第10話 明日を求めました


--5日目


 結局、一睡も眠ることができなかった。

 それも、何も考えられず無心で起きていたため、真下には深い隈が出来ている。

 コータの起床が遅れていて、起こしに来てくれたイリスはとても心配していた。


「コータさん。朝食はどうしますか?」


「・・・・いらない」


 多分、傍から見ればコータの顔色は最悪と言ってもおかしくないだろう。だが、今のコータにそんなことを考えられる余裕はない。

 イリスはオレの様子を見て、無言で部屋を出ていく。イリスがドアを閉めるとき、シャルティアの横顔が見えた。その直後オレは、これから来ることに恐怖を感じ全身を震わせる。


「はぁ、はぁ――――。ぐ、ぐるしぃ・・・」


 物理的な攻撃か何かを食らったわけではない。ただの恐怖によるものだ。しかし、その恐怖は身体的に何も異常のないコータの胸を締め付けさせる。コータは胸を強く握り唸る。


――――コンコンッ


 コータの部屋にノック音が響き渡る。その後、ドアはゆっくりと開く。

 入ってきたのはサーラだ――――。


「・・・コータ」


 サーラは名前しか呼ばなかったが心配しているということは、目や表情で一目瞭然だ。

 オレがヘタレなせいで、無駄に好意を向けている女性に悲しい顔をさせてしまっている。コータはとてつもない罪悪感で一杯になった。


 そんな顔、しないでくれ――――。


 今のコータにサーラの表情は毒でしかなかった。そんな顔、しないでくれよ。

 こんな顔をさせてしまっているのは自分なのに――――。


 すると、ふとコータは思った。


 これから起こる未来の事を話して協力を得る。

 実に、現実的で単純な話だった。

 そうだ。一人でできないならほかの人の協力を得ればいい。何もかも一人で抱え込んで、こなしていく必要など、ないのだから。


「サーラ。今からオレが言うことは変だと思う。だけど本当なんだ、聞いてくれ」


「・・・うん」


 サーラは小さな声で、小さく頷く。いつものように愛称で呼ばない分、今から話すことは大切なことだと、サーラは察する。オレは一回、小さく息を吸って吐く。


「――――オレは未来が見えるんだ。今日、オレは死ぬ」


「・・・」


 サーラの表情は変わらない。コータは口を開く。


「今からこの屋敷で起こることを話す。まず犯行場所は、昨日特訓場所で使った花畑の前の広場だ。村の交流に向かう最中に襲撃される」


 コータの説明にどんどん熱が入る。


「襲撃者は大体誰か、把握できている。未来を見たときは黒い布で覆われていて解らなかったけど、その下にはこの屋敷の使用人の服が見えた。これで犯人は一気に2択に分かれた。まずイリスだけど、オレはないと考えている、それはなんとなくわかるよな?問題はシャルティアだけど、オレは彼女が犯人だと思うんだ。半分はイリスが犯人じゃないから、消極的な考えに至ったんだが、もう半分はシャルティアの人格でそうだと思ったんだ。ほら、あいつ普段から感情を表に出さないだろ?」


「――――コータ」


 サーラが悲しい目で、まるで重度の病人に言うような口調で言った。だが、コータは止まらない。


「だけど、動機については全くもってわからないんだよな。何かしたかと言えば、仕事の手際の悪さぐらいしか思いつかないし。もしかすると、昨日の特訓での言い争いが引き金だったのかもしれないな。でも、あれだけでっていうのはおかしいけど、あの言い合いだけで殺す。に至るのは少し違う気がするしな」


「――――コータ」


 コータは止まらない。


「オレはやっぱり昔何かあったんじゃないかと推測するな。そうなるとやっぱりシャルティアの兄ちゃんの事で何か関係がありそうだな。でもシャルティアの兄ちゃんの事なんかまったく知らないしなぁ。この件が終わったら話してもらおう。やっぱり、これから共に暮らす者同士お互いのことぐらい知っておかないと――――」


「コータ」


 話はサーラの言葉によって中止させられた。今までどこかをキョロキョロ見、彼女の顔を見ていなかったことに気づく。だが、コータは今までアニメや漫画でしか見たことのないようなものを目にする。

 サーラの眼は、頭が狂った人を見るような眼だ。

――――だから、、、そんな顔しないでくれよ。


「コータ疲れているんでしょう?昨日あれだけ頑張ったんだし、それに昨日は・・あんなこともあったしだし」


「――――ちがうんだ」


 オレは呟くような声で否定する。


「ほら、こんなにすごい隈もできてる。きっと、体調不良なんだわ。今日は、村の人たちとの交流だけでいいよ。終わったらゆっくり休むといいわ。みんなには私から言っておくから」


「頼むよ、信じてくれよ」


 オレは何かわからない感情に胸を締め付けられる。先ほどのような、恐怖といった分かりやすいものではなく。言いたいことが伝わらない、信じてくれない。サーラの視線が針のように痛い。オレは言葉にできない何かに苦しめられていた。


