第11話 兄妹が死別しました その①


 アルグ王国王都城下町――――。

 朝から晩まで、人が混みあっているこの地域。衣服や食料、アルグ王国で作られるものの、殆どがここに集まるため、毎日祭りのように賑わっている。

 その中に、人ごみの中を掻き分けて走る深緑の髪の少年と、その後ろを追う中年男性。


「待てぇ、このクソガキィー!」


「待てって言われて誰が待つかよバーカ!」


 スルりスルり人混みのなかをスルスルと逃げる少年に比べ、男性は詰まって思うように進めない。次第に、少年の姿は人混みの中に消え、完全に行方が分からなくなる。

 少年は建物の間の小さな隙間を、身体を横に立てて進む。そして、少し開けたところに出ると、少年はまた走り出す。口元には笑みがこぼれ出ている。


 少年は、王都の中でも人気の少ない通りに出る。追ってきてないか辺りを見た後、路地裏を歩きながら進む。その先に待っていたのは、一人の少女だ。彼女は、少年が戻ってきたことをとても喜び、安堵する。壁にしゃがみ込んでいた体勢から立ち上がり、少年のすぐ近くまで走り寄る。少年はそれに、満面の笑みで返事する。


「戻ってきてくれてよかった、お兄ちゃん」


「当たり前だろ。ほら、シャルティア。今日はリンゴ3つもあるぜ」


 少女――――シャルティアは、薄くボロボロで、汚れた布1枚を身に纏っている。綺麗な深緑の髪を肩まで伸ばし、大人もうっとり見ぼれてしまうほどの顔立ちで、容姿と衣服が全く比例していなかった。特に、特大の笑顔をした時のシャルティアの顔は、とても可愛らしい無邪気な子供の顔になる。


 シャルティアはニッっと笑う兄の手に持っているリンゴに注目した。最近食べ物もろくになく。少しばかりあった金も尽き空腹の状態が、ここ2,3日続いていた。初めは盗みはだめだとガマンしていたが、今となっては良し悪しを、言っている暇などなかった。そのため、食料調達などは兄に任せっきりだ。シャルティアは任せきりは悪いと思い、一緒に行くと言っていた。だが、兄はそれを許してくれない。

 今、シャルティアの心の中で、いつもありがとうの感謝と、いつもごめんなさいの申し訳なさの気持ちが半分半分だった。だが、それ以上に空腹に飢えているので、兄にもらったリンゴにむしゃぶりつく。

 食べ物を口の中に入れたときの、シャルティアのもぐもぐは可愛すぎる。ほっぺが餅のように垂れて、つまむとどこまでも伸びるのでは、と思わせるほどだった。


「取れたてほやほやだから、味わって食えよ」


「盗れたてじゃなくて?」


 表現の仕方がおかしい兄に、ツッコミを入れると手を頭に当て、舌を出して苦笑する。その後、兄は予想外の行動をした。


「ほらよ、やるよ」


「お、お兄ちゃん!?私はリンゴいらないから、お兄ちゃんが食べなよ」


「俺はもう十分だよ。これぐらい食べときゃ、次の盗みに支障は出ないしさ」


 兄が食べて当然の3つ目のリンゴを、まさかのシャルティアに渡そうとしていることに驚愕した。いや、兄なら妹のためにやるのは当然のことかもしれないが。


「でも、何もしてない私が食べるより、頑張ってるお兄ちゃんが食べるのが当たり前だわ」


「俺の可愛い妹が、不健康な女になってどうすんだ。これから、もっと可愛くなってボインになるんだ。だから伸びる時に食っとけ」


 兄は少し、私を買いかぶり過ぎている。

 シャルティアは自分の事を可愛いや、美人だ。などとは、思ってはいない。だが、傍から見れば。群を抜くような美しさであり、可愛らしい。

 それでも、シャルティアは納得がいかなかった。


「じゃあ、これをお兄ちゃんが食べて、私をいい女の人にしてよ。お兄ちゃんが倒れたら私の人生も終わりだから」


「それを言われたら、食べないと俺が悪いみたいじゃねえかよ。はぁ、」


 兄は溜息を吐き、両手を挙げて降参する。


 シャルティアはまだ10もいってない小さな子供だ。だが、彼女の思うこと、考えること、言うことすべてが少女の発想ではない。これは、生まれてきてからずっとこんな感じだったらしい。その頃は、あまり自覚がなかったが、自分は年相応の少女とは違うことを自覚したのは、今から半月前つまり兄と旅に出た、少し後ぐらいだ。

 ある日、いつものように一緒に遊んだ兄と家に帰ると空き巣になっていた。その日一日中待っていても帰ってくる気配もなかった。両親はこの家と娘たちを置いて逃げた。

 兄は家にあった少しばかりのお金を握って、二人で家を出た。


 兄は私より4つも上で、何気にしっかりした性格だ。初めは、1日1食にし、兄が店の手伝いをしたりしてなんとか食べていけるほどだった。たまに、山に出てウサギなどの野生動物を狩っては、焼いて食べていたころもあった。

