よぉ、イリス。その中には何が入ってるんだ?」


「あ、コータさん。これはですね、リンゴなどのかじ──っ!てコータさん!その顔の傷はどうしたんですか!」


 オレの顔の傷を発見したイリスは血相を変えて慌てる。


「まあ、ちょっと特訓の時にな…」


「?…とりあえず治癒魔法をかけるのでじっとしてください」


 コータは大人しくイリスの言うことに従う。

 そしてイリスの手をオレの傷の前に手を出す。すると、その手から白い光が発光し、コータは痛みが薄くなっていく感覚がする。


「イリスは治癒魔法が使えるんだな。いいなぁ!オレ使えるようになりてえ」


「私はどの魔法が使えないんです。でも、何か出来るようになりたいから治癒魔法を修得したんですよ」


「オレにも使えるのか?」


「半分は血がにじみ出るほどの努力ともう半分は死んでも良いという覚悟ですね」


「オレには無理そうだからやめとくわ」


 イリスの発言で少しやる気が失せた。そこまで出来るようなオレではないというぐらいの自覚はある。

 オレの反応にイリスは苦笑する。


「屋敷内で治癒魔法がかけられる人は私だけなんですから」


 イリスはえっへんと言わんばかりに豊富な胸を張らす。


「え!じゃあ、オレが屋敷に来たときに怪我が治ってたのはイリスが治癒魔法をかけてくれたからなのか!?」


「あれ、言ってませんでしたか?」


「今頃遅いと思うが、ありがとうございます!!」


 オレはイリスに頭を下げる。

 イリスは頭を下げるオレを見て両手を振る。


「頭を上げてください。私はやりたいとおもったからしただけです。だから、頭を下げないでください」


 オレはゆっくりと頭を上げる。

 今のコータにとってイリスとのこのやりとりは本当に助かる。落ち込んでいた心が少し楽になった気がする。

 気が楽になったコータはそうだっと思い出す。

 そしてオレは、クッキーを胸ポケットから出そうとする。


「そうだイリス、お前に渡したい物が───」


「あ、そうそう。コータさんに言わなくちゃいけないことがありました。明後日に予定していた村の交流なんですけど───」


 それは、衝撃的な発言だった。


「明日、行くことになりました」


「──え……」


 信じられなすぎて、自分の耳の機関の不調を疑うほどだった。


「…………な………なんで」


「元々男性が屋敷で働くことなんて今まで無かったものですから、男性用の使用人服が少ないんですよ。なので明日、服を増やすので明後日予定していた村の交流を明日に変更する必要があるんです」


 う、うそだろ。

 よりによってタイミングが悪すぎる。2日あったと思われていたが実際は1日。それも、対象のシャルティアとの関係はずたぼろ。


「そういえばコータさん。さっき何か言おうとしてませんでしたか?」


「…いや、何でもない───」


 オレは無心になって立ち上がり、フラフラとした足取りで廊下を歩き出す───


 コータは今真っ暗な底無しの闇の中を歩いているかのように────



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