第19話 私、殺そうとした相手に恋しました


 憎い。


 急にやってきた彼は「コータ」と名乗りました。ここら辺では見かけない黒髪の少年で、良くも悪くもない容姿です。


 彼はとてもユニークな性格の持ち主でした。


 お互い初対面なはずなのに馴れ馴れしく接してきました。


(憎たらしい。一体どこの骨の馬なのですか)


 平然とサーラ様やティアに話している彼を見るとこれ以上ない殺気が、胸の奥から湧き出てきて、抑え込むので一苦労です。今まで殺意を持って、こんなにも接することがなかったわけですから、彼と話しているときの作り笑顔はちゃっとできているか、不安になります。


 サーラ様は乗り気で、ついには彼を候補者の推薦者としての一人に加えることになってしまいました。


 ですが、疑問です。どうして彼は同じくらいの年頃のくせに、この世界の状況、それ以上に常識すらも知らないのでしょう。文字の読み書きすらできないほどの教育環境で育てられたのか。そんなの教育という部類に入れるべきではありません。あるいは―――――――――。


 考えれば考えるほど、怪しく、憎く思えてきます。


 仕事も手際が悪く、見るに堪えませんでした。


 彼を初めて見たときは、大怪我をした身体でした。所々を噛まれていました。サーラ様は治療魔法をかけてあげてとは言いましたが、私はあまり乗り気ではありませんでした。ですが、私は使用人の身分のため主に背くわけにはいかなかったので、治療魔法をかけました。


 後で、サーラ様に彼のことを聞きましたが、さっき会ったばかりだの、急に吐いただの、意味の分からない事ばかりでした。


 数日間見てきましたが、全く彼についての情報はつかめませんでした。特に怪しい行動をしているわけでもないんですが、逆にそれも怪しい。


 つい先日、彼の訓練が始まりました。


 私は影から見ていたのですが、驚きました。身体能力の低さ加え、勘の悪い動き。おまけに魔力量も少ない。村の大人たちとさほど変わらない弱さ。ですが、彼の顔は何か思い詰めるような、暗い表情をしていました。それ故に、彼は謎すぎる。


 休憩時間に入った頃、私はもう我慢の限界でした。これからは、とても大事な時期ですが、身内に異物が混ざっていると邪魔になります。


 ――――ゴミは排除しないとですね。


 そこから私は、準備に入りました。


 襲撃のタイミング、襲撃場所、武器の有無、戦闘服の整備、襲撃時間は明日にしましょう。ちょうど使用人の服が足りていない頃ですから、それを口実に彼を襲撃ポイントまで誘導させましょう。すると、外から騒音が聞こえてきました。………ティアが彼に風邪魔法を放っていました。一体の何があったのか、ティアがあんなにも怒るほどの何があったのか。大体、原因は予想はつきます。


 そこで思いました。


 彼が来てから変わってしまった。私が今彼如きに悩んでいることも、滅多に怒らないティアがあんなにも取り乱していること。全て全て――――彼のせい。


 怪我をした彼が廊下を歩いているのに気づいたとき、この時だと思いました。


 結局、この時も彼の目論見やその他もろもろ、収穫はゼロでした。ですが、明日交流会だと伝えた時、彼の顔は一変していました。一日早まっただけで、どうしてそこまで落ち込むことがあるのか。まるでその顔は、昔の私のよう――――――――。収穫があったとすれば、さらに謎が深まったことと、訓練をしていた場所に彼がいつも身に着けていた白い球がぶら下がったペンダント。


 次の日、朝食のテーブルに彼が来ることはありませんでした。あまりにも酷い顔をしていて、部屋に入っていったサーラ様は涙を流しながら出てきました。部屋に出てきてもらわないと、計画が狂います。ですから――――。


 私が中に入っていって、ペンダントを渡してから少し話をするといつものように騒がしくなりました。それを見ていると部屋を出た私は思わず、笑みが零れてしまいました。


 ですが彼は急に、まだ時間ではないのに行くと言ってきます。私は適当に返事はしましたが、とても焦りました。武器を持っていく時間も、戦闘服または身を纏う布を装着する時間すらも無かったので、彼の姿が消えた後、私は直ぐに裏の戸から出て門近くの森に待機しました。


「――――フゥ、間に合った」


 私は心の底からゾクゾクしてました。早く早く早く早く早く早く早く!!!ハハハッ!!!!