 シャルティアに自覚が芽生えだしたのはその頃だった。少しでも、兄を手伝って負担を減らしてあげたい。そう思ったシャルティアは、魔法の行使や知識を学んだり、最大限に買うものを安くしようと値切りの勉強をしたりして実際に、市場で交渉したときは大成功だった。だが、一つ気がかりだったのは、値切りをしているときの自分を見る店主や周りの人間の視線が、気になった。まるで、奇妙なものを見ているような眼で。その時、あまり深く考えなかったシャルティアだったが、後で兄に相談してみるとやっとわかった。

 私は、年相応の女の子の思考回路ではないということを。

 別に、悲観したり驚嘆したりもしなかった。ただ、自分は周りの子供たちとは違う。やっと芽生えた自覚だったが、ただそれだけの事だった。私には、兄さえいれば他はいらない。


 兄は慎重な行動をする。盗れそうでなければ、無理はしない。妹と約束したら、ちゃんと来てくれる。だが、それ故に、いつもの時間や約束の時間を過ぎても来ないと。兄に何かあったんじゃないか、もしかしたら兄は逃げてしまったのか。と、疑ってしまう自分がいた。そう思うと、全身が震えいつも戻ってきた兄に宥めてもらう。

 だが、これから起こることに比べれば、可愛いものだった。


「今夜は肉を食べようと思うんだ。だから、山に行って狩ってくるよ」


 シャルティアは何とか連れて行ってもらえそうな、理由を模索する。


「私も行く。荷物持ちでもやってればお兄ちゃんの負担がかからないでしょ?」


 荷物持ちならば、狩りの邪魔にもならないし、兄が持つ必要もない。兄はしぶしぶ頷いて了承した。兄は正当な理由で納得さえすれば、許してくれる。


「じゃあちょっと待ってろ。市場に行っているもん持ってくるから。それまで大人しくするんだぞ」


「はーーーい!」


 シャルティアは珍しく子供のようにはしゃぎ、子供らしい返事をする。兄が戻ってきるまで結構時間がかかっていたため、一応何をしていたのかと聞くと何でもないっと顔をニッと笑って返した。

 シャルティアはわくわくした気持ちで出発する。それを見る兄は、父親にも等しい優しい顔でほほ笑んでいた。兄は腰にナイフを差し、シャルティアは背中に袋を背負っている。彼女は兄がどんな風に狩るのか、それが楽しみで仕方がなかった。

 山を少しると、小さな小屋についた。中には円形に並べられた小さな石と、その横にシャルティアの腰ぐらいの高さまである大きな石が並べられていた。恐らく、調理するための石と椅子代わりの大石だろう。


「よーし、じゃあ行くかぁ!」


「レッツゴー!」


 狩りはまだかまだかと待っていたシャルティアは、拳を挙げて喜ぶ。

 ちなみに、レッツゴー!とはとある異世界人がヤバナ商国で新言語を説き、世界中に広がった言語で今やほとんどの人がその言語の存在は知っている。シャルティアは、魔法の勉強に踏まえ、ヤバナ英語も少しばかりだが知っている。

 張り廻られた木々の間を通り、獲物のポイントに移動する。道中でも、兄は優しかった。ちゃっとシャルティアが付いてきているか横目で確認する。それに、シャルティアが通れられそうにない段差などでは、手を差し伸べてくれる。


「いたぞ・・・ここで待ってろ」


 兄はシャルティアにしか聞こえない、小さな声で囁いた。シャルティアは目を細めて獲物の兎を確認し、兄の言葉に小さく頷く。シャルティアの頭ぐらいの大きさの兎で、赤い目をしていて頭には角が生えている。

 名は”一角兎”。見た目の通り、角が生えた兎ということから付けられた名前だ。山で狩りをするときの鉄板であり、肉もうまいと評判である。肉だけではない。兎から抽出した角は、そこそこの値段で売れる。白い毛皮は防寒にもなる。


 兄は腰に差していたナイフをゆっくりと取り出した。夕陽の光でナイフがオレンジ色に輝く。兄は前傾姿勢になり、雑草の中をゆっくり動き、獲物に近づく。

 シャルティアは見ただけで本能的に分かった。兄は狩りのプロだ。


 兎は雑草を食べており、傍から見れば隙だらけだ。だが、一角兎には一つの特徴がある。

 それは角だ。兎の頭に生えた角には耳と同じように、音を感知する機関でもある。つまり、いくら隙だらけでも少しでも音を立てれば、角が音に反応し逃げられてしまう。

 兄は慎重に、1歩…2歩…3歩……と1歩1歩確実に距離を詰めていく。兄と兎の間に、緊張が走る。それを見ているシャルティアが、緊張してくるほどだ。

 兄と兎の距離が5メートルほどになった。兄は静止し、手に持っていたナイフを構え、タイミングを見計らう。そして――――


 ザッ――――!


