第18話 下準備は整いました…
「それじゃあ、早速聞かせてもらおうか。儲け話の内容を」
ダイニングテーブルと椅子を並べ、簡易的だが商談の席を整えたローレン。
ミズキ達の向かいの椅子に腰かけると、早速本題を切り出した。
「話が早くて助かります」
それに対し、隣でリアが不安気な顔で見つめる中、ミズキは余裕たっぷりの様子で先手を打った。
「ですが、儲け話の提案をする前に、まずはこちらからの要求をさせていただきます」
「別に構わんぜ。どうせ順番が先か後かの問題だし。それに、要求を先に聞いといた方が変に勘ぐらずに提案内容を聞けるしな」
対するローレンもミズキ達が何か要求するつもりできたことなど想定済みで至って冷静。
「ありがとうございます」
(コイツらの要求なんてたかが知れてる。どうせあの女店主の今月分のノルマを肩代わりしろ、とかだろ。コイツらにとって今は何よりもまとまった金が必要だろうからな)
既にその要求内容まである程度見当をつけていた。
(別に俺にとっては大した額でもないし、コイツらの用意した条件次第では肩代わりもやぶさかじゃない。だが…)
「ただ、要求を言うのは勝手だが、自分達の立場をしっかり理解した上で口にした方がいいと思うぜ。別に俺はあんたらの提案を無理して飲む必要なんてねぇんだからな」
ローレンは強気な姿勢で自分の優位性を宣言して見せた。
(期限まで時間がなく、この交渉はコイツらにとっては絶対失敗できない。つまり主導権を握っているのは俺の方だ。ーー悪く思うなよ。"交渉前の差"を利用するのは交渉事の基本だ)
自分の優位性を示すことで、暗に『この交渉は対等じゃないし、余程の利益がない限り交渉に応じるつもりはない。ーーそれを踏まえた上で要求しろよ?』と伝えるローレン。
「それくらいわかってますよ」
しかし、
「こちらの要求は二点。ーーエミリーの今月の納税ノルマ、20万バリスの肩代わりーー」
(やっぱりな。予想通りだ)
全く予想通りの要求に内心ほくそ笑むローレンだったが…
「――そして、今後一切この露店街で店を出さないことです」
「はぁ!?」
続いて、怪しげな笑みを浮かべながらミズキが口にしたその要求は予想の斜め上をいくものだった。
「いやいや、ちょっと待て!そんな条件飲めるわけねぇだろ!俺がこの露店街でどんだけ稼いでるか知ってんのか!?」
相手を牽制したつもりが、逆にふっかけられたと思い、激高するローレン。
「納税の肩代わりに加えて店の放棄…これだけの要求をしたんだ。当然、お前の出す条件もそれなりの物なんーー」
しかし、
「当然でしょ?はっきり言って、こちらが用意したのは今の要求が可愛く思えるほどの提案ですからね」
その言葉は、不敵に笑いながら答えたミズキによって封殺された。
「は、はぁ!?お前の要求が可愛く思えるほどってーー」
「とりあえず、こちらを読んでください」
まだ納得いっていない様子のローレンに、ミズキはテーブルの上にバサッと紙束を差し出した。
「…これは?」
「契約書ですよーー年間700万バリスのね」
「な、700万バリス!?」
予想外の金額に驚愕するローレン。
(お、おいおい…年間700万って、俺の今の年収の2倍くらいあるんじゃねぇか…!)
目の色を変え、慌てて契約書の内容を食い入るように読み込み出した。気になるその中身はというと…
➀毎日400個のホットドッグ用のパンをフェニックスに供給。(できなかった日は罰金5万バリス)
⓶フェニックスからの報酬は月60万バリス。
<ローレンと営業屋の契約内容について>
⓵営業屋側は上記フェニックスとの契約をローレンに譲渡する。
⓶ローレンは営業屋に対し20万バリスを一括で支払う。(契約成立の内容をフェニックス店主に報告時、即時支払いを行うこととする)
⓷ローレンは今後露店街での出店を禁止とする。(契約成立の内容をフェニックス店主に報告した翌日までに退去を行うものとする)
(正直これくらいの生産数量なら兼業でいけるし、今の店の放棄は痛いが…それでも今の倍近くの収益は出る計算になるぞ!!)