 あぁ、やっぱり私は我慢ができない。予定のポイントと全然違いますが、私は獲・物・を前にして我慢できずに、一気に攻撃を仕掛けました。予想外なことに掠り傷とはいえ、彼に防がれてしまいました。ですが、もっと予想外なことがありました。


 襲撃をしたのが私だと知ったときの彼の顔は、とても傑作でした。それを前にして、どう嗤いを堪えろと言うのでしょうか。彼を見ていると今まで悩んできた私が馬鹿なように思えてきて、より一層おかしな気持ちになります。


 彼はラスタを打って逃げましたが、私はこの時胸の高ぶりを抑えずにはいられませんでした。


 いいっ!!!ゾクゾクしてきましたぁ!!!!


 獲・物・は、逃がさない!!!



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 彼のもとに行くには結構面倒くさかったです。


 邪魔をする魔獣に私はイラつきを隠さずにはいられません。


 その時彼の私を見る目は、化け物だと悟っていましたが、悪い気はしません。奴を殺すためなら、鬼にだってなる。


 魔獣も混乱したあたりで、異変が生じました。


 ズドォオオオオオオオオオンッ!


 地の底から揺れるように地鳴りと共に現れたのは、3メートルはある巨大な魔熊でした。ですが、あれぐらいなら攻撃さえ当たらなければ、手加減してでも勝てる。だったはずが――――――――


「――――ッ!」


 魔獣が私の足を噛んでいて、身動きが取れなく、そのままあえなく魔熊の攻撃の餌食になりました。


(……か、体に力が入らない………視界が、ぼやける………)


 頭では解っているのに身体が動かない。この時私は半分あきらめていました。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!コボウアターーーーーック!!!!」


 飛び掛かってきた魔獣を撃退したのは彼でした。


 どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?――――――――どうして?


 頭の中にはこの疑問文しかない。


 私が殺そうとした彼がどうして私を助けるの。私は、精一杯声に出してみました。


「!?………………ど……して」


「うるせえ!俺がお前を諦めきれねぇって事だよ!さっさと俺に守られてろ!!!」


 この時私は、心の奥底で別の何かが芽生えました。憎しみでも、殺気でも、負の感情でもない。胸の奥がキューッと締め付けられて熱くなるようなな・に・か・。


 彼は私を担いで逃げていきます。こんな時でも騒がしい彼に私は、細く微笑んでしまいました。――――!?どうして私は今、笑ったの?自分に言い聞かせるように言いましたが、答えは出ませんでした。


 誰か教えてほしい、この胸の高鳴りの理由を。


 その理由が分かったのは魔獣と魔熊に挟まれた時でした。


「ハハ……笑えねえー」


 彼も予想していなかったのでしょう。結界の前に憚る魔獣の壁を。


(なんで、ここまで担いで来たのか分かりました)


 私を、囮にするため――――。そうすれば、この状況を打開できる。


 悪い気はしませんでした。私はどこかで彼の生を望んでいる。


 ――――またこの感じだ。胸が締め付けられて苦しくなる。熱くなる。


 「……さぁ、早く逃げ──」


 「さあ、わんこども来い!!───コボウストレート!!」


 ――――どうして、どうして逃げないのですか。勝てるわけ、ないのに……。


「え………なんで…………」


「言っただろ!!俺はお前を諦められねえ、だから俺に守られてろって!!!…………くらえ!!ラスタァ!!!」


 ――――あぁ、解った。私はこの人に恋・をしたんだ。胸が締め付けられて苦しいことも、熱くなっていくことも、なぜか全部わかった気がする。


 ――――私、殺そうとした相手に恋しました。


 このままだと数に負けて二人とも死ぬ。だけど、この人となら死んでも――――


 彼はラスタをうって、満身創痍でした。今すぐにでも倒れる。傍から見ても一目瞭然。ですが、彼は最後の力を振り絞って私を掴んで――――


「どぉぅらあああ!!!バストぉーーーーー!!!!!」


 ――――えっ?待って、私だけ助かるなんて………


 イヤ!!!!!!


 私は愛する人の名を、心の叫びを声に出して



「コータさん!!!!!!!」



 

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