第12話 兄妹が死別しました その②
アルグ王国王都から少し離れた山。
昔、王都建設のため山や森が切り開かれた。長年の末、王都は建設され、当時整地されていた山や森は放棄され、そこからというもの手入れどころか、視察に来ることはない。しかし、そんな山や森だが、一部の旅人たちの間では旅スポットとして有名である。長年、人がいないため山の浅いところでも野生の動物がいる。特に、何といっても王都の近くということから魔獣がいない。
そうした理由で、旅にはもってこいのスポットとして、脚光を浴びている山々。言わば、狩りの技術と知識さえあれば、そこの住人になることも不可能ではない。
そんな山の中────。生い茂る木の枝や、草むらを掻き分けて進む、小さな影が二つ。月明りが遮られた木々の下の草むらから、覗かせる緑色の瞳が4つ。同じ緑だが、生きているという躍動感のある強い瞳。
――――シャルティアと、その兄だ。
「ちっ。飯とシャルティアに夢中になってたら、夜になっちまった。さっさと帰るか。…シャルティア、少し急ぐぞぉ…」
現在、二人は来た道を辿って、王都に戻っているところだ。
山の中から、月明りに照らされる王都と、その周りを囲っている城壁が見える。兄は、少し焦った口調で言う。
別に魔獣やモンスターに、追われているとか、そういうわけではない。安全なことは分かっているので、狩りらしく野宿でも…とは考えていたが、シャルティアは初めて来たばかりで、いくらいろいろとできるといっても、実際は普通の女の子だ。風邪でもひかれたら、兄として失格だ。
だが、シャルティアからの返事はない。
まさか、はぐれたっ!?
はっ!兄は、素早く振り向く。
そこには、シャルティアが、赤く緩んだ頬を両手で挟み、体をクネクネさせ、涎を垂らしていた。
先ほど食べた肉の事を思い出しているのだろうが、傍から見ればとてもはしたない顔をしている。
妹がいたことに安堵しつつ、もう一度口を開く。
「…思い出してるところ悪いんだが、少しペースを上げるぞ。……あと…その顔は誰にも見せるんじゃないぞ」
「…え、なんで?なにかおかしかった!?…私」
「ちくしょう。俺の妹はなんてあざとい子なんだ」
こんな顔を他の男に見せると、年齢関係なしに惹かれてしまうこと間違いないだろう。兄はシャルティアが好きすぎる(家族として)、極度のシスコンだ。シャルティアの男は彼女自身が作ればいいと思っているが、もしシャルティアに付きまとう男や、たとえシャルティアが惚れている男だとしても、出会い頭に一発はブン殴るつもりだ。俺のシャルティアに相応しい男か、もう一つは俺からシャルティアを奪ったことへの鉄槌だ。正直、後者のほうが気持ち的に大きいわけだが。
だが、もしシャルティアが男を俺に紹介してきたらと思うと……。
兄は、顔を附せて落ち込んだ。
シャルティアはなぜか急に落ち込んだ兄を心配そうに見つめる。兄はスッと顔を上げて、再びシャルティアを見た。兄の眼は覚悟と決意が込められて眼差しで、ギラギラと燃えている。
「…せめて…成人になるまでは、命を懸けて守ってやるからな!!」
「…今、そんな規模の大きい話じゃなかったと思うんだけど……ハァッ…」
今兄の頭の中で何があったのか疑問に思ったが、言及はしない。どうせ、碌でもない事に想像を膨らませただけなのだろうから。シャルティアは過保護すぎる兄に溜息したが、顔には笑顔を浮かべている。
兄の指示通り足を速めるシャルティア。いくら魔獣が出なくて安全と言われるこの山でも、夜になると視界が悪く危険だ。
シャルティアは、前方を見渡す。
「…綺麗」
肉の事を想像していて、周りを見ることが出来ていなかったシャルティアだが、改めて前を見てみると、とても綺麗な光景を目にした。山の木々の間から見える王都の街並みや、城壁に満月の月の光が差し掛かり、それに応えるかのように家々から漏れる暖かい光は、神秘的な光景だった。