 森に兄の地を踏む音が響き渡る。兄は、足に力を込め5メートルの範囲を1歩で縮める。それに気づいた一角兎は素早く逃走に移行する。だが、遅かった。いや、兄が速すぎたというべきだろう

 兄が振ったナイフは、一角兎の首に深く刺さる。一角兎は、叫び声をあげることすらできず、絶命する。見事なナイフ裁きだ。兄は狙っていたのだろうか、だとしたらあの中で正確に急所に当てたことは、神の業とも言える。持って生まれた才能なのかもしれない。


 兄は一角兎の絶命を確認すると、素早く解剖に移る。まずは角、角自体はとても硬いため根元の肉の方から剥ぎ取る必要がある。次に毛皮、肉。と兄は、手慣れたように剥ぎ取りを行う。

 すべての行程が終了したところで、兄はシャルティアを手招きして呼ぶ。シャルティアは、少し急ぎ足で兄の下へ向かう。そこには、きれいに剥ぎ取られた角と、毛皮、肉が置かれていた。シャルティアは初めて動物の内臓物などを見たが、特に不快感などはしなかった。逆に、次に行うことが手に取るように分かる。背負っていた袋に肉を詰め込む。角と毛皮は売るため、別のポーチに入れる。


「小屋まで戻って、飯にするか」


「!・・・うん!」


 待ちに待った肉が、やっと食べられる。小屋に向かう道中、シャルティアの頭の中には肉と肉と少し兄、で一杯だった。考えれば考える程、涎が止まらない。


「肉の想像はいいが、着いたから準備しようか」


 兄は少し遠慮気味で言った。シャルティアは、正気に戻った。すぐに、準備に取り掛かる。

 円形に並べられた石に薪を燃やし、肉を棒で吊るす。肉特有の、香ばしい臭いが小屋全体に広がる。その匂いに二人とも、唾を飲む。まだかまだか、と二人の呼吸が荒い。

 出来上がった肉は美しく輝いており、二人の腹を刺激する。

 そして、その肉は全て二人の腹の中に納まることになった。肉を食べたのは本当に久しぶりで、美味だった。ただの荷物持ちだったけど、自分たちで獲った肉は格別に美味い。


「――――そうだ。シャルティアに渡したいものがあるんだ」


「え!?ホント!!」


(そうだ。ってタイミングを見計らってただけなんだろうけど)


 兄の小さな努力に苦笑する。

 兄の懐から出てきたのは、小さな箱だった。そっと箱を開けると中から出てきたのは、青い宝石が付いたイヤリングだ。


「ど、どうしたの?これ、高かったんじゃない?」


「別に、そんな高くない。それに、美人は自分を着飾って当然だろ?」


 どうして、兄はここまで私の事を美人と言ってくれるのだろうか。私は私の事をそんなに美人だなんて思ったことはない。それは、10年後も変わらない事だった。

 シャルティアは、イヤリングをつける。


「おぉ。そんなかわい子ちゃんには、これをあげよう」


 今度取り出してきたものは・・・黒い塊だ。


「え、えっとぉー。・・・何?これ」


「どこから見ても菓子だろー!」


「え、どこが?」


 兄はムスッっとして、憤慨する。誰でもこの黒い塊(菓子)を見れば、何なのか疑問に思うはずだ。シャルティアは兄曰くの、菓子を恐る恐る口に咥える。その瞬間、苦さと焦げた味が口いっぱいに広がる。菓子なんてものじゃない。


「すごいね、このセンベエ」


「え、どうすごいんだ?そして、それはセンベエではない」


 なぜ、山に行く前、結構時間があったのかようやく理解した。兄はペンダントと菓子のためにその間、町中を走り回ったのだろう。

 言っちゃ悪いが、はっきり言うと不味い。だが、なぜかシャルティアの手と口が止まらない。全部食べ切ったとき、まだ鼻の奥で菓子センベエが残っていた。


「じゃあ、そろそろ帰るか」


「うん・・・ねえ、お兄ちゃん」


「ん。なんだ」


 シャルティアは聞いてもいいのか、少し迷ったが覚悟を決める。


「また、連れて行ってくれる?」


「・・・まあ、荷物持ちでも役に立ったからな。いいだろう」


「役に立った。って・・・ムゥ」


 シャルティアは頬を膨らませて憤慨する。それを見た兄は、「これでお相子だ」と顔をニッとして言った。


 これからこんな日が続く。

 何もしなかった毎日が少し変わった気がした――――。


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