契約内容に一通り目を通したところで、かなりお得な内容になっていることに気付いたローレン。
交渉中に感情を出すべきではないと理解すつつも、その表情は思わずニヤリと緩んでしまっている。
一方、そんな計算通りの反応を見せる交渉相手に内心ニヤリと笑うミズキ。
(どうやらコイツの年収は俺の見立て通りだったらしいな…コイツみたいに生粋の商売人のような性格してる奴の興味を引くにはやっぱり金が一番だな)
「では、これで交渉成立ということでよろしいですか?」
ローレンへと意思確認。
「…すまんがもう少し考えさせてくれ」
しかし、即OKとはいかず。
「ええ、勿論。ただ、我々もあまり時間がないのでそんなには待てませんよ?」
「分かってるよ」
(確かに条件はかなりいい!正直今の店を手放したところで収入は約2倍…普通ならすぐにでも契約したいところだが…)
かなりローレンに有利な契約内容…勿論そんなことは彼自身もわかっている。
だが…
「…黒崎ミズキ、だったか?」
「はい、そうですよ」
「もう一押し、何か条件を追加できんか?」
「条件の追加、ですか…?」
「あぁ!正直この契約内容の大筋では合意してる!だが、今の店を手放すにはもう一押し、何かが足りないんだ!ーー例えば、契約料30万バリスとか、毎日のパンの納品数量をもう少し上げるとか…俺はお前らの依頼人と違って別にすぐに結論を出す程追い込まれてるわけじゃないんだ!今日中に結論出せって言うならそれなりの見返りがあってもいいと思うんだが!?」
何とかプラスアルファの条件を引き出そうと粘るローレンと、
「我々は駆け引き無しで最初から最大限のご提示をさせていただいております。ーーすみませんが、これ以上の条件は…」
(このクソオヤジ、やっぱり吹っ掛けてきやがったか!まぁ、追加の条件を出してさっさと終わらせてやってもいいんだが、今回はそういうわけにもいかんしな…面倒だが、今は待つしかないか…)
双方一歩も引かず、交渉は停滞。二人の男は無言のまま睨み合いながら、次の一手へと思考を巡らせる。
そんな中、先に希望の光りを見つけ出したのはローレンの方だった。
(…ん?待てよ…これを上手く使えば…!!)
「おい、黒崎…」
「はい、なんでしょう?」
「この契約書に載ってる内容に変更はないよな?」
「はい、勿論。ですので、もし契約される意思があるのなら隅々までしっかり読んだ上でサインされた方がいいですよ?ーー文章に分かりにくいところやおかしな部分があれば書き換えますよ?」
ミズキからの答えを聞いて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるローレンは、
「いや、問題ない。この内容でサインしてやるよ」
「本当ですか!?……でも、どうして急に?」
突然の交渉相手の合意に驚きつつ、目の前の男の態度の変化に冷静に疑いの目を向けるミズキ。
「どうせあんたもこれ以上の条件を出すつもりはないんだろ?どうせ結果が変わらないならさっさと契約しちまった方がいいと判断しただけだよ」
その問いに対し、どこか慌てた様子で机の上に置かれたペンを手に取り、契約書の署名欄に手早くサインするローレン。
しかし、ミズキはその怪しい態度を確認しつつも、
「…まぁ、いいでしょう。それじゃあ、僕もサインしておきますね」
追求することなく自分もペンを取り契約書にサイン。
「これで契約成立ですね」
「あぁ、そうだな」
二人は立ち上がると、笑顔で握手を交わした。
「それでは、契約書の通り、明日"フェニックス"の店主に挨拶に行きますので、同行お願いしますね?一応そこで正式契約ってことになりますので」
「あぁ、その時に俺はあんたに20万バリス支払えばいいんだろ?」
「はい、そしてその翌日からは露店街からも撤退、ということで」
「分かってるよ」
そして、いくつか確認事項を終えると、
「それでは、我々はそろそろーーリア、行くぞ!」
「は、はい!」
リアと共に入り口の方へと歩き出し、
「あ、そうそう。くれぐれも選択肢は間違わないように気を付けて下さいね」
意味深な言葉と不敵な笑みを残して去って行った。
※※※※
「リア、アイツはどうだった?」
ミズキは隣を歩くリアに、真面目な口調で問いかけた。
「明日までにどんな手を打ってくるか分かりませんが、問題ないですね」
対するリアも真剣な顔で答える。
「頼むぜ。今回の作戦はお前にかかってるんだからな」
「分かってますよ。ここから先は私の独壇場ですからね」
珍しく真面目な会話を交わしながら並んで歩く二人。
「交渉はまだ終わってない…なぁ、ローレン?」
契約書の控えを眺めながらそう一人呟くミズキの顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「さぁ、交渉も大詰めだ!」
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