この光景を見たのが吟遊詩人であれば、一曲歌っていただろう。詩人であれば、一句読むだろう。
目の前の絶景に心奪われていたシャルティアに、「ごほんっ」と兄が咳払いし意識を現実に引き戻す。シャルティアは少し恥ずかしい気になり、頬を少し染め、足を再び動かした。
兄からすれば、王都の絶景より、それに見蕩れていたシャルティアに見蕩れていたのが本音だ。
シャルティアの瞳は鏡のようにキラキラしていて、光の反射で王都の景色が見える程だった。そして、木々の間を掻い潜ってきた月の光が、シャルティアをライトアップし、耳飾りの青い宝石がもう一つの青い月に見えて女神か何かと見間違うほどだった。
"俺の妹はなんて罪深い女の子なのだろう。妹じゃなかったら惚れてるところだぞ。"と改めて思いつつ足を動かす。
※※※※※※※※※※※※
だが、そんな兄妹に危機が迫る。
山小屋から王都まで半分程度進んだ時だった。満月が照らす山に異変が生じる。
サァアアアア――――――――。
異変といっても生じたのは風が吹いただけだ。
そう、どこにでも吹くような風。
しかし、この時の二人は同じ風でも何かがおかしいと思えた。特に、シャルティアは今まで感じたことのなかったこの不快感のある風を受けて、本能的に警戒心を上げた。
まるで、山がこの二人に警告しているかのように…。
「……お兄ちゃん」
「…あぁ、解ってる。チッ…嫌な予感がびんびんしてるぜ」
兄もこの不快感を感じたようだ。シャルティアは無意識に兄に身を寄せ、兄の服を摘まむ。何が不安なのかどこにそんなものがあるのか、物的証拠もなければ、そういった特殊能力があるわけでもない。
ただ単に、本能が体全体に逃げろと叫んでいる。今の二人にはこれだけで十分警戒する根拠になる。
兄はそっと、腰に差していたナイフを抜き、構えに入る。
揺れる木々と草草。
テレビの砂嵐のような音にも聞こえるが、山の叫び声と捉えることもできる。
この不快感に攫われて一体、どれくらい時間が経っているのだろう。実際はものの数分なのだろうが、体感的には10分経っている。
それでも、一向に変化のない状況に兄は焦燥感と苛立ちを感じ、シャルティアは時間が経つほど、恐怖に駆られていく。
一秒でも早く、一寸でも早くこの場所から立ち去りたい。でないと、今にも発狂してしまいそうだった。
だが、そうならないのは側にいる兄のおかげだ。どれだけ恐怖に駆られても、側にいる兄の温かさがシャルティアを保たせている。
異変が生じてから丁度5分が経った頃。
何も変わらない状況が、急変する。
それは、兄が一気に逃げるか、現状維持か頭をフル回転させて、思案している最中だった。頭の中の思考回路を、シャルティアの安全を最優先にしつつ、辺りの、警戒心をマックスにする。
すると、後方から何か嫌な予感が背筋を撫でる。
兄はシャルティアを庇うように素早く振り向き、勢いよくナイフを構えて、防御姿勢をとる。それと同時に、生い茂る草の間から光が反射して光った物体が、一筋の閃光を描きながら高速接近してきた。
「シャルティア!目、瞑れ!!」
シャルティアは、おもわず目をぐっと瞑る。
直後、
ギィンッ!!
山に鋭い金属音が響く。
「ぐぅっ!!」
「お兄ちゃん!!」
シャルティアは、目を見開いて、悲鳴混じりの叫び声をあげた。
光の筋の正体は、ナイフだった。
だが、それ以上に、防いだと思われていたナイフは、兄の小さな肩を貫いていた。
兄は痛みに堪えるような、小さな呻き声を発した。
傷口からは、蛇口の水のように、血が流れ出ている。兄はそれを見て、顔をしかめる。
その直後─────
パチパチパチッ────。
山に、拍手が鳴り響く。
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