「1日休めばすぐに治るわ。・・あ!あと、ご飯はちゃんと食べるのよ。お肉もいっぱいたべて元気つけなくちゃ」


「サーラ。・・・信じてくれ」


「・・・ええ。信じてるわよ」


「――えっ」


 多分この時オレは、腑抜けた顔でサーラを見ただろう。

 信じてくれた。言葉をあれこれ並べて、必死に訴えかけて、やっと信じてくれた。

 だがそれは違った。


「――――だから、今はぐっすり寝て休んで。話はあとでゆっくり聞くから」


 最初から信じてくれていなかった。オレの中に怒涛の心情が駆け巡った。


「だから・・・信じてくれよ!なんで解ってくれないんだよ!!オレがこんなに必死に訴えかけているのになんで解ってくれ――――」


「コータの言ってること全部わかんないよ!!」


 オレの怒声をサーラの怒声でかき消した。彼女に会って以来、初めて彼女が怒ったのを見た。

 サーラは拳を握り、反論する。


「さっきから未来がどうだとか、イリスとシャルティアがどうだとか。言ってる意味が全然分かんないよ!!どうしたの、コータ。昨日の事なら私もシャルティアに謝るから。・・ね?」


 サーラは頭を振って激怒している。紅色の髪が暴れてクシャクシャになる。


「――――お前は。」


「?・・・」


 初めてサーラの事をお前と呼んだ。


「オレを―――殺したいのか・・・」


 サーラは、泣きそうな顔になる。だが、オレはそんなサーラに容赦なく言った。


「もういい。・・・出て行ってくれ」


 オレは静かな声で、今にも泣きだしそうなサーラに言い放った。サーラにとってさっきの言葉はどれほど苦痛で傷ついたかはコータには分からない。サーラは今、無心で覇気がなく、怒鳴り散らし、弱り切ったオレにどんなことを思っているのだろうか。自分の事しか考えていない人間は、相手の事など考える能がない。今のコータはそれに等しい。


 サーラは、静かに部屋の外へ向かう。何事もなく、何も言わずに。ただ、床を歩く音、ドアを開ける音、ドアを閉める音、サーラの震える呼吸の音。それしか鳴らない。コータは静止していた。顔はうつむいたまま、どこか遠い目をしている。


 どうして。こうなった。


 オレは何のために頑張ってきたんだ。何をして、何をどうしたかったのか、全く分からない。


「後から思えば確かにそうだ。未来が見えるんだとか言うやつバカすぎるんだよ」


 結局オレは、目の前の事しか見えない。自分の都合を相手に押し付けて、協力を強要するやつ。分かってもらえなかったことに逆切れする。オレはどうしようもない出来損ないのバカだ。小学生のガキと変わらない。

 オレの中にはもう、何もないのか。オレの第二の人生、一回目とそう変わんないじゃん。オレの存在理由、オレの生き甲斐、オレの生きている意味。その全てを疑った。


「どうすればいいんだよ――――」


 オレは頭を抱えて苦悩した。

 すると、ドアが開かれた。入ってきたのはイリスだ。何しに来たのか、何のために来たのか。全く理解できない。


「コータさんに渡さなくちゃいけないものがありました」


 渡したいもの?

 コータは言葉にはしなかったが、イリスの顔をじっと見つめる。

 イリスは、握りこぶしを差し出す。何か持っているのだろうか。

 ゆっくりと手が開かれる。中から出てきたのは。


 ――――ペンダント。


 オレは目を見開いて驚愕した。


「一体、どこでこれを・・・?」


「昨日、コータさんがいた特訓場所に落ちていたんですよ。コータさん、これいつも肌に放さずつけてましたから、大事なものなのでは、と」


 オレはペンダントを持っているイリスの手を握った。イリスは顔を赤くして驚いていた。


 思い出した。

 オレがなんでここにいるかを。屋敷に来てから3日目の夜。オレは誓ったんだ。未来をぶち壊して、オレの望む今にする。と。コータの瞳からは、涙が流れ出ていた。


「ハハッ。なんだ・・・簡単なことじゃねえか」


「コータ・・さん?」


「ありがとう。イリス。オレ思い出したよ」


 イリスからすれば、全く意味の分からないことだろう。急に笑い出し、なぜ出ているのかわからない涙を流し、急にお礼を言われる。だけどイリスは。


「どういたしまして。元気が出てきたみたいですね。それで、何を思い出したんです?」


「それは秘密ー」


 さっきまでずたずたになっていた、心が癒えてくる気がする。イリスは怪我だけじゃなく、心の傷まで治療魔法がかけられるのか。


「イリス。オレに一発、活を入れてくれ。背中にどでかいのを頼む」


「なぜかわかりませんけど。いきますよ!!――――えいっ!!」


 部屋に痛々しい音が響く。可愛い掛け声に対して、小さい手から放たれる力は可愛いレベルではない。


「痛ってぇー!!だけどそのギャップ、萌えるぜ!」


 イリスには頭を下げても上がらない。いつもいつも、助けてもらっている。多分、オレの中で一番目が埋まっていなかったら、イリスにぞっこんラブだっただろう。

 オレは、大きく深呼吸をして。


「――――じゃ、今日一日。昨日の倍以上頑張るか!さっき、もう一つ課題というかフラグが立った気がするが」


 シャルティアの事もそうだが、サーラには事が終わった時に土下座。いや、土下寝をしよう。勝負は最後までやってみなくちゃわからない。最後の最後まで抗ってやる。オレはペンダントを首にかけた。


 見ていてくれ。みんな。


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